一度でいいから、抱いてください!

瑞月

文字の大きさ
47 / 64
憂鬱な転生【カノンの場合】

28.お茶会の行方は.2

しおりを挟む
「あれ? どうしたのー? 二人とも、なんかあったー?」
「玲央先輩、あ、あの、普通にお話してたんですけど? あの、彩音さん?」

 どうしよう、なんて説明していいかわからない。この状況はどう見ても、カノンが二人になった隙に、学年一の美少女を泣かしているようにしか見えない。しかもこんな短時間で。とんでもない虐めでもしない限り、泣かすことなんてできないのは明らかだ。
 え、どうしよう。

「どうしたの、姉さん」

 歩み寄った奏が心配そうに、それでも少し強引に彩音の肩をひき、顔を覗き込んだ。張り詰める空気に、カノンの方が今にも泣き出しそうだ。

「……よかったぁ……」
「へ?」
「良かったよー! 奏くん!!」
「! うわっ!」

 奏が覗き込むのとほぼ同時に、ガバッと音がしそうな勢いで顔を上げた彩音が、その勢いのままに奏に抱き着いた。ガタッと大きな音を立てて、椅子と共に二人は倒れ込む。
 当然周囲の耳目を一身に集めることになり、一瞬で奏の顔は真っ赤に染まった。

「ちょっと! バッ……! 姉ちゃんやめろって! 人前!!」
「だってぇ、嬉しいよー!」
「くっつくなって!! 離れてよっ」

 何故か歓喜する彩音と、今まで聞いたこともないような気やすい様子でやり取りを始めた奏。
 取り残された二人は、それを呆然と見つめる。
 カノンはどうしていいかわからず、すぐ傍に立ったままだった玲央を見上げた。

「あの……、これは……?」
「うーん? わかんないけど、まぁ落ち着くの待ってよっかー」

 そう言うと玲央は、店員を呼び「この自家製ジンジャーエールと、アイスティー2つずつ追加で」とメニューを指差した。

 ◇◇◇◇◇

「……お騒がせしました」
「すみません、姉さんが……」
「全然だよー。奏と彩音ちゃんは本当仲良し姉弟なんだねー」
「お恥ずかしい限りです……」

 彩音と奏が落ち着きを取り戻すまで、カノンは玲央とほのぼのと音楽の話をしながらお茶をしていた。落ち着いた二人が今度は恥ずかしそうに所在無さげに座っている。

「でも姉さんは、前からカノン先輩のことを気にしていて。打ち解けられたなら良かったです」
「もう! 奏くんってば言いすぎ!」
「本当のことじゃん」
「だめだってばぁ!」

 赤い顔をした彩音がポカポカと奏を叩いた。それを余裕の笑みで交わす奏は、これまでカノンに見せていたのよりもずっとリラックスしていて、どこかいたずらっ子のようだ。

(うっ、なんていう可愛い姉弟だ。後光がさして見える……!)

 そしてカノンは安堵と、気にしていたという発言に嬉しくて頬が緩む。
 彩音のことを気にしていたのは、カノンも同じだ。彩音がカノンの何を気にしていたのかまではわからないが、とりあえず好意的に捉えてよさそうだし、嬉しい。

「あっ」

 驚いたような彩音の声に顔を向けると、何故かカノンをじっと見つめていた。正確にはカノンの胸元を。

「あ、急にごめんなさい。あの、いつも舞宮さんがつけてたブローチは?」
「え、あぁ。あの、壊れちゃって……」
「え!? 今は?」
「いまはひとが預かってくれているんだけど……」

 ――私がいつもつけているブローチのこと知ってたんだ。本当に気にしてくれてたんだな。
 そう、カノンになってからというもの、私服の時もいつもブローチを付けていた。改めて左胸の空白を思うと、心細さが襲ってくる。あの日の、絶望がまだチリチリと胸を焼くのを感じる。
 そして彩音はそんなカノンの言葉を聞いた途端、何か考え込むように口元に手を当てて、考え込みはじめた。

「? 彩音さん?」
「あ、カノンちゃん今日用事あるって言ってなかったっけ? 時間大丈夫? 俺送るよー?」
「……! あ、こんな時間! すみません、彩音さん奏くん、今日は失礼しますね」

 そのまま思案している彩音の表情が気になりながらも、カノンは玲央と連れ立ってテラス席を離れた。
 ――仲良く、なれたらいいなぁ……。

 二人に手を振りながら、そんなことを考える。
 お友達、になってくれたらいいなぁ。

 ◇◇◇◇◇

「ねぇ、奏くん」
「ん? なに姉ちゃん。あ、僕この季節のフルーツタルトも頼んでいい?」
「んもぅ! 私のこと今日わざと呼んだんでしょ!」
「バレた? でもカノン先輩のことずっと気にしてたでしょ。どう? 誤解はとけた?」
「う、うん……。それは有難いんだけど……」

 彩音の様子を気にすることもなく、奏は店員に向かってケーキの追加をオーダーした。テーブルにやってきた店員は奏の甘い微笑みに顔を赤らめて、慌てて立ち去って行く。
 彩音は手にしたグラスのストローをぐるぐるとかきまぜた。グラスの底に沈んだ黄金色のシロップが、ふわりと巻き上がるようにして炭酸の泡と共に溶けていく。

「ブローチが壊れるっていうことは……。カノンちゃん、同じクラスの『リンリン』……うーんと、日高凛子さんと、あまり仲良くないのかしら?」
「んー? どうだろ。あんまり友達といるところは見ないようだけど。姉ちゃんの方が同じ学年だし見るんじゃないの? あー……ほら、あの時雨先輩とよくいるけどね。あの人図体でかくて怖いんだよな」
「ふーん……」

 目つきも悪いしさー、本当カノン先輩に近づく奴全員にけん制してくんだよなー。そんなことを言いながら、奏はテーブルに置かれた新しいケーキの苺にフォークを突き刺して口に入れた。
 そして同じように、タルトの上のマスカットをフォークに刺すと、彩音の口に運ぶ。思考に耽って上の空の彩音は、マスカットの粒をあーんして口に入れた。

「ん、美味しい。……うーん、このままじゃグッドエンドは厳しいわね……」
「うん? なんか言った?」
「奏くんはカノンちゃんのブローチ、誰が持っているか知ってる? さっき預けてるって言ってたでしょ? 持ってるの奏くんじゃないわよね?」
「なんで僕が持ってるのさ。あぁ……、うーんと多分城野院先輩かな? コンサートの日に僕は玲央先輩といたんだけど、廊下ですれ違ったんだよね。なんか親から呼び出されたとか言ってたけど、そういえば持ってたかも」
「城野院先輩……!」

 彩音はそう叫ぶと、赤らめた頬を大げさに両手で抑えた。彩音の様子が変なのはいつものことなので、奏は特に気にする様子もなく、ケーキの最後の一欠けらを口に放り込む。

「うーん、そっかぁなるほど……。これは私が一肌脱いだ方がいいかもしれないわね……」
「……姉ちゃん? 何考えてるのか知らないけど、余計なことはすんなよ?」
「余計? いいえ、私はただの名もなきモブだもの。何かしたところで大した影響はないはずだわ」

 そう言って彩音はにっこりとほほ笑んだ。
 その美しい笑みがもたらす嫌な予感に、奏はげんなりしてため息をこぼすのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

処理中です...