つくもがみ図書館でお待ちしてます

佐々木ももんが

文字の大きさ
25 / 30
第二章の9

修復師

しおりを挟む
文子ふみこ真名まなが急いで図書館の玄関ホールにもどると、幸いさとしつよしの親子は穏やかに読書にふけっていた。もしかしてすでに派手なケンカをした後なのかもしれないが、少なくとも険悪な空気は流れていない。
 父親の剛は、見て分かるほどぼーっとしており、明らかに記憶は定かでないようだ。
 息子の聡は、文子と真名に気づいて近寄ってきた。
「がっかりです。親父が来たのなら、速攻で解決できると思ったのに、まるで何も覚えていなかった。のれんに腕押しです」
「そのうち思い出す」
「ところで聡さん、書庫から出てきたとき、思い出したことがあると言ってませんでしたか?  それは何ですか?」
「ああ、そうだそうだ、親父の仕事のことです。言ってなかったと思って。元は紙すき職人だったのです」
「え。はぁ」
 あまり関係ないよう感じる。聡さんの仕事は車の部品を売る営業マンだと聞いたから、父親の自己紹介もしておかないといけないと思ったのだろうか。
「日本の伝統工芸として教科書にも載るほど有名な高級和紙を生産していたのですが、なにぶん手作業ですから、一枚作るのに膨大な時間がかかって非効率的ですし、今は便利で安価な紙がたくさん出回ってますから需要も限られてきますし、後継者のなり手もいないしで、産業としては先細りするばかりでした。この場合の後継者というのは、家を継ぐことを拒否した僕のことですけどね。ははは」
「?」
黙って聞いているが、文子の顔には『それがどうした』と書いてある。真名の率直な感想も、親子そろって話が長いな、といったところだ。
「親父は絵に描いたような頑固一徹な職人で、三六五日働いていました。いわば個人事業主ですからね、オンもオフも区別がないんですよ。自宅が仕事場、休みの日も仕事。その時は分かっていなかったのですが、自宅にあった膨大な本は、読むためのものではなく、紙見本のためだったのではないでしょうか。昔ながらの製法で作られた和紙、いまどきの薄い紙、成分による手触りの違い、そういったものを見るためにあらゆる種類の本が集められていた、そんな気がします。ただ、親父はちゃんと中身も読んでいましたけどね。めったにない休みでさえ読書に費やすのですから、家族と過ごす時間なんてゼロでしたね」
 また悪い父親像がでてきた。
「普通の会社なら六〇歳で定年退職ですが、親父は七〇歳まではバリバリの現役でした。七〇歳を過ぎてからですよ、修復の仕事をするようになったのは。そのとき僕はとっくに家を出て独立していたのですが、母親情報によると、最初は質屋や古道具屋に頼まれて、掛け軸の裏打ちや巻物になっている家系図の補強などの作業をやっていたそうです」
「つながってきた」
 眠そうに聞いていた文子が目を見開いてうなる。
「それがだんだん腕を買われて、貴重な美術品や古文書、国宝級の絵巻物などの修復も引き受けていたそうです。晩年はそういう仕事をしていたようですね。修復師と言っても、絵画専門、焼き物専門、いろいろなジャンルの人がいるのですが、親父は紙を使ったもの専門です。掛け軸、巻物、古文書、障子、ふすま、扇子」
 そこまで言われて、真名もやっと分かってきた。
「たとえ本が破れても、お父さんが自分で修復できたってこと?」
「おそらく。親父が修復を始めたのは七〇歳過ぎてから。僕が本を破ったのは親父が四〇歳頃。年代が合わないのですが、自力で修復してみた経験を生かして晩年そういう道に進んだのか、もともとそういう心得があったのか、その辺はよく分かりません」
「じゃあ、やっぱり破れた本なんてここにはないんじゃないの!」
 叫ばずにはいられなかった。
「すみません。だからやっぱり親父にあの本のタイトルを聞かないことには、探せないのです」
「ちょっと待て。大切なことだが、聡の心残りは、本当に本を破ったことなのか? そのことはら、親父さんに会うなり謝っていたではないか。それですっきりしなかったのか?」
「そんなこと言われても。よく分かりません。僕はなぜ自分がここにいるのかもよく分かっていないのに」
 聡は困っている。
「今は本のことよりも、車に乗って僕たちは何のためにどこへ向かっていたのかを知りたいですね」
「おかしいな。本にまつわる心残りでなければ、ここに来るわけがないのだが」
 ぶつぶつ言っている文子。
「聡さん。本の形や内容ではなく、紙の質で探したらいいんじゃないかしら。お父さんがつくっていた伝統的な和紙でつくられた本はないの?」
「でもそれだって、膨大な作業になるぞ」
 うんざりした顔の文子をさえぎって、聡が興奮して叫んだ。
「ありました。さっき、ありましたよ、親父がつくるのと同じ和紙でつくられた戦国武将の扇が」
「え! じゃあ、それをお父さんに見せてあげて!」
 真名もつられて大興奮だ。
 お父さんは、うまく記憶を取り戻してくれるだろうか。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...