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佐々木ももんが

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第二章の11

聡の母親

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さとしの母とは見合い結婚だった。世話してくれる近所の人がいて、すすめられるまま結婚した。昔は誰でもそんなもんだった。時期が来たらたいして疑問も抱かずにそうするものだと思って、従ったものだ。周りのみんなもそうしているしな。
 妻は本が好きな人だった。結婚を決めた時『実家から本を持ってきてもいいですか』と聞かれ、深く考えずにいいと返事をしたら、持ってきた本の量が一部屋埋め尽くすくらいあって、さすがに腰を抜かしたよ」
 剛の書斎は本だらけだったという話を聞いていたので、真名は『うん、うん』とうなずいている。一方聡は、首をかしげている。どこか腑に落ちない点があるようだ。
「わしは中学校しか出ておらんし、本を読む趣味はまるでなかったが、つられて何冊か読んでみると、なかなかおもしろいものだと思った。それ以来妻は、自分の趣味の本だけでなく、わしの好きそうな本、わしの仕事に役立ちそうな本も探してきてくれるようになり、部屋の床が抜けそうなくらいの本の部屋ができあがった。
 その中でわしが一番気に入っていたのは、本ではなく、ある冊子だった。般若心経を写経したものらしい。妻の実家にあったとかで、見せてくれたものじゃが、わしがつくっている和紙と同じ材料、製法のものだった。紙の質は見れば分かる。わしの先祖が作ったかもしれない紙だ。見た目はボロボロだったがわしは気に入って、家に仏壇もないのに毎日般若心経を唱えていた。
 子どももすぐにできて、絵に描いたような家庭ができた。正直、子どものことはよく分からん。言葉が通じないし、扱い方も分からんし、妻に任せっきりだった。それを悪いとも思わんかった。わしはその分仕事をしとるわけだし、どこの家もそんな状態だったからな。
 申し分のない生活が、ある日一変した。突然、本当にある日突然、妻が家の中で倒れて、そのまま意識が戻らなかった。
 脳梗塞のうこくそくだったそうだ。ときどき頭が痛いとは言っていたが、あまり真剣には考えていなかった。あんなに若いのにそんな深刻な病気にかかるなんて、想像もできんかった。妻は聡が二歳の時に死んでしもうたのじゃ」
「え?」
「後悔なんて言葉では追いつかない思いをした。今でも胸が痛む。期せずして遺品になってしまった般若心経は、ますます手放せなくなった」
「何言ってんだよ。母さんは生きてるじゃないか。意味が分からない」
  聡が話をさえぎった。かなり怒っているように見える。つよしは目を伏せたが、しっかりとした口調で続けた。
「このことを、死ぬ前に話さなければならないとずっと思っていた。死んでから話すことになってしまったが、よく聞いてくれ」
 聡はすでに十分混乱している。聞く準備ができていないのに、大丈夫だろうか。文子と真名は見守ることしかできない。
「お前の本当の母親は、二歳の時に死んだ」
 固まったまま、誰も動かない。少し間を置いてから、剛が続けた。
「今の母親は、再婚した相手だ。本当の母親と同じくらい聡のことをかわいがってくれて、本当に感謝している」
 もっと散り乱すだろうと思っていた聡は、結構長い沈黙の後、静かに言った。
「母さんは、本を読む人ではなかった。『お父さんは本が好きだから』って、部屋中に増えすぎた本をあきれた顔で見ていた。母さんが本を読んでいる姿は見たことがない。だから……その話は本当のことなんだろうね」

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