冷徹な天才陰陽師様に撫でられたらケモミミが生えて詰みました。

あとりえむ

文字の大きさ
3 / 5

第三話

しおりを挟む
冷泉家の屋敷は、その門構えからして人を拒絶するような威厳に満ちていた。
重厚な黒塗りの門を潜れば、掃き清められた白砂が目に眩しく、整然と並ぶ松の枝ぶり一つにも、この家が守り続けてきた冷徹なまでの秩序が宿っている。

マコは、晴明の影に隠れるようにしてその回廊を歩いていた。
連れてこられたのは、奥まった場所にある離れだった。
そこは他の部屋とは明らかに空気が異なり、床には最高級の敷物が幾重にも重ねられ、室内にはほのかに沈香の香りが漂っている。

「……晴明様、ここはいったい?」

「……」

「ここは、今日からお前の城だ。そして、私の聖域でもある」

晴明はそう短く告げると、マコを上座に座らせた。
彼は一切の迷いのない動作で、懐から例の「神撫での櫛」を取り出す。
窓から差し込む斜光を浴びて、霊木から削り出された櫛は、まるで生き物のように鈍い光を放っていた。
晴明の指先が、その櫛の歯を一本一本確かめるように撫でる。
その時の彼の横顔は、怨霊を調伏する時の冷徹な陰陽師そのものだったが、その情熱の矛先は、マコの頭頂部で不安げに震える黄金色の耳へと向けられていた。

「晴明様、あ、あの……ご自分でおやりになるのですか? 下女の方にお任せすればよろしいのでは……」

「……」

「馬鹿を言うな。この世の誰に、この奇跡を触れさせるというのだ。……動くな。毛筋一本の乱れも、私には許容できん」

晴明がにじり寄る。
その瞳には、もはやマコという一人の少女の存在は映っていない。
そこにあるのは、完璧な毛並みを完成させるという、求道者にも似た狂気的な執着だけだ。
晴明の手が、そっとマコの耳の付け根に触れた。

「ひゃっ……!」

マコは思わず肩を竦めた。
彼の指は、氷のように冷たかったはずなのに、触れられた場所からじわりと熱が広がっていく。
晴明は、祈りを捧げるかのような神聖な手つきで、まずは指の腹を使って毛並みを整え始めた。
耳の裏の、もっとも繊細で、もっとも敏感な場所に、彼の長い指が潜り込む。

「……ふむ。やはり毛の深層に、隠蔽の術式の残り香があるな。これが手触りの滑らかさを、僅か一分ほど損なわせている」

晴明の独り言は、もはや呪文のようだった。
彼は「神撫での櫛」を構えると、マコの髪をかき分け、耳の付け根から先端に向けて、極めてゆっくりと、そして確実に櫛を通した。

ゾクッ、と。
マコの脳髄を、未知の衝撃が突き抜けた。

ただの櫛ではない。
霊木の力が毛の一本一本に宿る不純物を焼き払い、根元から活力を与えていく。
それ以上に、晴明の「気」が、櫛を通じて直接マコの神経に流し込まれているような感覚。
それは痛みではなく、かといって単なる快感でもない。
全身の力が抜けて、畳の上に溶け出してしまいそうな、抗いがたい支配の感覚だった。

「……あ、は……晴明、さま……っ」

「……」

「いいぞ、マコ。声を出せ。お前の歓喜が毛並みに伝わり、輝きがさらに増していく。……ああ、素晴らしい。この弾力。私の指を押し返す、この野生の生命力こそが、私が夢にまで見た理想の狐だ」

晴明の手つきは、次第に熱を帯びていった。
耳の縁をなぞり、耳孔の周りの産毛を優しく愛で、時折、甘噛みをするかのような強さで指先を立てる。
マコは必死に唇を噛んで耐えようとしたが、身体は裏腹に、より深い愛撫を求めて、無意識のうちに晴明の方へと擦り寄っていた。

「くぅ、ん……」

喉の奥から、自分でも信じられないような情けない鳴き声が漏れた。
その瞬間、マコは羞恥で顔を火のように赤くした。
自分は人間だと思っていたのに。
こんな、一振りの櫛と一組の手によって、これほどまでに容易く屈服させられてしまうなんて。

「……お前の本能が目覚め始めたようだな。喜ばしいことだ」

晴明は、恍惚とした表情でマコの耳を揉みしだきながら、その美貌をさらに近づけた。
彼の吐息が、敏感になった耳に直接かかり、マコは快感のあまり爪先まで痺れてしまう。

「晴明様、もう、それ以上は……。私、おかしくなってしまいます……っ!」

「……」

「おかしくなればいい。お前の理性など、私のブラッシングには不要だ。……さあ、次は耳の裏だ。ここにはまだ、私の愛が行き渡っていない場所がある」

晴明の言葉は、逃げ場のない檻のようにマコを縛り付けた。
彼が櫛を置く気配はない。
むしろ、これからが本番だと言わんばかりに、晴明の瞳の奥に宿る「もふもふへの情欲」は、さらに深く、静かに燃え上がっていた。

窓の外では、夕闇が迫り、屋敷全体が影に沈んでいく。
けれど、その離れの一室だけは、黄金の耳が放つ淡い光と、若き陰陽師の狂おしいまでの執着に満たされていた。

マコは、己が人間ではなかったことへの絶望よりも、この男の指先から逃れられなくなることへの、甘い恐怖に震えていた。
それは、これから一生続くことになる、官能的で滑稽な日常の、ほんの序章に過ぎなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

醜女公爵令嬢の私が新婚初夜に「お前の事は愛することはない」と言われたので既成事実を作ったら、冷酷騎士団長の夫が狂ったように執着してきました

スノウマン(ユッキー)
恋愛
醜女と馬鹿にされる公爵令嬢レティーナは、自分とは違い子供は美形になって欲しいと願う。その為に国一番のイケメンである女嫌いで笑わない事で有名な冷酷な騎士団長カイゼルの子種が欲しいと考えた。実家も巻き込み政略結婚でカイゼルと結婚したレティーナだったが彼は新婚初夜に「お前の事は愛することはない」と告げてきた。だがそれくらいレティーナも予想していた。だから事前に準備していた拘束魔法でカイゼルの動きを封じて既成事実を作った。プライドを傷つけられカイゼルは烈火の如く怒っているだろうと予想していたのに、翌日からカイゼルはレティーナに愛を囁き始めて!?

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました

九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」 悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。 公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。 「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」 ――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。

処理中です...