「冷たくて気持ちいい」って私は抱き枕代わりですか!?『魔力ゼロの欠陥品と追放された私、魔力過多な灼熱公爵様に拾われる』

あとりえむ

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第7話 絶対零度の皇子と、凍らない女

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 氷帝国の王城は、巨大な冷凍庫のようだった。

 出迎えの衛兵たちはガチガチと歯を鳴らし、廊下に敷かれた深紅のカーペットは霜で白く凍りついている。
 天井のシャンデリアからは、クリスタルではなく本物のつららが垂れ下がっていた。

「……寒い。不愉快だ」

 アレクセイが低く唸る。
 彼の全身からは、目に見えるほどの赤い熱気(オーラ)が立ち上っていた。

 極寒の環境に対抗するため、彼は無意識に魔力炉の出力を上げているのだ。
 今の彼の体表面温度は、おそらく50度を超えているだろう。普通の人間なら触れただけで火傷するレベルだ。

 けれど、私にとっては違う。

「そうですか? 私はポカポカして快適ですよ」

 私は彼の上着の中にすっぽりと包まれ、その厚い胸板に頬を擦り付けた。
 外気温マイナス20度の世界で、ここだけは極上の床暖房が完備されている。

 アレクセイ様という暖房器具の性能は、過酷な環境下でこそ真価を発揮するらしい。

「……ふん。お前が無事なら、それでいい」

 彼が私の腰を抱く腕に、ぐい、と力を込める。
 その時。

「――やあ。よく来たね、南の野蛮人たち」

 透き通るような声が、凍てついた大広間に響いた。

 玉座の前に立っていたのは、一人の青年だった。
 雪のように白い肌に、氷河のような淡い水色の髪。
 その美貌は、ガラス細工のように繊細で、触れれば壊れてしまいそうな儚さを纏っている。

 氷帝国の第二皇子、ミハイル。

 彼が歩くたびに、床の霜がパキパキと音を立てて結晶化していく。
 彼自身が、歩く冷却装置なのだ。

「……俺の城へようこそ。どうだい? この研ぎ澄まされた、静寂と氷の世界は」

 ミハイルはうっとりと自分の指先を見つめた。
 そこにあるのは、ナルシスト特有の陶酔だ。

「美しいだろう? 汗も、熱気も、下品な感情も、すべてを凍らせて永遠の美に変える。これこそが芸術だ」

 彼は冷ややかな視線をアレクセイに向け、鼻で笑った。

「それに比べて……なんだ、君は。暑苦しい」

 ミハイルが顔をしかめ、大げさに手で鼻をあおぐ仕草をした。

「空気が汚れる。君がいるだけで、俺の完璧な氷の世界が溶けてしまうじゃないか。……野蛮な熱を撒き散らすのはやめてくれないか?」

「……あ?」

 アレクセイの眉間が、ピクリと跳ねた。
 ドクン、と彼の心臓が大きく脈打つ音が、密着している私の耳に直接響く。

「誰に向かって口を聞いている、かき氷野郎」

 ――ボウッ!!

 アレクセイの足元から、爆発的な熱波が噴き出した。
 ジュウウウゥゥ……ッ!
 彼を中心にして、凍りついていたカーペットが一瞬で乾き、さらに焦げ始める。

「なっ……!?」

 ミハイルが目を見開く。

「俺の妻(リリス)が寒がっているんだ。暖房を効かせて何が悪い」

「暖房だと!? この神聖な冷気を、ただの寒さ扱いするとは……!」

 ヒュオオオオォォ……!

 ミハイルも負けじと魔力を解放する。
 絶対零度のブリザードが巻き起こり、部屋中の窓ガラスがガタガタと悲鳴を上げた。

 灼熱と極寒。
 正反対の魔力が正面衝突する。

 バチバチバチッ!!

 二人の間で大気が歪み、局地的な竜巻が発生した。
 使用人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、私はアレクセイの腕の中で、呑気に髪を直していた。

(……すごい。熱風と冷風がぶつかって、ちょうどいい微風になってる)

 エアコンの設定温度を巡ってリモコンを取り合う夫婦喧嘩のようだが、規模が災害級だ。

 その時。
 ミハイルの視線が、ふと私に向いた。

「……あわれな」

 彼は同情するように目を細めた。

「そんな華奢なレディが、灼熱地獄に囚われているとは。……可哀想に。熱くて苦しいだろう?」

 完全に勘違いしている。
 私は今、人生で一番快適な温度環境にいるのだが。

「待っていなさい。今すぐ、その野蛮な熱から救い出してあげるよ」

 ミハイルが優雅に指を鳴らした。

――『氷結の抱擁(フリージング・ハグ)』

 彼の指先から、青白い光線のような冷気が放たれた。
 それは一直線に私に向かって飛んでくる。

「リリスッ!?」

 アレクセイが私を庇おうとするが、冷気の速度の方が速い。
 直撃コースだ。
 普通の人間なら、瞬時に血液まで凍りついて即死するレベルの魔法。

 だが。

 シュウウゥン……。

 私に触れた瞬間。
 その凶悪な冷気は、炭酸が抜けるように呆気なく霧散した。

「……え?」

 ミハイルの時が止まる。
 私はパチクリと瞬きをした。

「……あ、涼しい」

 思わず本音が漏れた。
 アレクセイの過剰な熱(暖房)の中にいたせいで、少しだけ暑くなりかけていた体に、ミハイルの冷気(冷房)が心地よく染み渡る。

 私の「魔力真空」体質は、熱だけでなく、冷気もエネルギーとして吸い取り、無効化してしまうのだ。

「いい風ですね。お風呂上がりの扇風機みたいで」

 私はニッコリと微笑んだ。
 純粋な感謝の笑顔だ。

 しかし。
 その笑顔を見たミハイルの反応は、予想の斜め上を行っていた。

「な……」

 彼は顔を真っ赤に(いや、冷気のせいで青いままだが)染め、震える手で口元を覆った。

「……馬鹿な。俺の『絶対零度』を浴びて、微笑んだだと……?」

 ミハイルの瞳が、怪しく輝き始める。

「今まで、俺に触れた女は全員凍りついた。誰も俺の冷たさに耐えられなかった。……なのに、君は」

 彼は熱っぽい視線を私に固定した。

「そうか。君もまた、この孤独な美しさを理解できる選ばれし存在……。いや、俺の氷を溶かす運命の女神なのか?」

 ……ん?
 なんだか雲行きが怪しい。
 アレクセイとはまた違うベクトルの、面倒くさい勘違いスイッチが入ってしまったようだ。

「面白い」

 ミハイルが、獲物を見つけた狩人のような目で私を指差した。

「気に入ったよ、南のレディ。……その野蛮な男を捨てて、俺の氷像コレクション(花嫁)になるといい」

 ドォン!!

 隣で、何かが爆発する音がした。
 見ると、アレクセイが床を踏み抜き、全身から溶岩のような殺気を噴き出していた。

「……おい、かき氷」

 アレクセイが、般若のような形相で笑う。

「俺の妻をナンパするとは、いい度胸だ。……その口、二度と開けないように溶接してやろうか?」

 極北の地で、とてつもなく熱い(そして面倒な)三角関係の幕が上がろうとしていた。

(続く)
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