モリウサギ

高村渚

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第二章 刑事、再び現場へ赴く

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「それは、合法じゃねえだろ……っつーか恭さん、拒否しろよ」                        
「参事官が現場の捜査員の報告を聞く、至極真っ当な警察組織のあり方ではありませんか。
 それからこのスマホ、超ハイスペックでお茶目な機能もてんこもりなんです。
 今、那臣ともおみさんと倉田さんがお持ちのスマホに盗聴アプリを入れてもよかったのですけど、少々処理能力が不安でしたので」
「……ロクな機能と思えないが、一応聞いておく」
「まず、みはやちゃんイチオシの愉快な変換アプリが入ってまして、いたって真面目な文面が、夜のお店のきれいなお姉さんとのオトナな恋のかけひきな文面、プラスいちゃらぶスタンプに一発変換できちゃいます。
 こちらの那臣さんのスマホのアカウントが、きれいなお姉さん設定ですので、お二人でどれだけ危険なやりとりをしても、誰かが中身をのぞいたときには『まったく倉田の奴、昼間っからキャバの姉ちゃんと遊んでばかりいないで仕事しろ』にしか見えません。
 科捜研さんでもサイバー犯罪対策室さんでも、絶対突破不能な暗号化レベルにしてありますので、安心してばんばん仲良くやりとりしちゃってください」
「……っつーか恭さん……これ、絶対喜んで受け取ったんだろうな……」
 さっそく怪しげな源氏名あてにメッセージが入っている。
 キャバクラ・ハニーフルーツのれもんちゃんこと那臣は、スタンプだらけの派手な画面と、放送禁止用語連発の十八禁メッセージを見て頭を抱えることになった。
「ね? よく出来てるでしょう」
 みはやのどや顔をスルーして、那臣は咳払いをかましてやる。
「で、このふざけたメッセージはどうやって復元するんだ?」
「えー? もう真面目なルートに復帰ですか? れもんちゃんのまま恥ずかしい会話を楽しむことも出来るすぐれものなのに」
「結構だ」
 不満そうなみはやの指示通り、虹彩を登録し、パスワードを入力する。
 すると恭士のメッセージが現れた。
「れもんちゃん、元気か? 最近、れもんちゃんのおっぱいもみもみ出来なくって、恭くん寂しいぞお~」
「……復元してないじゃないか。みはや、このアプリは欠陥品だ」
「おやおや倉田さん、すいぶん設定を気に入ってくださったんですね、プレゼントした甲斐があります。ほら那臣さん、せっかくの倉田さんからのメッセージ、ちゃんと最後まで読んでください」
「判ってるよ……ったくあの人は」
 恭士からのメッセージは、そのほとんどがみはやのおふざけに乗っかった遊びだったが、最後は、
「そのうちみんな『たち参事官どの』に慣れるだろ。それまで大人しく目立たないようにサボってな。上手なサボり方なら、この平成の適当男こと倉田恭士くんが、いくらでも指導してやるぞ」
と締めくくられていた。
「いい先輩にめぐまれてよかったですね、那臣さん。ご助言どおりさっそくサボりに行きましょう。いざ、昨日はルートに入っていなかった新宿観光へ!」
「どいつもこいつも……都民の税金で遊ぶことばっかり考えるんじゃない」
「りあぽんさんの事件の捜査は、まずは倉田さんたちに任せておけばよろしいのでは? 
 そもそも那臣さんは今、ばりっばりの管理職です。自分は動かず、偉そうに椅子にふんぞり返って、部下の報告を聞いてやるのが正しいお仕事の姿ですよ」
「……全面否定ができないあたりが悲しいが……りあぽん?」
 そういえば、被害者原口莉愛りあが店のブログでそう呼ばれていたような。
 すでに那臣の手を引いて歩き始めたみはやである。
「新宿中央公園の近くに、有名レストランばかり出店したグルメスポットがあるのです。イタリアンのブランチプレートデザート付き、ほらほら美味しそうでしょ?」
 みはやがスマホの画面を見せつけてきた。腕を絡めてじゃれつき、あどけない上目づかいで那臣にアピールしてくる。
「旨そうだがそうじゃなく……つーかお前、そもそもさっきカツ丼食ったばかりだろうが」
「イタリアンでは触手が動きませんか? ではこちらの個室フレンチがお勧めですよ。ブランチタイムのドルチェセット、ケーキ山盛り食べ放題です」
 今、自分の姿を客観的に見ると、勤務中の地方公務員が、路上スマホでグルメスポット検索、しかも制服JCとのパパ活疑惑付き、の図である。都民の皆様の税金で養っていただいている身としていかがなものか。
 厳しく律しようとする自分が、本日二度目のエスケープをしてみはやにつきあうルートにハメられた自分を叱る。
 そして、みはやなりに、復帰後の職場で難儀している那臣を精一杯気遣い、励まそうとしてくれている故の行動だろうとも考えた。
 一応軽く目を閉じて、しかつめらしくため息をついてみせる。
「要するに甘いものは別腹、か。これだから女子って奴は……」
「もちろん男子な那臣さんにもお勧めなのですよ。
 というか那臣さんには、ぜひぜひ一度訪れていただきたいスポットなのです」
 みはやの淡い黒の瞳が、きらりと銀色の光を帯びる。
「ファンタステイ新宿。三十一階建てのビルで、地下二階から地上七階まではグルメやファッション、雑貨のショップが入る商業施設です。
 ここのオーナー会社の社長さんは緑川寛嗣ひろつぐさんという、経営手腕はともかく、まあ、えないおじさんなのですが、ファンタステイ新宿を含む国内ビル開発事業を仕切っているのは、その奥様でビジネスパートナーの紗矢歌さやかさんです。
 この紗矢歌さん、え映えの美しすぎる女性実業家として、何度かビジネス記事に取り上げられてる有名人さんなのですが、那臣さんご存知ですか?」
「いや、初めて聞く名前だな」
「地味め大人しめで、家庭的な女性がお好みの那臣さんには少々社交的すぎる方ですが、お顔立ちは四番目の彼女さんに似ていなくもないですよ」
「……その緑川紗矢歌とやらの人相はよく判った。で、何が言いたい?」
「緑川夫妻にお子さんはいません。
 その寂しさのせいなのでしょうか、紗矢歌さんは実のお姉さんの旦那さんの甥御おいごさんに当たる方を、それはそれは可愛がっていらっしゃるそうなんですよ。
 つい先日もご自慢の自社ビル、ファンタステイ新宿グルメフロアの店舗で、仲良くランチしていたという、それは貴重な目撃情報をゲットしています」
 話の流れが読めない。那臣はいぶかしげに目を細める。
「お姉さんの旦那さんは結婚して、お姉さん方の姓を名乗っていますが、旧姓は河原崎。そして旦那さんのお兄さんのお名前は河原崎勇毅ゆうき、そのお子さんは尚毅なおきといいます」
 どくりと心臓がうごめいたのが判った。
 大きく目を見開いた那臣に対し、みはやは挑発的に微笑む。
「どうですか? 食欲がわいてきたでしょう、那臣さん」
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