26 / 95
第二章 刑事、再び現場へ赴く
11
しおりを挟む
「それは、合法じゃねえだろ……っつーか恭さん、拒否しろよ」
「参事官が現場の捜査員の報告を聞く、至極真っ当な警察組織のあり方ではありませんか。
それからこのスマホ、超ハイスペックでお茶目な機能もてんこもりなんです。
今、那臣さんと倉田さんがお持ちのスマホに盗聴アプリを入れてもよかったのですけど、少々処理能力が不安でしたので」
「……ロクな機能と思えないが、一応聞いておく」
「まず、みはやちゃんイチオシの愉快な変換アプリが入ってまして、いたって真面目な文面が、夜のお店のきれいなお姉さんとのオトナな恋のかけひきな文面、プラスいちゃらぶスタンプに一発変換できちゃいます。
こちらの那臣さんのスマホのアカウントが、きれいなお姉さん設定ですので、お二人でどれだけ危険なやりとりをしても、誰かが中身を覗いたときには『まったく倉田の奴、昼間っからキャバの姉ちゃんと遊んでばかりいないで仕事しろ』にしか見えません。
科捜研さんでもサイバー犯罪対策室さんでも、絶対突破不能な暗号化レベルにしてありますので、安心してばんばん仲良くやりとりしちゃってください」
「……っつーか恭さん……これ、絶対喜んで受け取ったんだろうな……」
さっそく怪しげな源氏名あてにメッセージが入っている。
キャバクラ・ハニーフルーツのれもんちゃんこと那臣は、スタンプだらけの派手な画面と、放送禁止用語連発の十八禁メッセージを見て頭を抱えることになった。
「ね? よく出来てるでしょう」
みはやのどや顔をスルーして、那臣は咳払いをかましてやる。
「で、このふざけたメッセージはどうやって復元するんだ?」
「えー? もう真面目なルートに復帰ですか? れもんちゃんのまま恥ずかしい会話を楽しむことも出来るすぐれものなのに」
「結構だ」
不満そうなみはやの指示通り、虹彩を登録し、パスワードを入力する。
すると恭士のメッセージが現れた。
「れもんちゃん、元気か? 最近、れもんちゃんのおっぱいもみもみ出来なくって、恭くん寂しいぞお~」
「……復元してないじゃないか。みはや、このアプリは欠陥品だ」
「おやおや倉田さん、すいぶん設定を気に入ってくださったんですね、プレゼントした甲斐があります。ほら那臣さん、せっかくの倉田さんからのメッセージ、ちゃんと最後まで読んでください」
「判ってるよ……ったくあの人は」
恭士からのメッセージは、そのほとんどがみはやのおふざけに乗っかった遊びだったが、最後は、
「そのうちみんな『館参事官どの』に慣れるだろ。それまで大人しく目立たないようにサボってな。上手なサボり方なら、この平成の適当男こと倉田恭士くんが、いくらでも指導してやるぞ」
と締めくくられていた。
「いい先輩にめぐまれてよかったですね、那臣さん。ご助言どおりさっそくサボりに行きましょう。いざ、昨日はルートに入っていなかった新宿観光へ!」
「どいつもこいつも……都民の税金で遊ぶことばっかり考えるんじゃない」
「りあぽんさんの事件の捜査は、まずは倉田さんたちに任せておけばよろしいのでは?
そもそも那臣さんは今、ばりっばりの管理職です。自分は動かず、偉そうに椅子にふんぞり返って、部下の報告を聞いてやるのが正しいお仕事の姿ですよ」
「……全面否定ができないあたりが悲しいが……りあぽん?」
そういえば、被害者原口莉愛が店のブログでそう呼ばれていたような。
すでに那臣の手を引いて歩き始めたみはやである。
「新宿中央公園の近くに、有名レストランばかり出店したグルメスポットがあるのです。イタリアンのブランチプレートデザート付き、ほらほら美味しそうでしょ?」
みはやがスマホの画面を見せつけてきた。腕を絡めてじゃれつき、あどけない上目遣いで那臣にアピールしてくる。
「旨そうだがそうじゃなく……つーかお前、そもそもさっきカツ丼食ったばかりだろうが」
「イタリアンでは触手が動きませんか? ではこちらの個室フレンチがお勧めですよ。ブランチタイムのドルチェセット、ケーキ山盛り食べ放題です」
今、自分の姿を客観的に見ると、勤務中の地方公務員が、路上スマホでグルメスポット検索、しかも制服JCとのパパ活疑惑付き、の図である。都民の皆様の税金で養っていただいている身としていかがなものか。
厳しく律しようとする自分が、本日二度目のエスケープをしてみはやにつきあうルートにハメられた自分を叱る。
そして、みはやなりに、復帰後の職場で難儀している那臣を精一杯気遣い、励まそうとしてくれている故の行動だろうとも考えた。
一応軽く目を閉じて、しかつめらしくため息をついてみせる。
「要するに甘いものは別腹、か。これだから女子って奴は……」
「もちろん男子な那臣さんにもお勧めなのですよ。
というか那臣さんには、ぜひぜひ一度訪れていただきたいスポットなのです」
みはやの淡い黒の瞳が、きらりと銀色の光を帯びる。
「ファンタステイ新宿。三十一階建てのビルで、地下二階から地上七階まではグルメやファッション、雑貨のショップが入る商業施設です。
ここのオーナー会社の社長さんは緑川寛嗣さんという、経営手腕はともかく、まあ、映えないおじさんなのですが、ファンタステイ新宿を含む国内ビル開発事業を仕切っているのは、その奥様でビジネスパートナーの紗矢歌さんです。
この紗矢歌さん、映え映えの美しすぎる女性実業家として、何度かビジネス記事に取り上げられてる有名人さんなのですが、那臣さんご存知ですか?」
「いや、初めて聞く名前だな」
「地味め大人しめで、家庭的な女性がお好みの那臣さんには少々社交的すぎる方ですが、お顔立ちは四番目の彼女さんに似ていなくもないですよ」
「……その緑川紗矢歌とやらの人相はよく判った。で、何が言いたい?」
「緑川夫妻にお子さんはいません。
その寂しさのせいなのでしょうか、紗矢歌さんは実のお姉さんの旦那さんの甥御さんに当たる方を、それはそれは可愛がっていらっしゃるそうなんですよ。
つい先日もご自慢の自社ビル、ファンタステイ新宿グルメフロアの店舗で、仲良くランチしていたという、それは貴重な目撃情報をゲットしています」
話の流れが読めない。那臣はいぶかしげに目を細める。
「お姉さんの旦那さんは結婚して、お姉さん方の姓を名乗っていますが、旧姓は河原崎。そして旦那さんのお兄さんのお名前は河原崎勇毅、そのお子さんは尚毅といいます」
どくりと心臓が蠢いたのが判った。
大きく目を見開いた那臣に対し、みはやは挑発的に微笑む。
「どうですか? 食欲がわいてきたでしょう、那臣さん」
「参事官が現場の捜査員の報告を聞く、至極真っ当な警察組織のあり方ではありませんか。
それからこのスマホ、超ハイスペックでお茶目な機能もてんこもりなんです。
今、那臣さんと倉田さんがお持ちのスマホに盗聴アプリを入れてもよかったのですけど、少々処理能力が不安でしたので」
「……ロクな機能と思えないが、一応聞いておく」
「まず、みはやちゃんイチオシの愉快な変換アプリが入ってまして、いたって真面目な文面が、夜のお店のきれいなお姉さんとのオトナな恋のかけひきな文面、プラスいちゃらぶスタンプに一発変換できちゃいます。
こちらの那臣さんのスマホのアカウントが、きれいなお姉さん設定ですので、お二人でどれだけ危険なやりとりをしても、誰かが中身を覗いたときには『まったく倉田の奴、昼間っからキャバの姉ちゃんと遊んでばかりいないで仕事しろ』にしか見えません。
科捜研さんでもサイバー犯罪対策室さんでも、絶対突破不能な暗号化レベルにしてありますので、安心してばんばん仲良くやりとりしちゃってください」
「……っつーか恭さん……これ、絶対喜んで受け取ったんだろうな……」
さっそく怪しげな源氏名あてにメッセージが入っている。
キャバクラ・ハニーフルーツのれもんちゃんこと那臣は、スタンプだらけの派手な画面と、放送禁止用語連発の十八禁メッセージを見て頭を抱えることになった。
「ね? よく出来てるでしょう」
みはやのどや顔をスルーして、那臣は咳払いをかましてやる。
「で、このふざけたメッセージはどうやって復元するんだ?」
「えー? もう真面目なルートに復帰ですか? れもんちゃんのまま恥ずかしい会話を楽しむことも出来るすぐれものなのに」
「結構だ」
不満そうなみはやの指示通り、虹彩を登録し、パスワードを入力する。
すると恭士のメッセージが現れた。
「れもんちゃん、元気か? 最近、れもんちゃんのおっぱいもみもみ出来なくって、恭くん寂しいぞお~」
「……復元してないじゃないか。みはや、このアプリは欠陥品だ」
「おやおや倉田さん、すいぶん設定を気に入ってくださったんですね、プレゼントした甲斐があります。ほら那臣さん、せっかくの倉田さんからのメッセージ、ちゃんと最後まで読んでください」
「判ってるよ……ったくあの人は」
恭士からのメッセージは、そのほとんどがみはやのおふざけに乗っかった遊びだったが、最後は、
「そのうちみんな『館参事官どの』に慣れるだろ。それまで大人しく目立たないようにサボってな。上手なサボり方なら、この平成の適当男こと倉田恭士くんが、いくらでも指導してやるぞ」
と締めくくられていた。
「いい先輩にめぐまれてよかったですね、那臣さん。ご助言どおりさっそくサボりに行きましょう。いざ、昨日はルートに入っていなかった新宿観光へ!」
「どいつもこいつも……都民の税金で遊ぶことばっかり考えるんじゃない」
「りあぽんさんの事件の捜査は、まずは倉田さんたちに任せておけばよろしいのでは?
そもそも那臣さんは今、ばりっばりの管理職です。自分は動かず、偉そうに椅子にふんぞり返って、部下の報告を聞いてやるのが正しいお仕事の姿ですよ」
「……全面否定ができないあたりが悲しいが……りあぽん?」
そういえば、被害者原口莉愛が店のブログでそう呼ばれていたような。
すでに那臣の手を引いて歩き始めたみはやである。
「新宿中央公園の近くに、有名レストランばかり出店したグルメスポットがあるのです。イタリアンのブランチプレートデザート付き、ほらほら美味しそうでしょ?」
みはやがスマホの画面を見せつけてきた。腕を絡めてじゃれつき、あどけない上目遣いで那臣にアピールしてくる。
「旨そうだがそうじゃなく……つーかお前、そもそもさっきカツ丼食ったばかりだろうが」
「イタリアンでは触手が動きませんか? ではこちらの個室フレンチがお勧めですよ。ブランチタイムのドルチェセット、ケーキ山盛り食べ放題です」
今、自分の姿を客観的に見ると、勤務中の地方公務員が、路上スマホでグルメスポット検索、しかも制服JCとのパパ活疑惑付き、の図である。都民の皆様の税金で養っていただいている身としていかがなものか。
厳しく律しようとする自分が、本日二度目のエスケープをしてみはやにつきあうルートにハメられた自分を叱る。
そして、みはやなりに、復帰後の職場で難儀している那臣を精一杯気遣い、励まそうとしてくれている故の行動だろうとも考えた。
一応軽く目を閉じて、しかつめらしくため息をついてみせる。
「要するに甘いものは別腹、か。これだから女子って奴は……」
「もちろん男子な那臣さんにもお勧めなのですよ。
というか那臣さんには、ぜひぜひ一度訪れていただきたいスポットなのです」
みはやの淡い黒の瞳が、きらりと銀色の光を帯びる。
「ファンタステイ新宿。三十一階建てのビルで、地下二階から地上七階まではグルメやファッション、雑貨のショップが入る商業施設です。
ここのオーナー会社の社長さんは緑川寛嗣さんという、経営手腕はともかく、まあ、映えないおじさんなのですが、ファンタステイ新宿を含む国内ビル開発事業を仕切っているのは、その奥様でビジネスパートナーの紗矢歌さんです。
この紗矢歌さん、映え映えの美しすぎる女性実業家として、何度かビジネス記事に取り上げられてる有名人さんなのですが、那臣さんご存知ですか?」
「いや、初めて聞く名前だな」
「地味め大人しめで、家庭的な女性がお好みの那臣さんには少々社交的すぎる方ですが、お顔立ちは四番目の彼女さんに似ていなくもないですよ」
「……その緑川紗矢歌とやらの人相はよく判った。で、何が言いたい?」
「緑川夫妻にお子さんはいません。
その寂しさのせいなのでしょうか、紗矢歌さんは実のお姉さんの旦那さんの甥御さんに当たる方を、それはそれは可愛がっていらっしゃるそうなんですよ。
つい先日もご自慢の自社ビル、ファンタステイ新宿グルメフロアの店舗で、仲良くランチしていたという、それは貴重な目撃情報をゲットしています」
話の流れが読めない。那臣はいぶかしげに目を細める。
「お姉さんの旦那さんは結婚して、お姉さん方の姓を名乗っていますが、旧姓は河原崎。そして旦那さんのお兄さんのお名前は河原崎勇毅、そのお子さんは尚毅といいます」
どくりと心臓が蠢いたのが判った。
大きく目を見開いた那臣に対し、みはやは挑発的に微笑む。
「どうですか? 食欲がわいてきたでしょう、那臣さん」
0
あなたにおすすめの小説
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる