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第二章 刑事、再び現場へ赴く
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鼻歌で怪しげなファンファーレを奏でながら、みはやはふたたび那臣の腕を引っ張ってエレベーターホールの方向へと歩きだした。
諦めた那臣も特に抵抗もせず、引きずられるまま歩き出す。
「そもそも探検もなにも、ただのオフィスビルだろう、変装なぞしなくても普通に入れるだろうに」
「ですから気合いの問題です。ネクタイも外してくださいね。ほーら、あっという間に、昼間っから街をぶらぶらしていても違和感のない、リストラ直前の残念な営業マンの出来上がり、ですよ」
「……あのなあ……」
呆れかえってさらに突っ込もうとする那臣を、みはやの物騒な笑みが制した。
「と、ぐだぐだ進行ながら盛り上がってきたところで最初のコマンド入力です。
エレベーターホールに突入する、エレベーターホールを遠くから警戒する。
さて、勇者ちょいダサ那臣さん、どちらを選択しますか?」
みはやが不敵に微笑むときは、何かしら平穏な日常とはかけ離れた状況を提示されるものだと、ここ数日で嫌でも理解させられた那臣である。
それならば、と、みはやが振った遊びに乗ってみせた。
「そうだな……魔法使いにしてパーティーの参謀みはやどの、君ならどうするかね?」
みはやがきゃはっ、と嬉しそうに手を叩く。
「そうそう、そうこなくっちゃです。ではまずはこちらのポジションへどうぞ」
みはやに手を取られ、数メートル移動する。
店内家具コーナーの入り口、これからのシーズン用にディスプレイされた寝室のセットが置かれている場所だ。
件のエレベーターホールは、セットされた観葉植物の陰から伺えた。
「可愛いダブルベッドですね、二人の新居にぴったりです」
「当分今のボロアパートから立ち退く予定はねえよ、で?」
「ちゃんとお気に入りの家具やインテリアを吟味してくださいな。エレベーターホールへ入っていく人物を監視だなんて、そんなこと絶対してませんよ、ってアピールしないと、管理室にいらっしゃる怖いお兄さんたちが速攻で駆けつけてくれちゃいますよ」
防犯カメラの映像は、テロを警戒しなければならないような重要施設でもないかぎり、張り付いて逐一チェックするようなものではない。どこのビルの監視室でも、普段は基本的に録画のみ。せいぜい、数カ所のカメラがとらえた映像が順次切り替わる様を、呑気にながめる程度のものだろう。それが。
「……怖いお兄さんが、常時監視してるってのか」
「いくら企業の情報管理がキビしいこのご時世とはいえ、フツーのオフィスビルにはあるまじき監視体制です。
この地下二階入り口は、それでもまだ甘い方でしょうが、最上階、オーナーのプライベートエリアへのルートなんて、各種国家重要施設に『ここを見習ってもっとテロ対策しっかりせんかい』ってツッコみたくなるくらいの警備ですよ。
ほら、こちらを見てください」
みはやの魔法の通学鞄から、今度出てきたのはタブレットだ。
すいすいと指先で操作する。と、建物の設計図らしき図面が現れた。
「そこのエレベーターでは二十九階までしか行けません。
二十九階以上の三フロアにはオーナー会社のミッドロケーションプランニングが入っていますが、エレベーターホールからこのオフィスに入るのに、まず、社員証のICカードと暗証番号、または中からの操作が必要です。まあ、ここまではどこの会社でもやってることですね。
そして二十九階オフィス中央付近には、三十階行きのエレベーターと階段。そして三十階奥にはふたたびICカードと暗証番号、そして虹彩認証の必要なゲートがあって、その向こうに三十一階へのエレベーターがあります。
この三十一階行きエレベーターも、乗り降り両方に、それぞれ特定の社員の認証が必要です。
認証に失敗すると、それこそスパイ映画よろしく防犯ドアがロックする仕掛けまであったりしちゃうんですよ。
エレベーター孔も特殊な構造になってるようですし、屋上のヘリポートにもなにやら仕掛けがあるようです。
もちろん機械頼みだけじゃなく、さっき言った怖いお兄さんたちが各所に配置されてるようですね。まったく、一体何をそんなに警戒してるんでしょうねえ」
建築に関して専門家でない那臣に細かいことは判らない。
しかしみはやが次々と繰っていくのは、通常の建築設計図にある電気配線などに加え、監視カメラほか、さまざまな警備体制を記した、重要機密であるはずの図面ばかりだった。
「……判りやすいマッピング解説をどうも。で、この図面……こんなレアアイテムをどこから入手した? 『街の道具屋』で売ってるようなものじゃないだろう」
「もちろんただの『道具屋』じゃありませんよ、隠しコマンド入力でしか現れないナイショのお店です」
「隠れなきゃならん店ってことだろ、証拠の違法収集も、できれば勘弁してくれよ」
「その、できれば、のあたりの微妙なゆるさは、『公判に乗せる証拠として捜査記録にあがってこなくても不自然でない程度ならかろうじてお目こぼし』的な、『現場の捜査員の合理的解釈』でよろしいでしょうか?」
「……嫌なところを嫌な感じに正確に突いてくるな……まあその、なんだ。俺の手もクリーンとは言い難いってことだな」
恐縮するように那臣が肩をすくめると、その隙間に、みはやが素早く腕を絡めてきた。
「そう言っちゃうあたりが、もうすでに全然ダーティーじゃありませんよ、那臣さん。
もし、どうしてもダメ、絶対、な情報収集手段がありましたら遠慮なく言ってください。
その程度の制約で、このみはやちゃんの腕がにぶることは決してありませんから」
みはやの淡々とした口調が、自らの能力を冷静に判断した結果だと告げている。
守護獣の名を持つものの凄みを、改めて那臣は感じ取った。
諦めた那臣も特に抵抗もせず、引きずられるまま歩き出す。
「そもそも探検もなにも、ただのオフィスビルだろう、変装なぞしなくても普通に入れるだろうに」
「ですから気合いの問題です。ネクタイも外してくださいね。ほーら、あっという間に、昼間っから街をぶらぶらしていても違和感のない、リストラ直前の残念な営業マンの出来上がり、ですよ」
「……あのなあ……」
呆れかえってさらに突っ込もうとする那臣を、みはやの物騒な笑みが制した。
「と、ぐだぐだ進行ながら盛り上がってきたところで最初のコマンド入力です。
エレベーターホールに突入する、エレベーターホールを遠くから警戒する。
さて、勇者ちょいダサ那臣さん、どちらを選択しますか?」
みはやが不敵に微笑むときは、何かしら平穏な日常とはかけ離れた状況を提示されるものだと、ここ数日で嫌でも理解させられた那臣である。
それならば、と、みはやが振った遊びに乗ってみせた。
「そうだな……魔法使いにしてパーティーの参謀みはやどの、君ならどうするかね?」
みはやがきゃはっ、と嬉しそうに手を叩く。
「そうそう、そうこなくっちゃです。ではまずはこちらのポジションへどうぞ」
みはやに手を取られ、数メートル移動する。
店内家具コーナーの入り口、これからのシーズン用にディスプレイされた寝室のセットが置かれている場所だ。
件のエレベーターホールは、セットされた観葉植物の陰から伺えた。
「可愛いダブルベッドですね、二人の新居にぴったりです」
「当分今のボロアパートから立ち退く予定はねえよ、で?」
「ちゃんとお気に入りの家具やインテリアを吟味してくださいな。エレベーターホールへ入っていく人物を監視だなんて、そんなこと絶対してませんよ、ってアピールしないと、管理室にいらっしゃる怖いお兄さんたちが速攻で駆けつけてくれちゃいますよ」
防犯カメラの映像は、テロを警戒しなければならないような重要施設でもないかぎり、張り付いて逐一チェックするようなものではない。どこのビルの監視室でも、普段は基本的に録画のみ。せいぜい、数カ所のカメラがとらえた映像が順次切り替わる様を、呑気にながめる程度のものだろう。それが。
「……怖いお兄さんが、常時監視してるってのか」
「いくら企業の情報管理がキビしいこのご時世とはいえ、フツーのオフィスビルにはあるまじき監視体制です。
この地下二階入り口は、それでもまだ甘い方でしょうが、最上階、オーナーのプライベートエリアへのルートなんて、各種国家重要施設に『ここを見習ってもっとテロ対策しっかりせんかい』ってツッコみたくなるくらいの警備ですよ。
ほら、こちらを見てください」
みはやの魔法の通学鞄から、今度出てきたのはタブレットだ。
すいすいと指先で操作する。と、建物の設計図らしき図面が現れた。
「そこのエレベーターでは二十九階までしか行けません。
二十九階以上の三フロアにはオーナー会社のミッドロケーションプランニングが入っていますが、エレベーターホールからこのオフィスに入るのに、まず、社員証のICカードと暗証番号、または中からの操作が必要です。まあ、ここまではどこの会社でもやってることですね。
そして二十九階オフィス中央付近には、三十階行きのエレベーターと階段。そして三十階奥にはふたたびICカードと暗証番号、そして虹彩認証の必要なゲートがあって、その向こうに三十一階へのエレベーターがあります。
この三十一階行きエレベーターも、乗り降り両方に、それぞれ特定の社員の認証が必要です。
認証に失敗すると、それこそスパイ映画よろしく防犯ドアがロックする仕掛けまであったりしちゃうんですよ。
エレベーター孔も特殊な構造になってるようですし、屋上のヘリポートにもなにやら仕掛けがあるようです。
もちろん機械頼みだけじゃなく、さっき言った怖いお兄さんたちが各所に配置されてるようですね。まったく、一体何をそんなに警戒してるんでしょうねえ」
建築に関して専門家でない那臣に細かいことは判らない。
しかしみはやが次々と繰っていくのは、通常の建築設計図にある電気配線などに加え、監視カメラほか、さまざまな警備体制を記した、重要機密であるはずの図面ばかりだった。
「……判りやすいマッピング解説をどうも。で、この図面……こんなレアアイテムをどこから入手した? 『街の道具屋』で売ってるようなものじゃないだろう」
「もちろんただの『道具屋』じゃありませんよ、隠しコマンド入力でしか現れないナイショのお店です」
「隠れなきゃならん店ってことだろ、証拠の違法収集も、できれば勘弁してくれよ」
「その、できれば、のあたりの微妙なゆるさは、『公判に乗せる証拠として捜査記録にあがってこなくても不自然でない程度ならかろうじてお目こぼし』的な、『現場の捜査員の合理的解釈』でよろしいでしょうか?」
「……嫌なところを嫌な感じに正確に突いてくるな……まあその、なんだ。俺の手もクリーンとは言い難いってことだな」
恐縮するように那臣が肩をすくめると、その隙間に、みはやが素早く腕を絡めてきた。
「そう言っちゃうあたりが、もうすでに全然ダーティーじゃありませんよ、那臣さん。
もし、どうしてもダメ、絶対、な情報収集手段がありましたら遠慮なく言ってください。
その程度の制約で、このみはやちゃんの腕がにぶることは決してありませんから」
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守護獣の名を持つものの凄みを、改めて那臣は感じ取った。
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