モリウサギ

高村渚

文字の大きさ
28 / 95
第二章 刑事、再び現場へ赴く

13

しおりを挟む
 鼻歌で怪しげなファンファーレを奏でながら、みはやはふたたび那臣ともおみの腕を引っ張ってエレベーターホールの方向へと歩きだした。
 諦めた那臣も特に抵抗もせず、引きずられるまま歩き出す。
「そもそも探検もなにも、ただのオフィスビルだろう、変装なぞしなくても普通に入れるだろうに」
「ですから気合いの問題です。ネクタイも外してくださいね。ほーら、あっという間に、昼間っから街をぶらぶらしていても違和感のない、リストラ直前の残念な営業マンの出来上がり、ですよ」
「……あのなあ……」
 呆れかえってさらに突っ込もうとする那臣を、みはやの物騒な笑みが制した。
「と、ぐだぐだ進行ながら盛り上がってきたところで最初のコマンド入力です。
 エレベーターホールに突入する、エレベーターホールを遠くから警戒する。
 さて、勇者ちょいダサ那臣さん、どちらを選択しますか?」
 みはやが不敵に微笑むときは、何かしら平穏な日常とはかけ離れた状況を提示されるものだと、ここ数日で嫌でも理解させられた那臣である。
 それならば、と、みはやが振った遊びに乗ってみせた。
「そうだな……魔法使いにしてパーティーの参謀みはやどの、君ならどうするかね?」
 みはやがきゃはっ、と嬉しそうに手を叩く。
「そうそう、そうこなくっちゃです。ではまずはこちらのポジションへどうぞ」
 みはやに手を取られ、数メートル移動する。
 店内家具コーナーの入り口、これからのシーズン用にディスプレイされた寝室のセットが置かれている場所だ。
 件のエレベーターホールは、セットされた観葉植物の陰から伺えた。
「可愛いダブルベッドですね、二人の新居にぴったりです」
「当分今のボロアパートから立ち退く予定はねえよ、で?」
「ちゃんとお気に入りの家具やインテリアを吟味してくださいな。エレベーターホールへ入っていく人物を監視だなんて、そんなこと絶対してませんよ、ってアピールしないと、管理室にいらっしゃる怖いお兄さんたちが速攻で駆けつけてくれちゃいますよ」
 防犯カメラの映像は、テロを警戒しなければならないような重要施設でもないかぎり、張り付いて逐一チェックするようなものではない。どこのビルの監視室でも、普段は基本的に録画のみ。せいぜい、数カ所のカメラがとらえた映像が順次切り替わる様を、呑気にながめる程度のものだろう。それが。
「……怖いお兄さんが、常時監視してるってのか」
「いくら企業の情報管理がキビしいこのご時世とはいえ、フツーのオフィスビルにはあるまじき監視体制です。
 この地下二階入り口は、それでもまだ甘い方でしょうが、最上階、オーナーのプライベートエリアへのルートなんて、各種国家重要施設に『ここを見習ってもっとテロ対策しっかりせんかい』ってツッコみたくなるくらいの警備ですよ。
 ほら、こちらを見てください」
 みはやの魔法の通学鞄から、今度出てきたのはタブレットだ。
 すいすいと指先で操作する。と、建物の設計図らしき図面が現れた。
「そこのエレベーターでは二十九階までしか行けません。
 二十九階以上の三フロアにはオーナー会社のミッドロケーションプランニングが入っていますが、エレベーターホールからこのオフィスに入るのに、まず、社員証のICカードと暗証番号、または中からの操作が必要です。まあ、ここまではどこの会社でもやってることですね。
 そして二十九階オフィス中央付近には、三十階行きのエレベーターと階段。そして三十階奥にはふたたびICカードと暗証番号、そして虹彩認証の必要なゲートがあって、その向こうに三十一階へのエレベーターがあります。
 この三十一階行きエレベーターも、乗り降り両方に、それぞれ特定の社員の認証が必要です。
 認証に失敗すると、それこそスパイ映画よろしく防犯ドアがロックする仕掛けまであったりしちゃうんですよ。
 エレベーター孔も特殊な構造になってるようですし、屋上のヘリポートにもなにやら仕掛けがあるようです。
 もちろん機械頼みだけじゃなく、さっき言った怖いお兄さんたちが各所に配置されてるようですね。まったく、一体何をそんなに警戒してるんでしょうねえ」
 建築に関して専門家でない那臣に細かいことは判らない。
 しかしみはやが次々と繰っていくのは、通常の建築設計図にある電気配線などに加え、監視カメラほか、さまざまな警備体制を記した、重要機密であるはずの図面ばかりだった。
「……判りやすいマッピング解説をどうも。で、この図面……こんなレアアイテムをどこから入手した? 『街の道具屋』で売ってるようなものじゃないだろう」
「もちろんただの『道具屋』じゃありませんよ、隠しコマンド入力でしか現れないナイショのお店です」
「隠れなきゃならん店ってことだろ、証拠の違法収集も、できれば勘弁してくれよ」
「その、できれば、のあたりの微妙なゆるさは、『公判に乗せる証拠として捜査記録にあがってこなくても不自然でない程度ならかろうじてお目こぼし』的な、『現場の捜査員の合理的解釈』でよろしいでしょうか?」
「……嫌なところを嫌な感じに正確に突いてくるな……まあその、なんだ。俺の手もクリーンとは言い難いってことだな」
 恐縮するように那臣が肩をすくめると、その隙間に、みはやが素早く腕を絡めてきた。
「そう言っちゃうあたりが、もうすでに全然ダーティーじゃありませんよ、那臣さん。
 もし、どうしてもダメ、絶対、な情報収集手段がありましたら遠慮なく言ってください。
 その程度の制約で、このみはやちゃんの腕がにぶることは決してありませんから」
 みはやの淡々とした口調が、自らの能力を冷静に判断した結果だと告げている。
 守護獣の名を持つものの凄みを、改めて那臣は感じ取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...