モリウサギ

高村渚

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第四章 刑事の元へ、仲間が集う

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 連絡を入れておいたおかげか、玄関ロビーでは、警察学校同期の山下が、市野瀬を出迎えてくれた。
「久しぶりだね山下くん、元気だった?」
「ああ、そっちも相変わらずだな。なんだよそのデイパックは、女子高生か」
「あはは~、可愛いっしょ? そっちは仕事忙しい? なんか疲れてるっぽいよ」
 数年ぶりに再会した旧友の顔をのぞき込む。
 山下が笑って手を振ってみせた。
「そうかあ? つかお前はヒマなのかよ」
 こっちだ、と、山下は廊下を歩き出した。
「新宿と高輪の殺人、追ってるんだってな……その、あのたちとかって警部の下にいるとか……いや、今は警視正、か」
 人とすれ違うたび、山下が声を潜める。
 全警視庁規模で、那臣ともおみの悪名はいまだ健在なのだ。
 しかし市野瀬はいたって脳天気であった。太い眉をしかめた山下に、胸を張って誇らしげに答える。
「うん、そう。俺、館参事官には重要な仕事を任せてもらってるんだよ」
「……まあ、俺らは仕事なら、どんな上官の命令でも絶対だけどもなあ……」
 微妙な相槌あいづちを打つ旧友の横顔をちらりとうかがうと、市野瀬はそれと判らないほどわずかに首を振る。
 口の形だけで、少し寂しげに、
「ビンゴ」
と、つぶやいた。
 デイパックにぶら下がった愛嬌のあるモンスターのストラップを撫でてやる。
 きゅい、と微かな鳴き声が応えた。
 それは内蔵されたギミックの始動音だった。


 ほんの少し開けたオデッセイの助手席側の窓の隙間から、煙草のけむりが白く漏れ出している。
 一本目の煙草が指先で燃え尽きたその時、恭士のスマホが震えた。
 設定された市野瀬からの合図だ。
 慌てて取り出し市野瀬の番号をなぞる。コールすることなく、電波の届かないところにいるか電源が切れているとのメッセージが流れた。
「……おい、仕掛け早すぎだろ」
 続けて恭士は渋谷南署の生活安全課へコールした。
 ほどなく出た署員が、不思議そうに答えてくれる。
「市野瀬巡査部長? ……いえ、こちらにはまだお見えじゃありませんが……」
「…………おいおいおい、結構ヤバいんじゃねえの、これ。つーか署内で仕掛けるか普通!」
 恭士は車から飛び降り、舌打ちして駆け出した。
 路地から大通りに出て全速力のまま渋谷南署へ走り込む。
 明治通りに面した入り口で、出てきた署員と勢い余ってぶつかりかけた。
 焦ってお互い避けたその隙間を、旋風つむじかぜがふたつ追い越していった。
「あ……!」
 見る間に旋風は署内へと消えていった。恭士は慌てて旋風たちの後を追った。


 市野瀬は、足早に廊下を行く山下の背を追っていた。
 今から三週間ほど前、広尾の大学に通う十九歳の女子大生と連絡が取れなくなり、実家の家族が心配して上京、渋谷南署に捜索願を出してきたという。大学の友人などに聞き込みをしたところ、怪しげな人物に『オーディション』を受けるよう勧誘されていたとの情報を得たらしい。
「形通りの報告書しかないけどな、それでよけりゃ好きにあさってってくれよ」
 山下が先導して奥へと廊下を進む。
 エレベーターホールを通り過ぎ、非常階段を下りようとした山下に、市野瀬が確認した。
「生活安全課に来てくれ、って言われてたんだけど、こっちでいいの?」
「ああ、調書が置いてあるのは地下の資料室なんだ。何せ部屋が狭いからな、すぐにそちらに移しちまうんだよ」
 ふーん、と相槌を打って、デイパックのポケットからスマホを取り出した。
「……あれ? やっぱ地下って電波届かないっぽい?」
 階段の踊り場で立ち止まってスマホを操作しようとした市野瀬を、階下から山下が呼ぶ。
「そりゃそうだろ……おい、遅れるなよ、迷子になるぞ」
「あ、ごめーん」
 地下には身柄を確保した容疑者のため、逃走を防止する柵が設置された取調室がいくつか並んでいた。山下が地下の廊下の突き当たりを指さし、あそこが資料室だと告げる。
 背後で重い金属製のドアがきいと開く音がした。
 人の気配を感じた瞬間、市野瀬はほぼ無意識に振り向きざま横に飛ぶ。
 ごうと空を切る音が耳のすぐ前をかすめる。
 市野瀬の頭があった場所に組んだ両手を打ち下ろしてきた男は、間髪入れず二撃目を叩き込んできた。これも髪一筋の隙間でかわす。
 刹那、天井の蛍光灯が消える。
 ぼうと不気味な緑色の視界の端に、青ざめひきつった山下の顔があった。
 市野瀬は軽く溜息をつく。
「ええと山下くん、そこにいるよね? 俺暗いの苦手だから、できれば電気付けて欲しいんだけど」
 返ってきたのは三人目の人物の殺気だった。
 童顔と、天然すぎる普段の言動からは想像もつかないが、市野瀬はこう見えて、警察官の剣道全国大会でも常に上位に食い込む剣豪だ。ほぼ気配だけで掴みかかってきた腕をいなす。
 いつの間にか山下のいた場所と廊下の反対側の二方向から、二人分の殺気が加わっていた。
 薄れていく緑の光源が、二人の手元の拳銃を鈍く照らし出す。
「ええと自分、資料を取りに来ただけなんですけど……物騒なんで、ソレ、やめてもらっていいですか?」
 さすがの市野瀬も、自分に向けて銃の照準を定められたことはない。しかも逃げ場のない狭い廊下で、両の退路はふさがれている。
 市野瀬の背筋を冷たいものが走る。
 ずっと無言だった襲撃者の一人が、苦々しげに吐き捨てた。
「悪いな、巻き込まれて気の毒だが、これも命令だ。恨むならあの疫病神を恨めよ」
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