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第五章 刑事たち、追い詰める
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「市野瀬さんが体を張って掴んでくださった河原崎パパ攻略の糸口です。取り調べ中に謎の体調不良でお亡くなりになっては、いかに悪いお巡りさんでもお気の毒ですから、我ら館組で丁重におもてなしいたしましょう」
「だから館組言うな。まあ、奴らにすべて吐かせたところですんなり勇毅の元まで通してくれるとは思っちゃいないが」
「でしょうね、パパは悪党ですが決して無能ではありません。吐かせてせいぜい中ボス平副署長まで。下手をすると実行犯のみの、ささやかな生贄かもしれませんよ?」
みはやも読んだとおり、取り調べが進んでも、事件の隠れた黒幕は影すら全く見せなかった。
市野瀬襲撃は、実行犯四名と手引き役の山下、見張り役、そして首謀者である渋谷南署刑事課係長の田辺警部補の七名で計画実行されたもので、動機は身勝手な行動で問題ばかりを起こし、組織へ悪影響を及ぼす館参事官への義憤、であるという。
「……山下くんは、先輩とか、目上の人間に頼まれると嫌って言えない性格だったから……あ、もちろん断らなきゃだめですよね! 反逆上等! 造反有理です!」
市野瀬がややぎこちない笑顔で拳を振り上げる。
那臣がたまらず口を開こうとしたその時、名波が椅子から立ち上がり、ぼそりとつぶやいた。
「判ってりゃいい。奴も判ってるさ」
そのまま調書をばさりと市野瀬のデスクに放り投げる。
僅かに躊躇ったあと、市野瀬は調書に手を伸ばした。
調書には、上官の田辺をはじめ、よく面倒を見てくれた先輩たちに強く命令され断れなかったこと、彼らに教えられた館参事官の悪行には自分も強い憤りを感じたこと、それでも部下の市野瀬を襲うのは筋が違うのではと疑問を抱いたこと、そして、命令だったとはいえ警察学校で苦楽を共にした友人市野瀬を殺してしまうところだった自分が許せないことが、淡々と記載されていた。
文字を追う市野瀬の目が、何度も伏せられるのを、那臣と名波は黙って見守った。
ひととおり調書に目を通し、ふう、と息をつくと、市野瀬は勢いよく顔を上げた。
「あーあ、これほんとにルート途中で袋小路のバッドエンドじゃないですか……ラスボス・イニシャルKの居城へ向かうルートはどこかにないですか? 参事官、起死回生の秘策を授けてください!」
その表情に、もう旧友への揺れる感情は見て取れなかった。無邪気に神様お願いポーズを取って那臣ににじり寄る。
那臣を挟んで反対側から、名波の冷めたツッコミが飛んだ。
「阿呆。ゲームだって、ボス戦までにレベル上げとかいろいろ手順があるだろうが」
「意外ですね、名波さんもゲームなんてされるんですか」
「……ご指摘はそこですか。参事官、天然すぎでしょう」
心底呆れかえった様子でじっとりと昼行灯の上官を睨みつけてくる。
那臣は苦笑して肩をすくめた。
ちらりとスマホの画面を確認し、おもむろに席を立つ。
「冗談はさておき、そろそろ多少の進展を図るべきでしょうね。渋谷南署の件も一段落ついたようですし……場所を変えましょうか」
きらびやかな光の洪水のなかを、人々が笑いさざめきながら泳いでいく。
若者たちが夜の時間を楽しむ賑やかな通りから一筋離れると、仄かな灯りに浮かび上がる大人の隠れ家が、ひっそりと存在していた。
バブル全盛期のような賑わいはなかったが、それでも老舗と呼ばれる料亭のいくつかは二つの年号を越えたくましく生き残り、伝統の味ともてなしを提供し続けている。
それと示されなければ見過ごしてしまいそうな、ささやかに掲げられた看板、いや表札を指さして、市野瀬がはしゃいだ。
「へーっ! ここがあの『勢多』ですか~、自分、高級料亭ってはじめて見ます!
ここが悪人が密約とか談合とか裏取引とか、いろいろするための場所なんですね、感動しました!」
「……市野瀬、お前の脳内辞書、一度初期化してこい」
師走の街の寒風に負けないくらい冷え込んだ声で、名波がツッコんだ。
勢多の店先を通り越し、先を歩く那臣は、振り返って笑う。
「いや、その辞書、あながち間違いとも言い切れないぞ」
「でしょう? さすが我らがラスボス参事官、ノリ最高です!」
「……参事官まで……たく」
名波が溜息を反動としてさらなる文句を言おうとしたとき、さらに脳天気な声が、一行を呼んだ。
「みなさ~ん、お待ちしてました。こっちですよ~。
庶民は庶民らしく、庶民グルメのもんじゃ焼きを囲んで悪だくみトーク、しちゃいましょう?」
見ると通りの向こう、古ぼけた小さな店の前で、みはやが大きく両手を振っていた。
生地を流し込むと、じゅう、と旨そうな音が空の胃袋に直接響いてきた。
勢いよく立ち上る湯気も、夕刻の食欲を刺激する。
超高級料亭勢多から離れること百数十メートル。
東京下町庶民御用達、もんじゃ焼きの山元屋の二階にて、『場外秘密捜査会議、またの名を館組総決起集会』が開かれた。
那臣たち三人が店に到着したとき、他の面々、古閑、恭士、そしてみはやはすでに、第一弾の海鮮もんじゃを肴に盛り上がっているところであった。
駆けつけ一杯とばかりに、三人のグラスに飲み物が注がれる。完全下戸の市野瀬はオレンジジュースだ。
同じくオレンジジュースでできあがっていたみはやが、さらにテンションを上げて場を仕切る。
「では! 組長、乾杯の音頭をお願いしちゃいます!」
「組長言うな」
しかつめらしく咳払いをして、那臣は座布団から立ちあがった。
「……どうも、お疲れさまです。みなさんにはこのところ無理を言って働いてもらってばかりで申し訳ありません。感謝しています、ありがとうございます」
「那臣、カタい挨拶はいいから乾杯行け、乾杯!」
恭士の陽気な野次を苦笑して受け、那臣はグラスを掲げた。
「では、とりあえず乾杯」
「だから館組言うな。まあ、奴らにすべて吐かせたところですんなり勇毅の元まで通してくれるとは思っちゃいないが」
「でしょうね、パパは悪党ですが決して無能ではありません。吐かせてせいぜい中ボス平副署長まで。下手をすると実行犯のみの、ささやかな生贄かもしれませんよ?」
みはやも読んだとおり、取り調べが進んでも、事件の隠れた黒幕は影すら全く見せなかった。
市野瀬襲撃は、実行犯四名と手引き役の山下、見張り役、そして首謀者である渋谷南署刑事課係長の田辺警部補の七名で計画実行されたもので、動機は身勝手な行動で問題ばかりを起こし、組織へ悪影響を及ぼす館参事官への義憤、であるという。
「……山下くんは、先輩とか、目上の人間に頼まれると嫌って言えない性格だったから……あ、もちろん断らなきゃだめですよね! 反逆上等! 造反有理です!」
市野瀬がややぎこちない笑顔で拳を振り上げる。
那臣がたまらず口を開こうとしたその時、名波が椅子から立ち上がり、ぼそりとつぶやいた。
「判ってりゃいい。奴も判ってるさ」
そのまま調書をばさりと市野瀬のデスクに放り投げる。
僅かに躊躇ったあと、市野瀬は調書に手を伸ばした。
調書には、上官の田辺をはじめ、よく面倒を見てくれた先輩たちに強く命令され断れなかったこと、彼らに教えられた館参事官の悪行には自分も強い憤りを感じたこと、それでも部下の市野瀬を襲うのは筋が違うのではと疑問を抱いたこと、そして、命令だったとはいえ警察学校で苦楽を共にした友人市野瀬を殺してしまうところだった自分が許せないことが、淡々と記載されていた。
文字を追う市野瀬の目が、何度も伏せられるのを、那臣と名波は黙って見守った。
ひととおり調書に目を通し、ふう、と息をつくと、市野瀬は勢いよく顔を上げた。
「あーあ、これほんとにルート途中で袋小路のバッドエンドじゃないですか……ラスボス・イニシャルKの居城へ向かうルートはどこかにないですか? 参事官、起死回生の秘策を授けてください!」
その表情に、もう旧友への揺れる感情は見て取れなかった。無邪気に神様お願いポーズを取って那臣ににじり寄る。
那臣を挟んで反対側から、名波の冷めたツッコミが飛んだ。
「阿呆。ゲームだって、ボス戦までにレベル上げとかいろいろ手順があるだろうが」
「意外ですね、名波さんもゲームなんてされるんですか」
「……ご指摘はそこですか。参事官、天然すぎでしょう」
心底呆れかえった様子でじっとりと昼行灯の上官を睨みつけてくる。
那臣は苦笑して肩をすくめた。
ちらりとスマホの画面を確認し、おもむろに席を立つ。
「冗談はさておき、そろそろ多少の進展を図るべきでしょうね。渋谷南署の件も一段落ついたようですし……場所を変えましょうか」
きらびやかな光の洪水のなかを、人々が笑いさざめきながら泳いでいく。
若者たちが夜の時間を楽しむ賑やかな通りから一筋離れると、仄かな灯りに浮かび上がる大人の隠れ家が、ひっそりと存在していた。
バブル全盛期のような賑わいはなかったが、それでも老舗と呼ばれる料亭のいくつかは二つの年号を越えたくましく生き残り、伝統の味ともてなしを提供し続けている。
それと示されなければ見過ごしてしまいそうな、ささやかに掲げられた看板、いや表札を指さして、市野瀬がはしゃいだ。
「へーっ! ここがあの『勢多』ですか~、自分、高級料亭ってはじめて見ます!
ここが悪人が密約とか談合とか裏取引とか、いろいろするための場所なんですね、感動しました!」
「……市野瀬、お前の脳内辞書、一度初期化してこい」
師走の街の寒風に負けないくらい冷え込んだ声で、名波がツッコんだ。
勢多の店先を通り越し、先を歩く那臣は、振り返って笑う。
「いや、その辞書、あながち間違いとも言い切れないぞ」
「でしょう? さすが我らがラスボス参事官、ノリ最高です!」
「……参事官まで……たく」
名波が溜息を反動としてさらなる文句を言おうとしたとき、さらに脳天気な声が、一行を呼んだ。
「みなさ~ん、お待ちしてました。こっちですよ~。
庶民は庶民らしく、庶民グルメのもんじゃ焼きを囲んで悪だくみトーク、しちゃいましょう?」
見ると通りの向こう、古ぼけた小さな店の前で、みはやが大きく両手を振っていた。
生地を流し込むと、じゅう、と旨そうな音が空の胃袋に直接響いてきた。
勢いよく立ち上る湯気も、夕刻の食欲を刺激する。
超高級料亭勢多から離れること百数十メートル。
東京下町庶民御用達、もんじゃ焼きの山元屋の二階にて、『場外秘密捜査会議、またの名を館組総決起集会』が開かれた。
那臣たち三人が店に到着したとき、他の面々、古閑、恭士、そしてみはやはすでに、第一弾の海鮮もんじゃを肴に盛り上がっているところであった。
駆けつけ一杯とばかりに、三人のグラスに飲み物が注がれる。完全下戸の市野瀬はオレンジジュースだ。
同じくオレンジジュースでできあがっていたみはやが、さらにテンションを上げて場を仕切る。
「では! 組長、乾杯の音頭をお願いしちゃいます!」
「組長言うな」
しかつめらしく咳払いをして、那臣は座布団から立ちあがった。
「……どうも、お疲れさまです。みなさんにはこのところ無理を言って働いてもらってばかりで申し訳ありません。感謝しています、ありがとうございます」
「那臣、カタい挨拶はいいから乾杯行け、乾杯!」
恭士の陽気な野次を苦笑して受け、那臣はグラスを掲げた。
「では、とりあえず乾杯」
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