モリウサギ

高村渚

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第五章 刑事たち、追い詰める

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 成瀬きよ志郎は、柔和な顔立ちにわずかに不快感をにじませて、突然訪問してきた二人の捜査員を出迎えた。
 それでもあくまで礼儀正しく、応接室のソファに相向かいに腰掛け那臣たちに深く一礼してみせるのは、名家の子息の、幼少時からの厳しいしつけたまものだろう。
「日々善良な都民の生活を守るため、東京の治安維持にご尽力いただき、いち都民として感謝しております。警察の皆様のお仕事に協力するのは都民の義務だと心得ております。
 ……が、大変申し訳ない、本日は少々たてこんでおりましてね。どのようなご用件かは存じませんが、なるべく手短にお願いできますか」
 全身で「迷惑だ」と訴えながら、穏やかな笑みを無理矢理作っているようにみえる。
 成程、自分の読みは当たっていたようだ。
 成瀬という男、揺さぶりにめっぽう弱い。
 ならば余計な小細工や前振りは必要ない。
 那臣は、タブレットの画面を、ぐいと成瀬に見せつけた。
「では単刀直入にお尋ねしましょうか。こちらは十一月二十三日午後十一時三十七分、新宿区松広一丁目にあるカメラの映像です。
 こちらは和泉通り、翌二十四日午前零時三分のものですが、どちらも成瀬さん、後部座席にあなたが映っていますね。
 この夜、午後十一時三十分から十二時の間、松広付近で何をしていらっしゃったかお答えいただけますか」
 瞬間、色白の成瀬の顔がさあっと赤黒く染まった。
「な……なにをって、何もッ……こ……そう、通りがかっただけだ! なんだねこれは! と……盗撮じゃないかね!」
 酷くどもりながら言葉を吐き出す。跳ね上がった心拍数さえ見て取れそうだ。
 那臣の横から、名波が息を付かせる間もなく畳みかけた。
「盗撮とはまた人聞きの悪い……あなたのおっしゃる善良な都民からご提供いただいた、防犯カメラの映像なんですがね」
 嘘は言っていない。任意でご提供いただいてはいないだけだ。
「運転しているのは、ケイ・シティ・オフィスというイベント企画会社の社員の男です。この男とはどのようなご関係で? なぜこの時間、ケイ・シティ・オフィス所有の車で松広一丁目付近を通りがかったんですか、お答えいただきたい」
「こっ……答える必要はないだろう! プライベートでどこへ行こうと私の勝手だ」
 まるで嘘がばれた子どものように、不自然なまでに顔を背けてうそぶく。
 もちろんこれで容赦する名波ではない。
 ソファーから立ち上がり、おもむろに成瀬の真横に回ると、背もたれに手をかけて成瀬の耳元至近距離に顔を寄せた。
「成程、プライベートとおっしゃる。プライベートでケイ・シティ・オフィスと関わりがある、真夜中に運転手付きの車を乗り回せる関わりがね。
 それはそうでしょうな、ケイ・シティ・オフィスの実質的な経営者は、あなたの大変親しい男の息子です。河原崎尚毅。父親の勇毅とは刎頚の交わりであると、経済誌のインタビューで答えておられた」
 名波の台詞が進むうちにも、みるみる成瀬の顔色が変色していくのが判った。
 額の生え際に玉のような汗がびっしりと浮かぶ。
 その汗を振り切るように、成瀬は激しく首を振った。
「知らん……そんな会社は、わたしは知らん……っ!」
 体をよじって何かから逃げようとする成瀬を、那臣は真正面からにらみ据えた。低く静かな声が、重苦しく成瀬の全身の自由を絡め取る。
「会社名はご存じなかったかもしれませんがね、尚毅の差し向けた車だったことはよくご存じのはずだ。
 もう一度お尋ねしましょうか、成瀬さん。
 十一月二十三日夜十一時三十分から十二時の間、河原崎尚毅の手配した車に乗って向かった松広一丁目付近で、あなたは何をしていらっしゃったのか」
 今にも卒倒しそうな蒼白の顔色で、成瀬がひきつった叫びを上げる。
「答える必要はないと行ったろうッ! ……べ、弁護士を呼ぶ。これ以上は何もしゃべらんぞ……!」
 名波が咽喉のどの奥で嘲笑わらってみせる。
「弁護士、ねえ。なにか弁護士が必要になる事態を引き起こしたと、そういう理解でよろしいか? たとえばその時間に松広一丁目で発生した殺人事件とか、ね」
「し、し知らん……そんなことは何も知らんッ……とにかくッ……! これ以上無礼なことを言うようなら君たちも覚悟したまえッ……!」
 絵に描いたような激しい動揺を見せた成瀬は、隣室に控えていた秘書を呼び、那臣たちを返すよう言い捨てて、もつれる足で転がるように応接室を出ていった。
 主の様子に何を感じ取ったのか、秘書の男は固い表情で退室を促してきた。
 名波が那臣に視線で問うてくる。那臣は軽くうなずき、二人は部屋を後にした。
 名波はエレベーターのボタンを操作しながら、その眉間のしわを深めた。
 斜め後ろで無言を保つ上司をちらりと見る。
「……自分もそこそこ捜査のキャリアは長いですが、あれだけあからさまなのは、初めてお目にかかりましたよ。あれじゃもっと突っ込んでくれと言っているようなものだ」
 那臣も溜息と一緒に言葉を吐き出した。
「お育ちのいい、良家のお坊っちゃまですからね。嘘が下手なうえに圧に弱すぎる。犯罪には致命的に向いてないですよ」
 だったら快楽殺人なんぞに手を染めるなと言ってやりたいところだ。
 どうやってその性癖を河原崎勇毅に悟られたのかは判らないが、勇毅が提供した商品なら安全であると踏んだのだろう。
 自分の身に追及の手が伸びるとは、夢にも思っていなかったらしい。
 おめでたい思考である。
 エレベーターを降りてロビーからビルを出た。
 冬の弱々しい日差しが疲れた目に突き刺さる。
 陽光ホールディングビルのブロックひとつ向こうの歩道には、石川たち応援部隊の姿があった。
「お疲れさまでした」
 石川が、固い表情で那臣たちを迎えた。
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