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最終章
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しおりを挟む「ごめん、ごめん」
私はまだ笑ったまま、「違うの」と否定する。
「そんな昔の事、謝らなくていーよ」
私は立ち上がり、光誠君の前に腰を落とした。
光誠君の両手を握り、まじまじと見てみる。
「そうだ…そうそう、佐伯君そっくり」
さっきも思ったが、やはり何処かで見た事ある顔だった。
「うん、パパ似って言われる」
そう言う夏帆に私は頷いた。
そして、握っている手に少しだけ力を込めた。
「ねぇ、光誠君。パパ好き?」
光誠君はちょっと戸惑った様子だった。
夏帆へ目線を向けてから、「うん!」と大きく返事した。
「そうなんだ」
私は自然と頬が緩んだ。
「私はね、光誠君のパパとママのお友達なの。パパの事もママの事も大好きだから、光誠君のパパとママが、パパとママで嬉しいな」
パパとママの連続で、自分でも何を言ってるのかよくわからなかった。
まして4歳の子供に伝わるはずもない。
でも、この言葉を届けたいのは、夏帆へだった。
首を傾げる光誠君に、「ごめんね。わかんないか」と私は言った。
「ありがとう」
ポツリと聞こえた声は、夏帆の声だった。
「ママぁ、お腹空いた」
「あ、そうだ。優香ちゃんも食べよう」
「うん」
「冷めちゃったね。今温める」
「うん」
私が夏帆の過去の想いに悩んだように、夏帆も過去の私の想いに悩んでいた。
しかし、私は今謝って欲しいなんて微塵も感じない。
佐伯君と夏帆の現状を心底嬉しく思っている。
“何年前だと思ってんだよ。今更悩んでる意味がわかんねー”
ふと誠也の言葉が過ぎった。
夏帆の手紙を最初に話した時に、誠也から言われた言葉。
確かにその通りなのかも知れない。
実際自分も何年も前の事を言われても、気持ちの揺れ幅なんてない。
しかしそれと同時に、ずっと夏帆が植野君を想っていたら、自分がしてしまった忘れ物を一生悔いていただろうとも思った。
でも、夏帆には夏帆の歩んできた時間があった。
止まっていた訳ではない。
その時、部屋の隅に置いてあった固定電話が鳴った。
固定電話の着信を何年かぶりに聞いた。
「固定電話あるんだね」
「そうなの…あ、コラ」
夏帆の制止を振り切って、「もしもし」と光誠君が受話器を取った。
「へー…電話にも出れるんだ」
私は関心したが、「そうなの。困っちゃう」と夏帆は言う。
「誰から?ママに貸して」
夏帆の声が全く届いていないのか、光誠君は「うん。うん」と電話の相手に相槌を打っている。
「光誠!」
夏帆が強く言うと、「おばーちゃん」と光誠君は受話器を差し出した。
おばあちゃんって事は、夏帆のお母さんか。
私はそう思ったが、「はい、はい」と返している夏帆は敬語だった。
「わかりました。大丈夫ですよ」
夏帆は受話器を置き、「勝手に電話出ちゃ駄目でしょ」と光誠君に向けて言った。
キッチンの方から、軽快な音が鳴った。
夏帆は一息吐いてから、キッチンへと向かう。
「電話、お母さん?」
私が声を張ると、「そう、孝平の」と夏帆は背を向けたまま返した。
さりげなかったが、夏帆が佐伯君を名前で呼んだのに違和感があった。
「佐伯君のお母さんか」
「うん。今、隣に住んでるんだ」
「ここの?」
「そう」
夏帆は両手に鍋掴みをして、温めた料理をテーブルに置いた。
「“出掛けてくるから留守お願いします”って」
「え?一緒に住んでる訳じゃないのに?」
「そうなの。電話くれるんだよ」
夏帆は既に座っている光誠君の横の椅子に座った。
「これ食べる」
「はいはい」
光誠君の指す料理を、夏帆は小皿に取り分けた。
「優香ちゃんも食べて」
「うん。いただきます」
どれもこれも美味しそうで、目移りしそうだ。
とりあえずサラダを小皿に取った時、「ここね」と夏帆が呟いた。
「ここ?ってこのマンションの事?」
「そう。この隣の部屋ね、孝平がお義母さんに買ったの」
夏帆が続きを発する前、「…っそれって!」と私は挟んだ。
「佐伯君の夢じゃん!」
私はテンションが上がり、「凄いね!夢、叶えたんだね!」と無邪気にはしゃいだ。
「そっか。優香ちゃん、その事知ってたんだよね」
「うん。ほら私、佐伯君と塾が一緒だったから、よくその話聞いてたんだ。“僕が早く大人になっていっぱい働いて、お母さんが仕事しなくてもいいようにしてあげたい”って…“大きいマンションの一番高い場所に住まわせてあげる”って」
私は部屋をグルリと見渡した。
隣の部屋なら、こことそれほど構造は変わらないだろう。
こんな素敵な空間を息子からプレゼントされる母親は、一体どんな気持ちなのかと思った。
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