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道場破り
第29話 私も苦手だった
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午後の修行、それは柔軟体操から始まった。午前と同じように、しっかりと体をほぐしてからの修行開始だった。やはり身体の柔らかさはかなり重視されているらしい。
そして次に始まったのが、またあれだった。午前も同じことをやった。メルが線を引いて、その場所に向かって飛ぶ。あるいはその場所に腕を動かす。ズレは1ミリも許されない。そんな地味な修行。
そんな修行をしばらく続けていると、マーチが言った。
「うへぇ……地味……」
「そうでしょうか?」なぜかマーチと一緒に修行を見学しているジュンが言う。「仮に地味だとしても、それが強さにつながるのなら良いのでは?」
「そうだけどさぁ……私には無理」
「ふっ……」
「何? 今、鼻で笑った?」
「いえ、小馬鹿にしました」
「あーん?」
今にもケンカを始めそうな会話だった。だけれど、お互いにやり合うつもりはないらしい。あくまでも口喧嘩の領域だった。
そうこうしている時、メルがエトワールに聞いた。
「……楽しさがあったほうがいい?」
「え?」
「……同じことを繰り返すより、変化があったほうが、いい?」
どうやらメルも自分の指導方針には悩みがあるらしい。しかし、
「大丈夫です」忍耐力には自信がある。「最終的に強くなれる方法で、お願いします」
「……わかった」
いくら地味でも、耐えるつもりだ。強くなるという目的を果たすまでは、諦めない。指導方針に疑問がないわけじゃないけれど、ほかに師匠のアテもない。
ともあれ、エトワールは修業を続ける。指定された場所に、正確に体を動かすだけという、地味かつ難しい修行。
午前よりも、ズレが大きくなっている。疲れが溜まっているのかと思ったが、どうやら違う。エトワールの集中力を乱す要因が、ここにはあるのだ。
「……」
それは視線だった。それも美少女2人の視線。異性の耐性が少ないエトワールにとって、同じくらいの年代の少女2人の視線はなかなか重い。それにメルだって年上のお姉さんなのだ。意識すればするほど、自分の体は思うように動かなくなっていく。
そんなエトワールにメルが一言。
「……強くなったら、注目をあつめることになる。だから、慣れるしかない」
「……はい……」
そうだ。最強になるということは、世界でも有数の影響力を持つことになる。そうなれば当然知名度も上がり、注目されることも多くなる。たった3人に見られているだけで緊張していてどうする。
そんなこんなで、線を引いてそこに動く修行が終了する。……線を引いてそこに動く修行って言うと長いな……他に良い呼び方がないだろうか?
そんなことを休憩時間に少し考えて、次の修行に移る。
「……ちょっと移動する」メルはマーチとジュンに言う。「あなたたちは、どうする?」
「ついていくよ」マーチがまず答える。「ヒマだし」
「私も同行します」次にジュンが言う。「ヒマであることを否定はできませんので」
「素直だねぇ……ヒマじゃないって言うかと思ってたよ」
「ヒマでなければ、道場破りなんてやっていません」
「……そうかもね」
よくわからない。ヒマだから道場破りをしようという思考がよくわからない。それはただの暴漢と同じである気もする。実際同じである気もする。
ともあれ、メルたちは移動する。どこに移動するのかと思っていると、なんだかエトワールには見慣れた建物が見えてきた。
「……ルスルスさんの……」
そこは情報屋ルスルスの喫茶店だった。そして、今はエトワールがその家に宿泊させてもらっている。この町の中では見慣れたほうの建物だろう。本来なら道場を見慣れるはずだったのだが、今は消し炭状態だ。
「使用許可はもらってる」
メルは喫茶店に入る。ルスルスは名前の通り留守なようで、店内には誰もいなかった。このお店を喫茶店として利用している人間がいるのか不安だった。
メルはカウンターの中に入って、例の隠し通路を開く。どうやら開き方さえ知っていれば、誰でも入れるらしい。
開いた床。そして現れた階段を見て、マーチが、
「おわ……なにこれ」
答えるのはジュン。
「情報屋ルスルスの隠し通路……実在したんですね」
「隠し通路ねぇ……本当に隠してるのかな?」
「私も同様の疑問をいだいておりました」
なんの疑問も抱いていないエトワールが、首を傾げて聞く。
「どういうことですか?」
「隠すにしちゃハデすぎるってことさ。それに、本当に隠したいものがあるなら、開き方は誰にも教えない」
「つまり……」
「この大仰な隠し階段はフェイク。ルスルスさんにとって本当に大切なものは、別にあるんだろうね。本当はどうでもいい場所だから、こうやって貸し出すことも可能なわけだ」
なるほど。たしかに本当に大切なものが隠されているのなら、最近になって現れたメルやエトワールにその場所を伝えるわけがない。大げさに隠しておいて、そこはフェイクということか。ルスルスの本当のアジトは別にあるらしい。別に本当のアジトには興味ないけれど。
そんなこんなで、地下に向かう。相変わらず薄暗くて、まさに隠れ家といった佇まいだった。
「じゃあ、始める。座って」
メルに促されるまま、エトワールは席に座る。マーチは室内を興味深げに鑑賞して回って、ジュンは立ったままエトワールを見ていた。座ればいいのに。
メルが壁にある本棚に近づいていく。そして、数冊の本を見繕って、それをエトワールに手渡す。
「読んでみて」
「この本を、ですか?」
いったいどんな修行なのだろう。武術本か何かだろうか。
本を開いてみるが、それは歴史書のようだった。この国や世界各国の歴史が記された本であった。
「これを……どうするんですか?」
「読む」
「……それだけ、ですか?」
「うん」
「それって……」まさか……「勉強、ですか?」
「一言で言えば、そう」苦手分野が突然登場して唖然とするエトワールに、「強くなるっていうのは、肉体を鍛えることだけじゃない。しっかりと頭も鍛えないといけない。バカは強くなれない」
それから、メルは顔をそらして、
「私も苦手だった。泣きながら、やってた」
「メル先生の、先生とですか?」
「うん。あの人は一切の妥協を許さない人だったから……」一瞬メルは身震いした。よほどの恐怖が蘇ったらしい。「……怖かったけど……役に立った。いろいろな考え方を得ることができた。強く、なれたと思う」
強く……勉強をすることで強く。
そうかもしれない。学問から学ぶことは多い。歴史からは戦術を学べるかもしれない。文学からは駆け引きや人の心を学べるかもしれない。人体について学べば、さらに自分の体を自由に動かせれるかもしれない。
なんにせよ……やるしかないのだろう。それが強さに繋がる可能性があるのなら、乗り越えるつもりだ。
……でも、嫌だぁ……勉強は苦手だ。
そして次に始まったのが、またあれだった。午前も同じことをやった。メルが線を引いて、その場所に向かって飛ぶ。あるいはその場所に腕を動かす。ズレは1ミリも許されない。そんな地味な修行。
そんな修行をしばらく続けていると、マーチが言った。
「うへぇ……地味……」
「そうでしょうか?」なぜかマーチと一緒に修行を見学しているジュンが言う。「仮に地味だとしても、それが強さにつながるのなら良いのでは?」
「そうだけどさぁ……私には無理」
「ふっ……」
「何? 今、鼻で笑った?」
「いえ、小馬鹿にしました」
「あーん?」
今にもケンカを始めそうな会話だった。だけれど、お互いにやり合うつもりはないらしい。あくまでも口喧嘩の領域だった。
そうこうしている時、メルがエトワールに聞いた。
「……楽しさがあったほうがいい?」
「え?」
「……同じことを繰り返すより、変化があったほうが、いい?」
どうやらメルも自分の指導方針には悩みがあるらしい。しかし、
「大丈夫です」忍耐力には自信がある。「最終的に強くなれる方法で、お願いします」
「……わかった」
いくら地味でも、耐えるつもりだ。強くなるという目的を果たすまでは、諦めない。指導方針に疑問がないわけじゃないけれど、ほかに師匠のアテもない。
ともあれ、エトワールは修業を続ける。指定された場所に、正確に体を動かすだけという、地味かつ難しい修行。
午前よりも、ズレが大きくなっている。疲れが溜まっているのかと思ったが、どうやら違う。エトワールの集中力を乱す要因が、ここにはあるのだ。
「……」
それは視線だった。それも美少女2人の視線。異性の耐性が少ないエトワールにとって、同じくらいの年代の少女2人の視線はなかなか重い。それにメルだって年上のお姉さんなのだ。意識すればするほど、自分の体は思うように動かなくなっていく。
そんなエトワールにメルが一言。
「……強くなったら、注目をあつめることになる。だから、慣れるしかない」
「……はい……」
そうだ。最強になるということは、世界でも有数の影響力を持つことになる。そうなれば当然知名度も上がり、注目されることも多くなる。たった3人に見られているだけで緊張していてどうする。
そんなこんなで、線を引いてそこに動く修行が終了する。……線を引いてそこに動く修行って言うと長いな……他に良い呼び方がないだろうか?
そんなことを休憩時間に少し考えて、次の修行に移る。
「……ちょっと移動する」メルはマーチとジュンに言う。「あなたたちは、どうする?」
「ついていくよ」マーチがまず答える。「ヒマだし」
「私も同行します」次にジュンが言う。「ヒマであることを否定はできませんので」
「素直だねぇ……ヒマじゃないって言うかと思ってたよ」
「ヒマでなければ、道場破りなんてやっていません」
「……そうかもね」
よくわからない。ヒマだから道場破りをしようという思考がよくわからない。それはただの暴漢と同じである気もする。実際同じである気もする。
ともあれ、メルたちは移動する。どこに移動するのかと思っていると、なんだかエトワールには見慣れた建物が見えてきた。
「……ルスルスさんの……」
そこは情報屋ルスルスの喫茶店だった。そして、今はエトワールがその家に宿泊させてもらっている。この町の中では見慣れたほうの建物だろう。本来なら道場を見慣れるはずだったのだが、今は消し炭状態だ。
「使用許可はもらってる」
メルは喫茶店に入る。ルスルスは名前の通り留守なようで、店内には誰もいなかった。このお店を喫茶店として利用している人間がいるのか不安だった。
メルはカウンターの中に入って、例の隠し通路を開く。どうやら開き方さえ知っていれば、誰でも入れるらしい。
開いた床。そして現れた階段を見て、マーチが、
「おわ……なにこれ」
答えるのはジュン。
「情報屋ルスルスの隠し通路……実在したんですね」
「隠し通路ねぇ……本当に隠してるのかな?」
「私も同様の疑問をいだいておりました」
なんの疑問も抱いていないエトワールが、首を傾げて聞く。
「どういうことですか?」
「隠すにしちゃハデすぎるってことさ。それに、本当に隠したいものがあるなら、開き方は誰にも教えない」
「つまり……」
「この大仰な隠し階段はフェイク。ルスルスさんにとって本当に大切なものは、別にあるんだろうね。本当はどうでもいい場所だから、こうやって貸し出すことも可能なわけだ」
なるほど。たしかに本当に大切なものが隠されているのなら、最近になって現れたメルやエトワールにその場所を伝えるわけがない。大げさに隠しておいて、そこはフェイクということか。ルスルスの本当のアジトは別にあるらしい。別に本当のアジトには興味ないけれど。
そんなこんなで、地下に向かう。相変わらず薄暗くて、まさに隠れ家といった佇まいだった。
「じゃあ、始める。座って」
メルに促されるまま、エトワールは席に座る。マーチは室内を興味深げに鑑賞して回って、ジュンは立ったままエトワールを見ていた。座ればいいのに。
メルが壁にある本棚に近づいていく。そして、数冊の本を見繕って、それをエトワールに手渡す。
「読んでみて」
「この本を、ですか?」
いったいどんな修行なのだろう。武術本か何かだろうか。
本を開いてみるが、それは歴史書のようだった。この国や世界各国の歴史が記された本であった。
「これを……どうするんですか?」
「読む」
「……それだけ、ですか?」
「うん」
「それって……」まさか……「勉強、ですか?」
「一言で言えば、そう」苦手分野が突然登場して唖然とするエトワールに、「強くなるっていうのは、肉体を鍛えることだけじゃない。しっかりと頭も鍛えないといけない。バカは強くなれない」
それから、メルは顔をそらして、
「私も苦手だった。泣きながら、やってた」
「メル先生の、先生とですか?」
「うん。あの人は一切の妥協を許さない人だったから……」一瞬メルは身震いした。よほどの恐怖が蘇ったらしい。「……怖かったけど……役に立った。いろいろな考え方を得ることができた。強く、なれたと思う」
強く……勉強をすることで強く。
そうかもしれない。学問から学ぶことは多い。歴史からは戦術を学べるかもしれない。文学からは駆け引きや人の心を学べるかもしれない。人体について学べば、さらに自分の体を自由に動かせれるかもしれない。
なんにせよ……やるしかないのだろう。それが強さに繋がる可能性があるのなら、乗り越えるつもりだ。
……でも、嫌だぁ……勉強は苦手だ。
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