不可視の糸 ~剣を持たない田舎娘が皇太子の護衛を目指した結果の革命譚~

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第一章 護衛になりたい田舎娘

14.竜気術

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 シオンはどこかから戻ってきたところのようで、手に数冊の本を持っている。明らかに機嫌が良いとは言えない表情にレオーナは潔白を主張する者かのように両手を挙げた。

「誓って何にも触れていません。ただ、ここに来てからそれなりの時間が経過したように感じたので、そろそろ何らかのご指導をいただけないかと思って小部屋からこちらの様子を窺ったところお姿が見えず……物陰にいらっしゃるかと思って少々部屋を探索したところ、こちらにある物に見入ってしまいまして」

 慌ててした弁明は一応通じたらしく、返事をする代わりにシオンは無言で歩き出した。机の上に手に持っていた本を雑に置き、続いて真っ直ぐ炉に向かう。分厚い手袋を嵌め鉄製のトングを持ち中の小鍋を一つ取り出したか。不思議な色に煌めくどろりと溶けた液体を近くの作業台に置いてあった型に流し込んだ。

 淡々と作業する様子から自分は存在しないものとみなされたのだと解釈し、レオーナはその場でシオンの作業を見学することにする。

 型に流し込んだ液体は複雑な輝きを消し、その正体が銀色の金属だとわかった。それが冷めるのを待つ間、シオンは隣の机に移動して今度は座って作業を始める。球状の青く輝く宝石を極細の銀針金で装飾していく細かい作業だ。銀の糸のように見えた針金はみるみるうちに美しく複雑な模様になり、青い宝石がより華やいでいく。そして球状の宝石の周囲をぐるりと銀針金が覆い、装飾が完了したのであろうタイミング、シオンは道具を机の上に置き、完成した玉だけを手に取った。

 仕上がりを見分しているのだろうかと眺めていたレオーナは次の瞬間信じられない物を目にする。シオンが机の端に置いてあったガラス皿を引き寄せその上に玉をのせ、その上部にそっと指で触れた。その瞬間宝石が発光すると同時に玉からはほわほわと白い綿のようなものが生み出され、皿の上に積もっていく。

「すごいっ」

 思わず声を上げると、シオンは玉から指を離した。すると宝石は発光を止め、白い綿のようなものもそれ以上は出なくなった。摩訶不思議な現象に驚きが隠せず、まじまじと皿の上を見つめていると、シオンがおもむろに近くにあった匙を取る。次いで白い綿状のものをすくい、それをレオーナの口元に向けた。

「えっ?」

 一声上げた後に自分が何を求められているのか悟ったレオーナは躊躇することなく匙を自ら進んで口に含んだ。瞬間口内に広がったのは無味の冷たさだった。

「これって、雪!?」

 子どものころに積もった雪を口に含んだ記憶が一気に蘇ってきて驚きに視線を上げる。するとそこには何故か目を見張ってこちらを凝視する美人がいた。

「君は馬鹿か?」

 突然の悪態に唖然とすると、大きく見開かれていたシオンの目はグッと細まった。

「知った仲でもない人間から匙を向けられてそれを躊躇せずに口に含むなど正気の沙汰ではない。しかもたった今、目の前で未知の現象によって生む出されたものを。毒かもしれぬと判断して拒否するのが当然、危機感がなさ過ぎる」

「毒だったんですか?」

 突然の説教と毒物示唆に今度はレオーナが目を見開くと、シオンは大きく溜息を吐いた。

「ただの凍った水の粒だが」

 毒ではないと聞いてほっと胸を撫で下ろしたレオーナだったが、シオンはまだ納得がいかないらしい。

「毒でなくとも、君が非常識で軽率であることには変わりはない」

 美人に鋭く睨まれ、その顔に見とれそうになったがなんとか止まる。一見冷徹そうな無表情か不機嫌そうに眉を顰める顔しか知らない相手だが、言わんとしていることを悟れば見とれている場合ではなかった。

「ご心配おかけして申し訳ございません。これでも一応匙を向けられた瞬間に毒かもしれないと警戒はしたんです。けれど、皇太子殿下の腹心でいらっしゃる方が私をこんな直接的な方法で害する理由はないだろうと瞬時に判断致しまして。それに、元々私は煮るなり焼くなり実験材料にするなりどうとでも出来るという条件でこちらに預かっていただいておりますので、多少の苦痛は覚悟の上で求められているのならばと、口に含んだ次第です」

 レオーナの軽率な行動に腹を立てているシオンに決して考え無しではなかったと頭を掻く。

「……心配などしていない。ただ、アウル様の腹心だからといってそう易々と気を許すなと忠告しただけだ。浅はかさが祟っていつか痛い目に遭う。下らないことで命を落とすような愚かな人間の面倒など私は御免被りたい」

 辛辣な言葉が多少胸に刺さったが、心配していないと言いつつも実質助言をしているシオンに対する印象がぐっと良い方に傾く。

 肝に銘じると正面から宣言すれば、もう興味はないとばかりにシオンの関心は机上に移される。再び玉を手に取ってそれを無言で見分し、今度は摘まんだまま宝石が発光した。雪が玉からぽわぽわと噴き出す。それを邪魔してはいけないからと黙って見つめていると、シオンがぼそりと問いかけてきた。

「デューア人は“竜気術”を気味悪がって嫌煙するが定例だが、君は恐ろしく思わないのか?」

 レオーナはきょとんとして首を傾げる。

「不思議だし驚きはしますけど、恐ろしいとまでは思いません。まして興味深々です! 特殊補佐官殿が使われる術は魔術や魔法ではなく“りゅうき術”というのですか? あの宝石は何故光るんですか? この銀は特殊な金属なんですか? どういう仕組みで雪が?」

「……私の研究に興味があると?」

「はい!」

 深く考えることなく返事をしたレオーナだったが、匙を口に含んだことよりこの返事をしてしまったことを数時間後に後悔する。竜気術に興味があると態度で示してしまったばっかりに、日が沈み夜が深まりシオンの研究室に訪問者が現れるまで、レオーナはただひたすらにシオンの研究について語られ続けたのだ。その間、食事は愚か座る暇さえ与えられずに。

 一見冷静沈着で無口な印象のシオンだが、自らの研究に関して語る時は嘘のように人が変わった。水源から湧き出す水のごとく、言葉が次から次へと出てきて止まらない。表情は大きく変わるわけではないのだが、目の輝きは見て明らかだった。始めは好奇心のままにシオンの話に耳を傾け相槌を打っていたレオーナだったが、時間が経過して腹の虫が泣き始め、語られる内容の難易度が上がってからは徐々に集中することが難しくなっていった。シオンが訪問者に応じるために研究語りを止めた時、レオーナは天の助けだと両手を組んで感謝したくなる程度には精神的に疲れ果てていた。

 ただ、おかげでレオーナはシオンが手掛ける竜気術の研究についてそれなりに知識を得ることが出来た。

 竜気術とはシオンの故郷であるフィリツァ王国の民のみが扱うことが出来る特殊な術であり、術を発動するために魔眼石、気流銀、そしてフィリツァ人のみが生み出すことが出来る竜気が必要となる。

 魔眼石とは魔物の瞳が宝石のように石化したもので、魔物が保有していた魔力が内在する。その魔力を応用し、様々な用途に活用できるように道具化するのに必要なのが気流銀。気流銀は魔力と竜気を流し、その力を変容させることが出来る唯一の金属。そして、世界では伝説上の存在だとされている竜を祖先に持ち、魔力の籠った血を受け継ぎ続けていると言い伝えられているのがフィリツァ人。その血脈を血液と共に竜気と呼ばれる力が流れ全身を巡っている。その竜気を魔眼石と気流銀とで作られた竜気具に流すことによって魔法のような力が発動する、という仕組みが竜気術の全容だとレオーナは理解させられた。青い宝石が魔眼石、炉で溶かされていた銀色の金属や針金が気流銀、この二つによって作られた竜気具の玉にシオンが竜気を流したことによって発光し、そこから雪が生み出されたということだ。そして、ドアノブの代わりの銀板や棚に並んだ装飾品や小物は全てが竜気具で、シオンが研究し作り出したものだった。
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