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15.酒場での再会
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馬車のなかで、猿ぐつわを噛まされて、目隠しをされて、両手を後ろ手で縛られた。
暴れようと思いつく暇もなかった。目が見えなくなると、そんな気も起きなくなる。これ以上ひどいことをされるのが怖ろしくて、大人しくしていた。
声と視界を奪われたまま、馬車に揺られる。車輪の音、誘拐犯がキセルを吸う呼吸の音、そして燃える葉のにおい。
そのうち、馬車は止まった。
すぐに戸が開いて、物音に驚くエウリッタをだれかが馬車から降ろした。
腕を掴まれて、無理やり歩かされる。
真っ暗だから、ずいぶん早く歩かされている感じがした。振り回されて、投げ出されて、そのうち、戸が開くような音がした。
どん、と背中を押されて、前へ倒れ込んだ感覚があった。
なにかと衝突する。固い。
息を呑んでいると、乱暴に猿ぐつわと目隠しを外された。
自分のプラチナブロンドがぐちゃぐちゃになっている合間から視線だけを動かすと、薄暗い店内が見えた。カウンターと酒棚。酒屋のようだ。
テーブルが並んでいて、椅子が逆さまになって乗っている。あきらかに店は閉まっているのだが、テーブルのひとつに、ロドニスがついていた。彼の前は空席だったが、3人の黒ずくめの男たちがテーブルを取り囲んでいる。
「こんばんは、ロドニス・シャンティ―卿の奥方。エウリッタ様ですよね?」
男のひとりが話しかけてきた。
どう見ても怪しい雰囲気の男たちのなかでなんとなく彼がリーダーという感じがする。
エウリッタは言葉をかえせなかった。猿轡をされていなくても声は出なかった。恐怖がぶり返して背筋が震えている。
ひどく静かだ。パニックになりそうなほど荒い自分の息遣いだけが聞こえている。
足音がして振り返れば、自分をさらった男が、ほかの3人の元へ歩いて行った。
「どういうことですか?」
沈黙があって、やがて落ち着いた声が聞いた。ロドニスだった。彼は、エウリッタの方を一瞥したが、すぐに黒ずくめの男たちの方へ視線を戻した。
「保険ですよ。俺はあなたを信用してないんでね、シャンティー卿」リーダー格の男が言いながらエウリッタの方へ歩いてくる。
「妻を放してください」
「彼女をさらうのは案外簡単でしたよ。護衛が甘すぎやしませんか?」
「今この町にいないはずだったので」ロドニスが一瞬だけ醒めた眼差しをエウリッタに向ける。「私の妻を放してください」
「いいですよ、あなたが武器の隠し場所を教えてくださったらね」
伸びてきた黒い手袋の手がエウリッタの後ろ髪を掴んだ。容赦の無い力で引き上げられて、男に寄り添うように立たされる。
「ぅ」
何が起こっているのかわからなかった。
助けを求めて夫を見る。夫はリーダー格の男を静かに見つめているのみ。
「ジゼル氏、こんなことをしなくても教えますよ。ただ条件を聞いて欲しい」
「さっさと教えてください。今夜会おうと言ったのはあなたの方でしょう?」
「条件は、今後いっさい俺と俺の仲間に近づかないことです。もちろん妻にも近づかない。約束してくださるなら、武器庫の場所を教えます」
夫は醒めた表情で告げる。その視線を追って、エウリッタは自分を拘束している男を見上げた。当然知り合いではない。自分をさらった男と同じでベレー帽をかぶっている。ブルネットの髪。ブラウンの瞳。平凡な色彩だったが、苛立ちと殺意のこもったその眼差しに、エウリッタは悲鳴を飲んだ。
表情でわかる。この男はなにか、とても危ない人種だ。
「今後いっさい近づかないと約束しろ、だと?」ロドニスの言葉に怒ったらしく、男の口調が荒くなる。「冗談か? 近づいて来たのはそっちだろうが。……脅してるだけと思ってんのか?」
ひやり、痛いほど冷たい、尖ったものが首筋にあてられた。ナイフの切っ先だと直感する。背筋が凍りつく。
足ががくがくして感覚がなくなってきた。
エウリッタの恐怖が伝わったのか、男は機嫌がなおったように笑う。
「奥方、……何も知らずに巻き込まれるのは可哀そうですね。教えてあげましょうか? あんたの旦那が何をしたのか」
「妻は知らなくていいことです」
「おや? 食いつきましたねぇ。この愛らしい人に知られたくないことでも?」
「ジゼル氏」
無表情ながら、夫の声は厳しかった。彼を揺さぶることに手ごたえがあったからだろう、ジゼルと呼ばれた男はいっそう上機嫌に微笑む。その、目だけ笑わない怖ろしい顔で、エウリッタを覗き込んだ。
「あの男、……あなたが夫と呼んでる男はね。泥棒です。貴族じゃないどころか、社会の底辺にも置けないカスだ。俺たちのような犯罪者が社会の底辺なら、その俺たちから、あなたの夫は、武器庫3つ分の武器を盗んだんですよ」
話が見えない。不安になってロドニスを振り返る。けれど、その視線さえ、ジゼルが顎に添えてきたナイフによって操られてしまう。
「きれいな目ですね。エウリッタ様。青い血の化け物と呼ばれてるわりに、綺麗な方だ」ジゼルの狂気をはらむ仄暗い瞳がすっと細められた。「この男は、あなたのような貴族令嬢を妻に迎えながら、影では国を裏切っている。仕事で俺たちの武器を押収したんじゃない。私益のために盗んだんだよ。俺たちはもともと俺たちの物だったのを返してもらおうとしてるだけ。……そうでしょう、シャンティ―卿」
「そうですね。武器ってのはそのへんに転がってるんじゃない。戦場に転がってるんです。戦場の死体から、だれかが刀や槍や矢や盾や甲冑を剥ぎ取った。そうやって少しずつ倉庫3つ分たまっていった。剥ぎ取った奴はハゲタカで、それを安全な国で取り合ってる俺とあんたは倉庫のネズミだ」
ジゼルに睨みつけられながら、ロドニスが言う。声は始終落ち着いたままだった。そのことが気に入らないのか、ジゼルの手がエウリッタの後ろ髪を掴む力を強める。
「シャンティ―卿、俺から盗んだ武器の隠し場所を言え」
「あなたが俺と仲間の安全を約束するのが先だ」
「まだ自分の立場がわかってないみたいだな。ああ、そうだ、ネズミにこんな綺麗な奥方は似合わないな。ちょっと顔を改造して」
ジゼルの怒りが高まって完全に注意がロドニスへと向いたところで、エウリッタは動いた。何か言っているジゼルの足を思いきり踏んづける。
ぴりっと頬に痛みが走った。
けれどアドレナリンのせいか気にならない。振り返った勢いで、エウリッタはジゼルのナイフを持つ手を思いきり蹴り上げた。
ヒールを履いていてよかった、と思ったのもつかの間。固い感触のあと、ナイフは飛んでいかなかった。ジゼルが持ったままだ。
「このッ、クソアマ――」
ナイフそのものより、激昂するジゼルが怖ろしくて、身が凍りつく。
けれど、ナイフをかまえたそのジゼルが吹っ飛んだ。
「旦那様!」
ロドニスはジゼルに体当たりしたようだった。すぐにそのへんの椅子を持ち上げて、倒れたジゼルの上に叩きつけた。周りにいる男たちが素早く剣を手にして襲いかかってくる。
エウリッタは悲鳴を上げながらしゃがみこんだ。
夫は剣を提げていない。丸腰だ。
(た、立たなきゃ……助けなきゃ……)
腰にまったく力が入らない。
血飛沫が上がって暴力が応酬するのをすぐそばで見ているしか出来ない。
そのへんの家具やらを使って、夫は上手に応戦している。多勢に無勢だったが、いつまでも倒れず、逆に相手の男たちが何度か床に転がっている。
けれどエウリッタは安心できなかった。
夫は、歯を剥きだして咆哮しながら、何度も何度もジゼルの頭に向けて木片を打ちつけている。血に飢えた野犬のような顔だった。もはや人間の理性など失ったような顔つきだった。
「あれっ? お、おーい! ロー様!」
突然、店の奥の戸が開いて、ぞろぞろと新たに10人ほどの男たちが雪崩れ込んだ。乱闘に飛び入っていく。
「ちょっロー様! そいつ殺さないで! まだ聞きたいことあるから! ロー様って! ねー!」
新たに現れた男たちがロドニスの敵をあっという間に抑え込んだ。うち2人がロドニスをジゼルから引き離そうとする。だがロドニスは彼らの呼びかけにも反応しないで暴れている。
「だ、旦那様……ロドニス様……!」
震える声で、かろうじて呼んだとき、ようやく夫が止まった。その冴え冴えとした青い瞳が初めてエウリッタを映す。彼は男たちを振り払うようにして、彼女の元へやってきた。
「リッタ、大丈夫か」
「あ、あ」
「血が」男の無骨な指が頬に触れる。ぬるりとする。夫は拳もなにもかも血まみれだった。
「……かすり傷です」
ショックの中で呆然と答える。
「リッタ、なんでここにいる? なんで来た? 危険だから領土に返したんだ、なんで戻ってきた?」
「だ、だんなさ」
「なんで暴れた? 刃物持ってる男に丸腰でなんで立ち向かう」
「わ、わから、ごめんなさい、わからない、こわくて気づいたらやってた、じぶんでもわからない、ごめんなさい、ごめんなさい……」
息を荒げながらロドニスは繰り返し同じようなことを聞く。血まみれの両手で彼女の髪をすいて顔を露にする。エウリッタの呼吸を確認するように額と額をこすり合わせる。
「……謝るのは俺だ、リッタ。すまない」
ロドニスが強くエウリッタを抱きしめる。彼の両手は震えていた。震えながら、エウリッタの頭の後ろを撫でる。
彼の傷だらけの体が発する熱を近くに感じていたら、エウリッタは初めて安心を感じた。そしたら一気に、涙が込み上げた。
「いたい」
「リッタ」
「痛い、顔が痛いよおぉ」
満身創痍の夫にしがみついて、自分の小さい傷のことで、おいおい泣いた。
暴れようと思いつく暇もなかった。目が見えなくなると、そんな気も起きなくなる。これ以上ひどいことをされるのが怖ろしくて、大人しくしていた。
声と視界を奪われたまま、馬車に揺られる。車輪の音、誘拐犯がキセルを吸う呼吸の音、そして燃える葉のにおい。
そのうち、馬車は止まった。
すぐに戸が開いて、物音に驚くエウリッタをだれかが馬車から降ろした。
腕を掴まれて、無理やり歩かされる。
真っ暗だから、ずいぶん早く歩かされている感じがした。振り回されて、投げ出されて、そのうち、戸が開くような音がした。
どん、と背中を押されて、前へ倒れ込んだ感覚があった。
なにかと衝突する。固い。
息を呑んでいると、乱暴に猿ぐつわと目隠しを外された。
自分のプラチナブロンドがぐちゃぐちゃになっている合間から視線だけを動かすと、薄暗い店内が見えた。カウンターと酒棚。酒屋のようだ。
テーブルが並んでいて、椅子が逆さまになって乗っている。あきらかに店は閉まっているのだが、テーブルのひとつに、ロドニスがついていた。彼の前は空席だったが、3人の黒ずくめの男たちがテーブルを取り囲んでいる。
「こんばんは、ロドニス・シャンティ―卿の奥方。エウリッタ様ですよね?」
男のひとりが話しかけてきた。
どう見ても怪しい雰囲気の男たちのなかでなんとなく彼がリーダーという感じがする。
エウリッタは言葉をかえせなかった。猿轡をされていなくても声は出なかった。恐怖がぶり返して背筋が震えている。
ひどく静かだ。パニックになりそうなほど荒い自分の息遣いだけが聞こえている。
足音がして振り返れば、自分をさらった男が、ほかの3人の元へ歩いて行った。
「どういうことですか?」
沈黙があって、やがて落ち着いた声が聞いた。ロドニスだった。彼は、エウリッタの方を一瞥したが、すぐに黒ずくめの男たちの方へ視線を戻した。
「保険ですよ。俺はあなたを信用してないんでね、シャンティー卿」リーダー格の男が言いながらエウリッタの方へ歩いてくる。
「妻を放してください」
「彼女をさらうのは案外簡単でしたよ。護衛が甘すぎやしませんか?」
「今この町にいないはずだったので」ロドニスが一瞬だけ醒めた眼差しをエウリッタに向ける。「私の妻を放してください」
「いいですよ、あなたが武器の隠し場所を教えてくださったらね」
伸びてきた黒い手袋の手がエウリッタの後ろ髪を掴んだ。容赦の無い力で引き上げられて、男に寄り添うように立たされる。
「ぅ」
何が起こっているのかわからなかった。
助けを求めて夫を見る。夫はリーダー格の男を静かに見つめているのみ。
「ジゼル氏、こんなことをしなくても教えますよ。ただ条件を聞いて欲しい」
「さっさと教えてください。今夜会おうと言ったのはあなたの方でしょう?」
「条件は、今後いっさい俺と俺の仲間に近づかないことです。もちろん妻にも近づかない。約束してくださるなら、武器庫の場所を教えます」
夫は醒めた表情で告げる。その視線を追って、エウリッタは自分を拘束している男を見上げた。当然知り合いではない。自分をさらった男と同じでベレー帽をかぶっている。ブルネットの髪。ブラウンの瞳。平凡な色彩だったが、苛立ちと殺意のこもったその眼差しに、エウリッタは悲鳴を飲んだ。
表情でわかる。この男はなにか、とても危ない人種だ。
「今後いっさい近づかないと約束しろ、だと?」ロドニスの言葉に怒ったらしく、男の口調が荒くなる。「冗談か? 近づいて来たのはそっちだろうが。……脅してるだけと思ってんのか?」
ひやり、痛いほど冷たい、尖ったものが首筋にあてられた。ナイフの切っ先だと直感する。背筋が凍りつく。
足ががくがくして感覚がなくなってきた。
エウリッタの恐怖が伝わったのか、男は機嫌がなおったように笑う。
「奥方、……何も知らずに巻き込まれるのは可哀そうですね。教えてあげましょうか? あんたの旦那が何をしたのか」
「妻は知らなくていいことです」
「おや? 食いつきましたねぇ。この愛らしい人に知られたくないことでも?」
「ジゼル氏」
無表情ながら、夫の声は厳しかった。彼を揺さぶることに手ごたえがあったからだろう、ジゼルと呼ばれた男はいっそう上機嫌に微笑む。その、目だけ笑わない怖ろしい顔で、エウリッタを覗き込んだ。
「あの男、……あなたが夫と呼んでる男はね。泥棒です。貴族じゃないどころか、社会の底辺にも置けないカスだ。俺たちのような犯罪者が社会の底辺なら、その俺たちから、あなたの夫は、武器庫3つ分の武器を盗んだんですよ」
話が見えない。不安になってロドニスを振り返る。けれど、その視線さえ、ジゼルが顎に添えてきたナイフによって操られてしまう。
「きれいな目ですね。エウリッタ様。青い血の化け物と呼ばれてるわりに、綺麗な方だ」ジゼルの狂気をはらむ仄暗い瞳がすっと細められた。「この男は、あなたのような貴族令嬢を妻に迎えながら、影では国を裏切っている。仕事で俺たちの武器を押収したんじゃない。私益のために盗んだんだよ。俺たちはもともと俺たちの物だったのを返してもらおうとしてるだけ。……そうでしょう、シャンティ―卿」
「そうですね。武器ってのはそのへんに転がってるんじゃない。戦場に転がってるんです。戦場の死体から、だれかが刀や槍や矢や盾や甲冑を剥ぎ取った。そうやって少しずつ倉庫3つ分たまっていった。剥ぎ取った奴はハゲタカで、それを安全な国で取り合ってる俺とあんたは倉庫のネズミだ」
ジゼルに睨みつけられながら、ロドニスが言う。声は始終落ち着いたままだった。そのことが気に入らないのか、ジゼルの手がエウリッタの後ろ髪を掴む力を強める。
「シャンティ―卿、俺から盗んだ武器の隠し場所を言え」
「あなたが俺と仲間の安全を約束するのが先だ」
「まだ自分の立場がわかってないみたいだな。ああ、そうだ、ネズミにこんな綺麗な奥方は似合わないな。ちょっと顔を改造して」
ジゼルの怒りが高まって完全に注意がロドニスへと向いたところで、エウリッタは動いた。何か言っているジゼルの足を思いきり踏んづける。
ぴりっと頬に痛みが走った。
けれどアドレナリンのせいか気にならない。振り返った勢いで、エウリッタはジゼルのナイフを持つ手を思いきり蹴り上げた。
ヒールを履いていてよかった、と思ったのもつかの間。固い感触のあと、ナイフは飛んでいかなかった。ジゼルが持ったままだ。
「このッ、クソアマ――」
ナイフそのものより、激昂するジゼルが怖ろしくて、身が凍りつく。
けれど、ナイフをかまえたそのジゼルが吹っ飛んだ。
「旦那様!」
ロドニスはジゼルに体当たりしたようだった。すぐにそのへんの椅子を持ち上げて、倒れたジゼルの上に叩きつけた。周りにいる男たちが素早く剣を手にして襲いかかってくる。
エウリッタは悲鳴を上げながらしゃがみこんだ。
夫は剣を提げていない。丸腰だ。
(た、立たなきゃ……助けなきゃ……)
腰にまったく力が入らない。
血飛沫が上がって暴力が応酬するのをすぐそばで見ているしか出来ない。
そのへんの家具やらを使って、夫は上手に応戦している。多勢に無勢だったが、いつまでも倒れず、逆に相手の男たちが何度か床に転がっている。
けれどエウリッタは安心できなかった。
夫は、歯を剥きだして咆哮しながら、何度も何度もジゼルの頭に向けて木片を打ちつけている。血に飢えた野犬のような顔だった。もはや人間の理性など失ったような顔つきだった。
「あれっ? お、おーい! ロー様!」
突然、店の奥の戸が開いて、ぞろぞろと新たに10人ほどの男たちが雪崩れ込んだ。乱闘に飛び入っていく。
「ちょっロー様! そいつ殺さないで! まだ聞きたいことあるから! ロー様って! ねー!」
新たに現れた男たちがロドニスの敵をあっという間に抑え込んだ。うち2人がロドニスをジゼルから引き離そうとする。だがロドニスは彼らの呼びかけにも反応しないで暴れている。
「だ、旦那様……ロドニス様……!」
震える声で、かろうじて呼んだとき、ようやく夫が止まった。その冴え冴えとした青い瞳が初めてエウリッタを映す。彼は男たちを振り払うようにして、彼女の元へやってきた。
「リッタ、大丈夫か」
「あ、あ」
「血が」男の無骨な指が頬に触れる。ぬるりとする。夫は拳もなにもかも血まみれだった。
「……かすり傷です」
ショックの中で呆然と答える。
「リッタ、なんでここにいる? なんで来た? 危険だから領土に返したんだ、なんで戻ってきた?」
「だ、だんなさ」
「なんで暴れた? 刃物持ってる男に丸腰でなんで立ち向かう」
「わ、わから、ごめんなさい、わからない、こわくて気づいたらやってた、じぶんでもわからない、ごめんなさい、ごめんなさい……」
息を荒げながらロドニスは繰り返し同じようなことを聞く。血まみれの両手で彼女の髪をすいて顔を露にする。エウリッタの呼吸を確認するように額と額をこすり合わせる。
「……謝るのは俺だ、リッタ。すまない」
ロドニスが強くエウリッタを抱きしめる。彼の両手は震えていた。震えながら、エウリッタの頭の後ろを撫でる。
彼の傷だらけの体が発する熱を近くに感じていたら、エウリッタは初めて安心を感じた。そしたら一気に、涙が込み上げた。
「いたい」
「リッタ」
「痛い、顔が痛いよおぉ」
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