姫ティック・ドラマチカ

磨己途

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第一幕 生存・デートル

22 邂逅

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 その人垣を割って、真っ赤なドレスをまとい、一際目立つ女性が姿を現した。
 皆、その女性の存在に気付くと一目置くように、恭しく頭を下げる。

「あら? 面白い見世物があると聞いて急いでやってきましたのに、もう御終いですの?」

 よく響くその一声だけで、気の強い性格が窺い知れるようだった。

「お姉さま、この、こちらの御方は……」

 エミリーが小声で俺に説明し終わるよりも早く、その女性は真っすぐに俺の前に進み出て立ち止まった。
 彼女が何を言うかと期待するように周囲の皆が静まり返り、エミリーもそこで言葉を切らざるを得なくなった。

「あら……、これはどうも。ご機嫌麗しゅう……」

 彼女は俺に向かって意味ありげな含み笑いを浮かべた。
 以前のジョセフィーヌはこの形式ばった挨拶を嫌っていたという。
 ということは、そうと知って敢えてその挨拶、なのだろうか。
 ジョセフィーヌを国王の娘と知ってなおこの態度なのだとすれば、相当上位の貴族か王族、あるいはジョセフィーヌとよほど気心の知れた間柄か。
 いずれにしろ迂闊なことはできない。何者だろうか。

「ご機嫌よう……」

 用心しながら、ジョセフィーヌが嫌いなはずの挨拶をそのまま言って返す。
 とりあえず、礼は欠いていないはずだし、受け取り方によっては、嫌々ながらも返事だけはした、とも見えるはずだ。

 記憶がない。実は中身が別人である。そのどちらにしても、たったこれだけのやり取りで想像できる事実ではないはずだ。
 こちらとしては相手の出方を探るつもりだったが、相手の方もそれに対し、ふふふ、と薄く笑うだけで容易に内心を悟らせない。

叔母おば上。こちらの女性とはお知り合いで?」

 横からそう言って割って入ったのはローランだった。

「ローラン……。聞きましたよ。何でもこのアカデミアを女人禁制にするんですってねえ?」
「あ、いや。それは……、話の勢い、と言いますか……」

「それと、わたくしのことを叔母と呼ぶのはおやめなさいと言い付けたはずですよ?」
「すっ……。申し訳、ございません」

 女性に対してあれだけ横柄だったローランが完全に萎縮してしまっている。
 このローランの叔母か……。
 叔母と甥いう間柄ほど歳が離れているようには見えなかった。
 口髭をたくわえている分、一見するとローランの方が年上のようにも映るくらいだ。

 ローランは先ほど、伯父上に言い付けるというような話をしていた。そうすると、ここにいる叔母は、このアカデミアを主催する人物の妹ということになる。

「ごめんなさいね。この子が粗相をしたのでしょう? お怪我は?」
「いえ。大丈夫です」
「怪我をさせられたのは俺の方だよ。ほら」

 そう言って自分の腹の赤く腫れた痕を見せびらかすローラン。
 叔母と甥というよりも、そういったやり取りは姉と弟のように見える。

「まあ、自分のいた種だ。このことで騒ぎ立てるつもりはないけどな」

 ローランとしては自分の器の大きさを示したつもりだったのだろう。
 だが、そのおごった言葉を叔母の方がぴしゃりと怒鳴りつけた。

「当たり前です! むしろ問題にされて困るのは貴方の方でしてよ!?」
「なっ、なんだよ。……一体何者なんだよ、こいつは? 俺もさっき聞いたが誰も知らなかったぞ?」

 そう言って、ローランは周りにいる者を責めるように見回した。
 俺たちを遠くから取り巻くギャラリーも、ジョセフィーヌの正体に見当が付いた者はいないようだった。
 ひそひそとささやき合う声の中には、どこそこ家のご令嬢ではないか、などという推量もあったが、いずれも的外れ。よもや王族の、ましてや現国王の一人娘だなどとは誰も想像していない。

「オリアンヌ。僕からも頼むよ。彼女のことを紹介してくれないか? 皆、先ほどからそちらの麗しくも勇ましい女性に興味深々なんだ」

 思いもしない方向から穏やかな口調で男の声がした。
 振り向くと、先ほど素晴らしい剣技を見せていたせみの男が立っていた。近くで見ると余計に背が高く見える。

「あらあら。貴方もお分かりにならないというのは少々意外でしてよ? セドリック」

 セドリックと呼ばれた男は、失礼、と声を掛けて近づき、俺の顔をマジマジと観察し始めた。
 当然俺もその顔を正面に見据えることになる。
 綺麗に整った顔立ちをしていて、これはさぞ女性にモテるだろうなという印象だ。
 男の俺でもこうやって至近距離で見つめられると目のやり場に困りドギマギしてしまう。
 それに今こうしているこのときの外野の女性陣の騒々しいこと……。中には悲鳴に近い金切声まで混じって聞こえる。

「……すまない。女性の顔を憶えるのは苦手なんだ。知ってると思うけど」

 お手上げという仕草でオリアンヌの方を振り返る。

「わたくしも、お目通りするのはご幼少の頃以来なのですが……。そちらの、エリシオン家のご息女と懇意にされておいでなのでお分かりになりませんか?」

 俺もローランもセドリックも、揃ってエミリーの方を見た。
 エミリーは急に自分が話題の中心になったことに、あたふたと慌てて顔を真っ赤にさせたが、気を取り直すとオリアンヌに向かって深々と頭を下げた。

「恐れながらオリアンヌ様。本日はまだご家名を明かせません。いずれ改めてご挨拶に上がりますので、今日のところは何卒……」
「そう……。そういうことなら、安心。今日この馬鹿がしでかしたことも不問にしていただけるわね?」

 オリアンヌはローランのザックリ開いた服を指差しながら言った。

「も、もちろんでございます。こちらとしましても、そのほうが……」

 そこでエミリーは思い出したように俺の手から木剣を奪い取ると、それを脇の方に投げ捨ててオリアンヌに向けて愛想笑いをして見せた。

 ああ、そうか。
 一連のやり取りを聞いて、いかに自分が貴族の女性にあるまじき行動をしてしまったのかということを改めて反省させられた。

「行きますよ、ローラン。貴方には私から教えて差し上げます。これ以上恥をさらす前に退散いたしましょう」
「お、叔母上。すみません。このこと伯父上には……」

 オリアンヌとローラン、およびその二人の取り巻きが去ると、遠巻きにしていた他のギャラリーも居づらくなったのか、各々の訓練やベンチの方へと戻っていった。

 その場に残ったのは俺たち二人と、セドリック。
 それに先ほど稽古でセドリックの相手をしていたずんぐり体形の男の四人だけになった。

 そして実のところ、俺は先ほどから、そのもう一人の男のことが気になって気になって仕方がなくなっていたのだった。
 彼のことが目に入った瞬間から、オリアンヌとの会話も上の空になっていた。
 遠目に見ていたときには、ほとんど後ろ姿しか見られなかったその大柄の男は、俺の良く知る親友のパトリックだったのである。
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