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第三幕 攻勢・ヒストリカ
132 尋問
しおりを挟むその日俺は、セドリックたちが行う尋問に立ち会うことになっていた。
王宮から離れた王都の端の牢獄で。
尋問の相手はあの呪術士ダノンだ。
その老人は、両目を包帯で覆われ、うな垂れるようにして椅子に座っていた。
後ろ手に縛られた両腕の先も包帯が巻かれ、厚く膨らんでいる。
部屋に入る前にセドリックから聞いた話によれば、呪術封じのため全ての指が断ち落とされているとのことだった。
自業自得だが、こうなっては憐れというほかない。
ダノンと彼の仲間の呪術士からは、すでに粗方の尋問を終えており、彼らの背後には隣の敵国ランバルドがいたことが明らかとなっていた。
ダノンはもともとランバルドからミザリストに工作員として送り込まれた男だった。
と言っても、明確な目標を指示されたり、大した成果を期待されていたわけではなく、最初は半ば本国にいる同胞から厄介払いされるような境遇であったらしい。
グレンに取り入って王女の暗殺を持ちかけた際も、半分はダノン自身の生活の糧を得ることを目的とするような低い志の動機しか持ち合わせていなかった。
ところが、ジョセフィーヌを誘拐した折、偶然にもダノンは王女の身体に起きていた僅かな異変に気が付き、それが彼の転機となった。
王都での潜伏中、彼女が住まう王宮の方角から魔力が流れ出していることを突き止めたダノンは、その情報を手土産として一旦ランバルドに帰国する。
そこで今度は王女の身柄を確保することを画策し、仲間たちと共にミザリストに舞い戻ったというわけだ。
あれらの騒ぎが、国から直接指図されたものでなく、あくまでダノンたち呪術士連中の独断専行で行われた計画だったという真相は、百年前に起きた出来事を身近に知る俺にとっては、なんというか……、出来の悪い冗談か何かのように思えた。
ただ、彼らがランバルドに属した集団であったことは間違いない。
今回の件にランバルドが関与していたという話をどのように利用するかはブレーズ王ら、国家の上層が考え判断することだろう。
今日、ジョセフィーヌやセドリックが立ち会って行う尋問は、そういう政治的な話ではなく、彼らが持つ魔法技術について情報収集を行うことが主な目的であった。
俺がセドリックとともに部屋に入ると、ダノンはすぐに顔を上げ、こちらを───ジョセフィーヌが立つ位置を真っ直ぐ見据えた。
両目は厚い包帯で塞がれている。
それ以前に、彼の眼はすでにセドリックの剣により、光を失っているはずであった。
「いうな? なにをひにひは?」
ダノンの声は以前にようなカクシャクとしたものではなく、発音のままならない、極めて聞き取りづらいものであった。
ガサガサに荒れた唇の間からは大きく暗い穴が覗いている。
その歯列は上下とも折られたり抜かれたりして、最早まともに残っていないらしい。
イントネーションから察するに、今のは「いるな? 何をしに来た?」だろうか。
「分かるのですか?」
俺がそう問うと、ダノンは、ああ、と言ってから軽く鼻をすすった。
「貴様! 姫様の匂いを嗅ぐとは不敬な!」
側にいた兵士がダノンの顔を打つ。
ダノンはまともに呻き声を上げる気力もないようで、無言で顔を逸らし、しばらくそのままにしていた。
次の打擲がないと知ると、何事もなかったかのように首を元に戻し、再びその見えない目でジョセフィーヌを見据える。
兵士はそれを自分の懲罰に対する挑戦と受け取ったのか、怒気を露わに再び拳を振り上げた。
「待って。話を聞かせて」
そう言って俺が止めなければ、どうなっていたことか。
王都における最近のジョセフィーヌの評判は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、先日のグリュンターク家の大階段で見せた奇跡じみた登場の仕方や、その後の戦いぶりから、特に王宮の若い兵士たちの間では神聖視さえされているらしかった。
王位継承のことを考えれば、人気があるのは好ましいことであるが、熱が籠り過ぎるきらいがあるのは少々悩ましいところだ。
ダノンが再び、聞き取りにくい発音で口を開く。
「(匂いではない。感じるのだ。ワシらは肌で魔力を感じ取れるよう、幼き頃より訓練されておる)」
「魔力の枯れた世界で、一体どうやってそんな技術の継承を?」
「(この世界にはまだ僅かに、魔力の吹き溜まりのような場所があるのだ。人為的に魔力が集まるような仕掛けが施された場所がな)」
なるほど。
その説明によって俺の頭には明確に思い浮かぶ一つの場所があった。
おそらく隣で聞いているセドリックも同じ場所のことを思い浮かべている。
それは、最近とみに精霊の目撃情報が増えているというアカデミアのことだった。
精霊たちが頻繁に出没するのが、ジョセフィーヌの住む王宮ではなく、アカデミアであることが疑問だったのだが、あのオースグリッド邸が元はベスニヨール家の所持する邸宅の一つであったという事実と今のダノンの話を合わせれば、おおよその理由は察せられる。
そうであれば、オースグリッド邸のような場所が他の国に存在していたとしても不思議ではない。
精霊魔法にきっぱりと見切りを付けたミザリストとは異なり、ランバルドの連中はそうした場所に残った僅かな魔力を用い、百年の長きに渡りその技術を継承していたというわけだろう。
「(ワシは国のことなどどうでもいい。ワシが知りたいのはお主の身体から湧き出る魔力の秘密だ。どうだ? これからワシのような知識を持つ者は有用になるだろう? 手駒として手元に置いてみんか?)」
自分が命を奪おうとしていた当人相手に売り込みとはなんと図々しい。
「不要です。精霊魔法術の復興と探求は、この国に残り、正しき道を歩んだベスニヨールの者が為すでしょう」
きっぱりと言い放たれたジョセフィーヌの言葉。
その意味を感じ取ったダノンが力なくうな垂れ肩を落とした。
アークレギスを襲撃した仇敵とも言える相手。
何代にも渡る因縁の果てに、俺は、ある意味その一言で完全な復讐を果たしたのだった。
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