伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊

文字の大きさ
352 / 500
第七章 3年目前半

第352話 メチルの証言

しおりを挟む
「えっ、柑橘の香り?!」
 私たちは驚くしかなかった。そんなものが魔族に通用するのかと。
 ところが、目の前のメチルはものすごく真剣な表情をしている。どうやら事実のようだった。
「とりあえず立ち話もなんですから、みなさん座って聞きましょうか」
 ベジタリウス王妃の呼び掛けで、メチルも含めて全員が部屋の中のソファーに腰掛ける。私とエスカとサキ、それとベジタリウス王妃とミズーナ王子とメチルが向かい合うような形で座っている。
 メチルの話では、途中で寄ったバッサーシ辺境伯邸で柑橘の香りをかいだ途端に気分が悪くなっていったらしい。あのいい香りで気分が悪くなるとか失礼じゃないかしらね。
 でも、気持ち悪くなったのはメチルのみで、精霊であるアルーにはまったく影響がなかったそうな。
「……というわけです。なので、私たち魔族を相手にする時は、柑橘の香りが役に立つと思われます」
 メチルの話を聞き終えて、私たちはお互いに顔を見合わせている。正直なところ、信じられないといった気持ちでいっぱいだった。
「メチルが気分が悪そうにしているところは、私が実際に見ております。なので、本当だと思いますよ」
「お母様がそう仰られるのでしたら、そうなのでしょうね」
 ベジタリウス王妃の証言に、ミズーナ王女は信じる事にしたようだった。
 メチルの話が終わった時、やけに目を輝かせていたのがエスカだった。
「ようし、アロマキャンドルの量産よ」
 拳を握っていきなり立ち上がっている。
 そういえばそうだった。年末からというもの、一生懸命作ろうとしてたものね、この人は。搾油するための道具は一体どうなったというのだろうか。
「アロマキャンドルですか。私も前世では愛用していましたね。一か月休みなしとか耐えられませんよ……」
「えっ?」
 泣きそうな顔になったメチルの発言に、隣に座るミズーナ王女が驚いていた。伝えてなかったけか。
「私は前世持ちですよ。でなければ、魔族がこんな堂々と正体を明かすなんて事ありませんから」
 メチルの言葉につい頷いてしまう私たちだった。悪魔とかそういう類って、最初は人間のふりをしてやって来るとか聞いた覚えがあるもの。
「私だってこの世界が好きですし、なにより死にたくないですからね。徹底的に人間側の味方になってやりますよ」
 メチルは両手を握って鼻息を荒くしている。その姿を見て、私はつい笑ってしまう。
「あらあら。でしたら、知っている事は洗いざらい吐いて下さいませんでしょうか。今後の対策に役立てたく思いますから」
「お、王妃様?! 顔が怖いのですけれど……」
 隣に座るベジタリウス王妃を見ながら、ミズーナ王女の方に体を寄せていくメチル。
「それは私も気になりますね。私の知らない事もたくさんご存じでしょうからね」
「ひっ」
 ミズーナ王女もメチルに圧を掛けている。
 さすがにテーブルを挟んだ状態では、もうメチルに逃げ場はなかった。
「分かりました。知っている事を全部お話しますから、怖い顔はやめて下さい」
 そう叫びながらも、メチルは私の方に視線を向けていた。
 確かに私はメチルから直に話を聞いているけれど、ここは私が言うべきではないでしょう。私はそんな視線をメチルに向けている。
「アンマリアが助けてくれない!」
 私の意図に気が付いたメチルが叫ぶが、私は涼しい顔をして聞き流していた。
 ぐぬぬと悔しそうな顔をしながらも、メチルはやむなく私にした話をミズーナ王女たちにも話していく。
 ベジタリウス王国の北部の山岳地帯に魔王が眠っている事。
 その配下である四天王が、魔王を呼び覚ますために暗躍している事。
 その魔王に対抗できる力を持った人物たちの事。
 前世のゲーム知識と、メチルとして持っていた記憶とを照らし合わせながら、知っていることすべてを私たちに話したのだった。
「魔族のメチルとしての私は、魔族でありながらも癒しの力を持っています。むしろ、魔族として持ち得ているはずの力がからっきしなんですよね。それをサポートするのが、このアルーというわけです」
「攻撃に防御に、何でもお任せですよ」
 元気に右手を掲げるアルーである。
「癒しの力……、まるで聖女のようですね」
 サキがぽつりと呟いている。
「はい、まさしく私は聖女としてベジタリウス王国の内部に入り込んで、内側から崩壊させるために送り込まれたんです。力を使い過ぎて倒れたのが原因でこういうことになったのですが……」
「なるほどね。つまり死にかけた事で封じられていた前世の記憶が蘇ったと、そういうわけですのね」
 メチルの話に、ミズーナ王女はこくりと頷いていた。
「そういえば、ミズーナも小さい頃に死にかけてましたね」
「病気でしたっけか。かなり熱にうなされていたと聞いています。でも、それはここでは関係ないですので、後にして頂いてよろしいでしょうか、お母様」
「そうですね」
 ふと思い至ったベジタリウス王妃の言葉をぴしゃりと止めるミズーナ王女である。
 しかし、メチルの話はこれで終わりではない。これでもまだまだ話の途中なのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

処理中です...