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第33話 バーディア
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栞がその名前を口にした瞬間、調部長の眉がぴくりと動いた。
「知っているかと聞かれたら、知りませんね。その名前が一体どうしたんですか、高石さん」
調部長はそのように話すが、声色は微妙に動揺を含んでいる。
「調部長、動揺が見られますね。やっぱり知っているんですね、この名前を」
「知りませんね」
お冷のグラスをカラカラと言わせて迫る栞。調部長はあくまで白を切る。
「いいえ、あなたは知っているはずなんです。だって、この名前……」
栞がそう言いかけた時、後頭部にごりっとした感触を感じた。何か、硬い金属のような物が当たった感触だった。
栞が横目でちらりと見ると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
(この感触は、まさか拳銃?!)
栞の額から冷や汗が流れる。だが、店内の様子はこちらを気に掛ける様子はない。場所が奥の位置だったので、気が付かないのだ。
焦る栞だったが、その時に声が響く。
「やめなさい」
調部長がボソッと呟く。しかし、男には聞こえないのか、まったく微動だにしない。
「やめなさいと言っているのです、カルディ」
調部長の口から、普段は聞く事のない低くてドスの効いた声が放たれる。想像できない声の質に、栞はびくっと体を震わせた。
それと同時に、栞の後頭部にあった感触が消えていく。ちらりと見れば、カルディと呼ばれた男は一歩下がって立っていた。
「はあ、高石さん。その名前は一体どこで聞いたのですか?」
調部長は、周りに聞こえないように声を潜めさせながら栞に質問する。
「商店街の会長さんですよ。こっそり私もコンタクト取ったら知ってた人で、ちょっとお願いしたら聞かせてくれました」
「……あの男、誰にも喋るなと言っておいたのに」
「私が無理やり聞き出したんで、妙な事はやめて下さい」
調部長はテーブルに片肘をついて額を置くと、そのまま首を左右に振る。調部長の雰囲気が気になった栞は、一応フォローは入れておいた。その栞に対して、調部長は睨むような素振りを見せたが、栞がまったく動じないところを見るといつもの表情に戻っていた。
ため息を一つ入れた調部長は、軽部副部長に連絡を入れて、喫茶店に来なくていいので適当に昼ご飯を済ませて続きを行うように指示を出していた。
その後、コーヒーをおかわりすると、調部長は栞に対して、
「どこか雰囲気が違うと思いましたが、どうやら中学生ではなさそうですね」
いきなり斬り込んでくる。調部長の事情に踏み込んだという事もあり、栞は素直に調部長に対して身の上を明かした。変にごまかす方が今は得策ではないと踏んだからだ。栞の話には驚かされる調部長だったが、さすがは大人びた雰囲気を持つだけに冷静に話を聞いていた。場所が場所だけに、大声を出しづらいというのもある。
栞の話を聞き終えた調部長は、小声で話を進めていく。
「なるほど、何かと面倒な仕事をしてるのですね」
ここでコーヒーをひと口含んで落ち着く調部長。
「そっちの事情を明かしてくれた以上、私の方も話さないと不公平ですね。驚くなというのは無理でしょうが、極力静かに願いますね」
栞はこくりと頷く。
「お察しの通り、私の本名は『メロディ・バーディア』と言います。そこのカルディは私のボディガードです。バーディアというのは、世界にその名を轟かせたギャング一家でして、私は現当主の長女です。とは言っても、ギャングだったのは私が生まれた頃までで、今はただの大手貿易会社で、真っ当な取引をさせてもらってますが」
調部長が語った事によれば、普通の貿易会社に舵を切ったバーディア一家に反発する者たちが居て、その面々が伝手を使って浦見市で悪事を働いているとの情報を掴んだらしい。調部長が草利中学校に通うのは、その調査の一環なのだそうだ。
「正直なところ確証はないのですが、その筋から入手した情報ですから信用できるとは思います。こちらの持つ情報の中には、高石さんからの情報と重なる部分もありましたから」
調部長からの情報は、思った以上に有益な情報だった。
かなり前だが、浦見市にあった暴力団が解体されたという大きなニュースは、栞も記憶しているところだ。しかし、いくら暴力団が解体されたといっても、残党の活動までは制限できなかったようで、今なお暗躍しているというのは衝撃でしかなかった。
「……なるほど、貴重な情報を本当にありがとうございます」
栞はこう言って、くるりととある席の方へ振り向いた。
「聞いておられましたか、警部?」
栞のこの言葉に、すくりと一人の男性が席から立ち上がる。そして、栞たちの方へと近付いてきたかと思うと、カルディの肩に手を置いた。
「こんな場所でそんな物を取り出してはいけないぞ。まったく、銃刀法で捕まえるところだが、今日のところは不問にしておこう」
こう話す男性が胸ポケットから何かを取り出した。それはなんと警察手帳である。
「浦見市警察の警部、水崎だ。有益な情報、実に感謝する」
水崎警部の登場に、調部長はとても驚いている。そして、勢いよく栞の顔を見る。
「……高石さん、私がこの店を選ぶようにわざと誘導しましたね?」
「さて、何の事でしょうか?」
調部長のしてやられた顔に、栞は笑顔でとぼけていた。化かし合いで負けた調部長は複雑な気持ちをため息にした。
とりあえずこの話はまた場を改める事にした栞たちだった。
「知っているかと聞かれたら、知りませんね。その名前が一体どうしたんですか、高石さん」
調部長はそのように話すが、声色は微妙に動揺を含んでいる。
「調部長、動揺が見られますね。やっぱり知っているんですね、この名前を」
「知りませんね」
お冷のグラスをカラカラと言わせて迫る栞。調部長はあくまで白を切る。
「いいえ、あなたは知っているはずなんです。だって、この名前……」
栞がそう言いかけた時、後頭部にごりっとした感触を感じた。何か、硬い金属のような物が当たった感触だった。
栞が横目でちらりと見ると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
(この感触は、まさか拳銃?!)
栞の額から冷や汗が流れる。だが、店内の様子はこちらを気に掛ける様子はない。場所が奥の位置だったので、気が付かないのだ。
焦る栞だったが、その時に声が響く。
「やめなさい」
調部長がボソッと呟く。しかし、男には聞こえないのか、まったく微動だにしない。
「やめなさいと言っているのです、カルディ」
調部長の口から、普段は聞く事のない低くてドスの効いた声が放たれる。想像できない声の質に、栞はびくっと体を震わせた。
それと同時に、栞の後頭部にあった感触が消えていく。ちらりと見れば、カルディと呼ばれた男は一歩下がって立っていた。
「はあ、高石さん。その名前は一体どこで聞いたのですか?」
調部長は、周りに聞こえないように声を潜めさせながら栞に質問する。
「商店街の会長さんですよ。こっそり私もコンタクト取ったら知ってた人で、ちょっとお願いしたら聞かせてくれました」
「……あの男、誰にも喋るなと言っておいたのに」
「私が無理やり聞き出したんで、妙な事はやめて下さい」
調部長はテーブルに片肘をついて額を置くと、そのまま首を左右に振る。調部長の雰囲気が気になった栞は、一応フォローは入れておいた。その栞に対して、調部長は睨むような素振りを見せたが、栞がまったく動じないところを見るといつもの表情に戻っていた。
ため息を一つ入れた調部長は、軽部副部長に連絡を入れて、喫茶店に来なくていいので適当に昼ご飯を済ませて続きを行うように指示を出していた。
その後、コーヒーをおかわりすると、調部長は栞に対して、
「どこか雰囲気が違うと思いましたが、どうやら中学生ではなさそうですね」
いきなり斬り込んでくる。調部長の事情に踏み込んだという事もあり、栞は素直に調部長に対して身の上を明かした。変にごまかす方が今は得策ではないと踏んだからだ。栞の話には驚かされる調部長だったが、さすがは大人びた雰囲気を持つだけに冷静に話を聞いていた。場所が場所だけに、大声を出しづらいというのもある。
栞の話を聞き終えた調部長は、小声で話を進めていく。
「なるほど、何かと面倒な仕事をしてるのですね」
ここでコーヒーをひと口含んで落ち着く調部長。
「そっちの事情を明かしてくれた以上、私の方も話さないと不公平ですね。驚くなというのは無理でしょうが、極力静かに願いますね」
栞はこくりと頷く。
「お察しの通り、私の本名は『メロディ・バーディア』と言います。そこのカルディは私のボディガードです。バーディアというのは、世界にその名を轟かせたギャング一家でして、私は現当主の長女です。とは言っても、ギャングだったのは私が生まれた頃までで、今はただの大手貿易会社で、真っ当な取引をさせてもらってますが」
調部長が語った事によれば、普通の貿易会社に舵を切ったバーディア一家に反発する者たちが居て、その面々が伝手を使って浦見市で悪事を働いているとの情報を掴んだらしい。調部長が草利中学校に通うのは、その調査の一環なのだそうだ。
「正直なところ確証はないのですが、その筋から入手した情報ですから信用できるとは思います。こちらの持つ情報の中には、高石さんからの情報と重なる部分もありましたから」
調部長からの情報は、思った以上に有益な情報だった。
かなり前だが、浦見市にあった暴力団が解体されたという大きなニュースは、栞も記憶しているところだ。しかし、いくら暴力団が解体されたといっても、残党の活動までは制限できなかったようで、今なお暗躍しているというのは衝撃でしかなかった。
「……なるほど、貴重な情報を本当にありがとうございます」
栞はこう言って、くるりととある席の方へ振り向いた。
「聞いておられましたか、警部?」
栞のこの言葉に、すくりと一人の男性が席から立ち上がる。そして、栞たちの方へと近付いてきたかと思うと、カルディの肩に手を置いた。
「こんな場所でそんな物を取り出してはいけないぞ。まったく、銃刀法で捕まえるところだが、今日のところは不問にしておこう」
こう話す男性が胸ポケットから何かを取り出した。それはなんと警察手帳である。
「浦見市警察の警部、水崎だ。有益な情報、実に感謝する」
水崎警部の登場に、調部長はとても驚いている。そして、勢いよく栞の顔を見る。
「……高石さん、私がこの店を選ぶようにわざと誘導しましたね?」
「さて、何の事でしょうか?」
調部長のしてやられた顔に、栞は笑顔でとぼけていた。化かし合いで負けた調部長は複雑な気持ちをため息にした。
とりあえずこの話はまた場を改める事にした栞たちだった。
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