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第34話 怪しい影
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水崎警部と別れた栞たちは、食事を終えて喫茶店を出る。ちょっとごたごたしたので、中には留まりづらかったのだ。
喫茶店から出た栞と調部長は、少し開けた広場に生えた大きな木の下にあるベンチに腰を掛ける。
「本当に、罠に掛けるような真似をしてしまって申し訳ありませんでした」
栞はさっきのやり取りの事を調部長に謝罪する。すると、調部長は優しく微笑む。
「いえいえ、私のボディガードの方こそひどい真似をしてしまって申し訳ありませんでした。さっきのは一応モデルガンですのでご安心下さい」
にこりとしてそうは言っているが、あの金属の感触はどう考えたってモデルガンじゃないのは明白である。大富豪の娘ならばSPくらいは雇っているだろうから持ってて当然だろうけど、少し肝を冷やした栞である。
「それはそうと先程の件ですけれど、私の方もちょうど同じような案件を追いかけています。ですので、このメロディ・バーディア、謹んで協力させて頂きますよ」
調部長は怒るどころかまったく逆で、落ち着いた様子で協力を受け入れてくれた。本当にできた人物である。
「それにしても、名前は結構安直なんですね」
「ええ、そのまま日本語に当てはめて、名と姓とを入れ替えただけですからね。日本人のフリは大変でしたけれど、長く住んでいるうちに慣れました」
栞が正直に感想を話すと、それに対しても笑って済ませてしまている。本当に懐の深い人物である。
さて、捜査協力の話が落ち着くと、二人は午前中の商店街の取材の内容を振り返る。今日来たのはあくまでも浦見市駅前商店街の取材だ。本題を忘れてしまっては意味がないのだ。
この時、栞は横目に調部長のメモを覗き込んだ。すると、調部長のメモはとてもきれいな字で見やすくまとめられていた。
「うわぁ、調部長のメモ、とてもきれい……」
ついつい口に出てしまった栞。慌てて口を手で押さえたが、調部長は栞の方を見てくすっと笑っていた。
「ああ、これですか。私の家は意外と厳しくてですね、幼少の折から父親にはさんざん言われてきたんです。『人の上に立つ者、所作の一つ一つに気を付けろ』とね。下につく者の見本になれって事なんですよ」
栞は調部長の言葉に共感した。自分の取る行動の一つ一つが周りに与える影響というものは、栞自身も実感しているからである。
メモを見直してひと息つく。
「さて、高石さん。そろそろ午後の取材を始めましょうか。午前中にだいぶ消化をしておきましたが、夕方の買い物の時間帯までになるべく済ませておきませんとね」
「そうですね。行きましょうか」
栞と調部長はベンチから立ち上がる。
移動を始めた二人だったが、何かが気になるらしくて二人揃って後ろにちらちらを視線を送っている。どうやら、二人は奇妙な視線を感じているようである。見た目に中学生くらいの女子が二人で行動しているのなら、万一という事も十分考えられる。
「……高石さん、気付いてられますか?」
「はい。どうやらつけられているみたいですね」
二人は後ろは振り返らずに、様子を窺いながら言葉を交わす。ただ、さすがに日曜の商店街は人が多いので、その視線がどこから向けられているのかは分からなかった。
というわけで、二人はとある作戦に打って出る。
目の前にあるのは、商店街にある信号だ。鉄道路線と並行するように走る幹線道路、それと商店街の道が交錯するので、どうしても信号が必須になっているのである。
二人はうまくタイミングを計って、信号が赤に変わるタイミングで道路を横断する。こうなれば不審人物は幹線道路の往来に阻まれて追って来られないというわけなのだ。信号を渡り切った二人は、そのまま商店街の往来へと姿を消した。
「やりましたね」
「ええ、1分間は追って来られないでしょうから、今のうちに次の場所に向かいましょう」
「はい」
こうして、栞と調部長は取材の続きへと向かっていった。
その頃、真彩たちのグループはというと……。
「いやはははっ! この商店街は何度来てもいい場所だね」
軽部副部長が、普段とは打って変わって上機嫌でよく喋っている。仏頂面でだんまりで居る事が多いので、正直驚きしかない。それこそ喋っているのを見たのは、入部した日くらいだろうか。
「うざいくらいのテンションだな……」
勝は実に鬱陶しそうだった。
実はこれには理由がある。真彩と勝が持つ鞄だ。よく見ると来た時はほぼ空っぽだったのに、今はパンパンに膨れ上がっている。
その理由は、軽部副部長と歩いていると、商店街の人からいろいろと渡されたからである。おそらく、軽部副部長が普段から何かしていたせいだろう。巻き添えを食らう形で二人も物を渡されては断れず、結果として鞄が膨れ上がったというわけだ。
そうやって二人が困っていると、真彩が何かに気が付いた。
「お父さんっ!」
「おお、真彩か。どうしたんだ、その荷物は」
栞と別れた後の水崎警部と出くわしたのである。水崎警部は真彩と勝に会った事に加えて、大きく膨れ上がった鞄を見て驚いている。
「あー、ちょうどよかったわ。商店街の人たちからいろいろ渡されて、鞄が重くて仕方ないんだけど。持って帰ってもらってもいい?」
「うーん。すぐに持って帰れないとは思うが、それでもいいかな?」
「いいわよ。重くて仕方ないし、傷まなければ大丈夫だから」
「……分かった、預かっておこう」
可愛い娘の頼み事じゃ、さすがに水崎警部も断り切れなかった。重い鞄から解放された真彩と勝は、軽部副部長と一緒に取材の続きへと向かっていった。水崎警部はその姿を苦笑いとともに見送った。
「さて、さすがに私も今すぐに帰れるわけじゃないからな。……仕方ない、あいつでも呼ぶか」
困った水崎警部は、あいつと呼んだ相手に電話を掛ける。呼び出している間に商店街の駐車場へと戻り、車の中に鞄を置く。すると、水崎警部の携帯が鳴った。
「どうしたんだ、私はこれから署に……、なんだと?! それは本当か?」
待ち合わせの最中の電話に少し不機嫌になりかけた水崎警部だったが、そこで伝えられた内容に耳を疑った。
「分かった。連絡ご苦労」
通話を切ると、水崎警部は再び商店街に向かって走り出したのだった。
喫茶店から出た栞と調部長は、少し開けた広場に生えた大きな木の下にあるベンチに腰を掛ける。
「本当に、罠に掛けるような真似をしてしまって申し訳ありませんでした」
栞はさっきのやり取りの事を調部長に謝罪する。すると、調部長は優しく微笑む。
「いえいえ、私のボディガードの方こそひどい真似をしてしまって申し訳ありませんでした。さっきのは一応モデルガンですのでご安心下さい」
にこりとしてそうは言っているが、あの金属の感触はどう考えたってモデルガンじゃないのは明白である。大富豪の娘ならばSPくらいは雇っているだろうから持ってて当然だろうけど、少し肝を冷やした栞である。
「それはそうと先程の件ですけれど、私の方もちょうど同じような案件を追いかけています。ですので、このメロディ・バーディア、謹んで協力させて頂きますよ」
調部長は怒るどころかまったく逆で、落ち着いた様子で協力を受け入れてくれた。本当にできた人物である。
「それにしても、名前は結構安直なんですね」
「ええ、そのまま日本語に当てはめて、名と姓とを入れ替えただけですからね。日本人のフリは大変でしたけれど、長く住んでいるうちに慣れました」
栞が正直に感想を話すと、それに対しても笑って済ませてしまている。本当に懐の深い人物である。
さて、捜査協力の話が落ち着くと、二人は午前中の商店街の取材の内容を振り返る。今日来たのはあくまでも浦見市駅前商店街の取材だ。本題を忘れてしまっては意味がないのだ。
この時、栞は横目に調部長のメモを覗き込んだ。すると、調部長のメモはとてもきれいな字で見やすくまとめられていた。
「うわぁ、調部長のメモ、とてもきれい……」
ついつい口に出てしまった栞。慌てて口を手で押さえたが、調部長は栞の方を見てくすっと笑っていた。
「ああ、これですか。私の家は意外と厳しくてですね、幼少の折から父親にはさんざん言われてきたんです。『人の上に立つ者、所作の一つ一つに気を付けろ』とね。下につく者の見本になれって事なんですよ」
栞は調部長の言葉に共感した。自分の取る行動の一つ一つが周りに与える影響というものは、栞自身も実感しているからである。
メモを見直してひと息つく。
「さて、高石さん。そろそろ午後の取材を始めましょうか。午前中にだいぶ消化をしておきましたが、夕方の買い物の時間帯までになるべく済ませておきませんとね」
「そうですね。行きましょうか」
栞と調部長はベンチから立ち上がる。
移動を始めた二人だったが、何かが気になるらしくて二人揃って後ろにちらちらを視線を送っている。どうやら、二人は奇妙な視線を感じているようである。見た目に中学生くらいの女子が二人で行動しているのなら、万一という事も十分考えられる。
「……高石さん、気付いてられますか?」
「はい。どうやらつけられているみたいですね」
二人は後ろは振り返らずに、様子を窺いながら言葉を交わす。ただ、さすがに日曜の商店街は人が多いので、その視線がどこから向けられているのかは分からなかった。
というわけで、二人はとある作戦に打って出る。
目の前にあるのは、商店街にある信号だ。鉄道路線と並行するように走る幹線道路、それと商店街の道が交錯するので、どうしても信号が必須になっているのである。
二人はうまくタイミングを計って、信号が赤に変わるタイミングで道路を横断する。こうなれば不審人物は幹線道路の往来に阻まれて追って来られないというわけなのだ。信号を渡り切った二人は、そのまま商店街の往来へと姿を消した。
「やりましたね」
「ええ、1分間は追って来られないでしょうから、今のうちに次の場所に向かいましょう」
「はい」
こうして、栞と調部長は取材の続きへと向かっていった。
その頃、真彩たちのグループはというと……。
「いやはははっ! この商店街は何度来てもいい場所だね」
軽部副部長が、普段とは打って変わって上機嫌でよく喋っている。仏頂面でだんまりで居る事が多いので、正直驚きしかない。それこそ喋っているのを見たのは、入部した日くらいだろうか。
「うざいくらいのテンションだな……」
勝は実に鬱陶しそうだった。
実はこれには理由がある。真彩と勝が持つ鞄だ。よく見ると来た時はほぼ空っぽだったのに、今はパンパンに膨れ上がっている。
その理由は、軽部副部長と歩いていると、商店街の人からいろいろと渡されたからである。おそらく、軽部副部長が普段から何かしていたせいだろう。巻き添えを食らう形で二人も物を渡されては断れず、結果として鞄が膨れ上がったというわけだ。
そうやって二人が困っていると、真彩が何かに気が付いた。
「お父さんっ!」
「おお、真彩か。どうしたんだ、その荷物は」
栞と別れた後の水崎警部と出くわしたのである。水崎警部は真彩と勝に会った事に加えて、大きく膨れ上がった鞄を見て驚いている。
「あー、ちょうどよかったわ。商店街の人たちからいろいろ渡されて、鞄が重くて仕方ないんだけど。持って帰ってもらってもいい?」
「うーん。すぐに持って帰れないとは思うが、それでもいいかな?」
「いいわよ。重くて仕方ないし、傷まなければ大丈夫だから」
「……分かった、預かっておこう」
可愛い娘の頼み事じゃ、さすがに水崎警部も断り切れなかった。重い鞄から解放された真彩と勝は、軽部副部長と一緒に取材の続きへと向かっていった。水崎警部はその姿を苦笑いとともに見送った。
「さて、さすがに私も今すぐに帰れるわけじゃないからな。……仕方ない、あいつでも呼ぶか」
困った水崎警部は、あいつと呼んだ相手に電話を掛ける。呼び出している間に商店街の駐車場へと戻り、車の中に鞄を置く。すると、水崎警部の携帯が鳴った。
「どうしたんだ、私はこれから署に……、なんだと?! それは本当か?」
待ち合わせの最中の電話に少し不機嫌になりかけた水崎警部だったが、そこで伝えられた内容に耳を疑った。
「分かった。連絡ご苦労」
通話を切ると、水崎警部は再び商店街に向かって走り出したのだった。
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