ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第46話 重圧

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 個室に入った栞たちは、バロックから少し遠い位置に並んで座る。位置としては下座の方に近い席だ。個室の中の空気は重く、栞は緊張という事もあってか、動きは少し固くなっている。
 栞たちが入ってきた事で場に全員が揃ったらしく、料理が順番に運ばれ始めた。それにしても、真昼間からフランス料理のフルコースとは驚いたものである。ただ、緊張のせいか、胃に少し重く感じられる。
 前菜、スープと料理が進んでいくが、これといって誰も喋る事なく、黙々淡々と食事は進んでいく。そして、メインディッシュに差し掛かる頃、ついにバロックが口を開いた。
「そこの娘、確か高石栞くんだったかな。そこな我が上の娘が世話になっているようだが、普段の様子はどんな感じかね」
 調部長もそうだが、バロックも流暢な日本語で話し掛けてきた。さすがは貿易会社社長である。『上な娘』と言っているので、調部長の事を聞いているようである。
「は、はい。今のところは部活での面識しかございませんが、指導力、行動力などなど、とても落ち着いていて素晴らしいかと存じます」
 緊張のあまり、少々言葉に詰まりながら答える栞。
「ふっ、そうか」
 こう反応しながらも、バロックはその固い表情を崩さなかった。
 この雰囲気の中、栞は周りを見回す。よく見ればこの席に水崎警部も同席していた事にようやく気が付いた。その警部の顔も固い感じで、ここまで一言も発していなかったので、栞はまったく気が付けなかったのだった。
 こういった重たらしい空気が続く中、再びバロックが口を開く。
「浦見の関係者たちに告ぐ、この度は我がバーディア一家の人間のせいで多大な迷惑を掛けている事を、ここに心から謝罪する」
 何を話すかと思えば、素直な謝罪の言葉だった。しかもその表情を見れば、心底申し訳なく思っている事が分かるくらいの悲痛な表情だった。
「離脱した一派の行動については、我々の方でも独自に調査は行っている。だが、やはり活動が疑われる地域の地元組織との連携は必要不可欠、できる限りの情報は提供しよう」
 続けて口にしたのは捜査協力の申し出である。過激派一派の人物の情報などという事だろう。だが、バロックの話はこれだけでは終わらない。
「だが、我らは現在は海外の一企業であるし、元はギャングだ。疑わしいところもあるだろう。かかる費用についての負担も全額とまではいかぬが、協力は惜しまぬ。なにぶん信用問題なのでな」
 どうやら、金銭的な協力もするらしい。それくらいにバーディア一家も頭を悩ませている事案という事なのだ。
「だが、私も忙しく飛び回る身だ。なかなか話が付けられぬとは思うので、そこに居る娘のメロディか護衛のカルディを通じて伝えてくれればよい」
 バロックがそう話を締めくくってちらりと目を遣れば、調部長とカルディが立ち上がって頭を下げた。そして、二人が再び座ると、今度はリリックを見るバロック。その視線に反応したリリックは怒られると思ったようで肩をすくめて震えた。
「それにしても困ったものだな、リリック。お前のお転婆っぷりは昔からだが、まさか家を勝手に飛び出た挙句、勝手に海外まで行って殺されかかるとは……」
 リリックは恐怖のあまり、無言でうつむいたままでいる。
 しかし、バロックはそうまで言っても咎める事はしなかった。おそらく調部長が何かしら話しておいたのだろう。
「起きてしまった事は仕方がないし、お前は運よくそうやって生きているんだ、メロディの事をしっかり手伝うんだぞ」
「……はい」
 してしまった事の尻拭いは自分でしろ。つまりはそういう事のようだ。

 食事も締めを迎えた時、バロックは今度は水崎警部に言葉を掛ける。
「まったく、おやつときたら姿一つも見せんようだが、あちこちにいろいろ策を仕掛けておるようだな。水崎よ、お前のところにも何か連絡はなかったか?」
「それが、幼馴染みである私にもまったく何もないのです」
「そうか……、水崎ほどの交流があるわけではないが、一体あやつも何を考えておるのだ」
 水崎警部とのやり取りで、バロックは何やらぶつぶつと言っている。何の話か分からない栞は首を捻っている。すると、隣に座る調部長がこっそりと耳打ちをしてきた。
「父の言うあやつとは、草利中学校の校長先生の事です。実は父との間に面識がありまして、その関係で私がこうやって日本に赴く事になったのですよ」
「うむ、あやつからの情報と提案が無ければ、大事な娘であるメロディを単身日本に送り出すような事はなかったぞ」
「あら、お父様。聞こえてらしたのですね」
 調部長からの耳打ちだけでも驚いた栞だったが、それに口を挟んだバロックの耳にさらに驚かされた。さすがギャングで一大企業の社長、ただ者ではなかった。
「些細な情報すらも漏らさぬ。当然だろう?」
「お見それしました」
 得意げに笑うバロックに頭を下げる調部長。なんとも異質な空間である。
 調部長にツッコミを入れ終えたバロックは、再び水崎警部を見る。
「それで水崎よ」
「はい」
「先程の条件で構わんな? 負担を掛けるのはやむを得んが、悪い話ばかりではなかろう?」
「はい、そのようにお願い致します」
 水崎警部が頭を下げる。これによってどうやら話はまとまったようである。ところが、落ち着いたかと思えば、バロックが突如として栞の方を見た。
「ミセス高石、君の情報も聞いている。すまないが、娘に協力してやって欲しい。なにぶん責任感が強いせいか突っ走りかねんから、そこもよろしく頼む」
「お父様!」
 バロックの言葉に調部長が恥ずかしそうに怒る。それによって、ようやくこの場に笑いが起きた。
「はい、畏まりました」
 栞は笑いながらになってしまったが、バロックの頼みに力強く承諾の返事をするのだった。
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