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第八章 二年次
第162話 アイリスの気持ち
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久しぶりに元気そうな兄の姿を見たアイリスは、満足そうにコーラル邸に戻る。
「主人、戻られましたか」
出迎えたのはニーズヘッグだった。
「ええ、今戻ったわ。あちらの様子はどうだったかしら」
「相変わらず、不穏な動きばかりですね。あれでは、主人の母上もいつまで無事か分かりませぬ」
ニーズヘッグの顔色はあまり良くないようだ。どうやら、パープリア男爵が何かを企んでいるらしい。
「それにしても、主人は何だか嬉しそうですな」
ニーズヘッグはアイリスを見て、さっきとはまったく違う表情を見せる。
「ええ、兄様に会って来たわ。お父様に反発して家を飛び出たらしいので、現在は騎士団副団長のノワール様のところでお世話になっているそうよ」
「そうでしたか。ご無事でなによりでございます」
アイリスの返答に、ニーズヘッグは自分の事のように安心した表情を見せた。この様子は、まるで厄災の暗龍とは思えない。
「しかし、主人はこれからどうされるおつもりで?」
ニーズヘッグは話題を切り替えて、アイリスに尋ねる。
「そうね。赦してもらった恩があるから、あの三人には従うつもりだけど……。やはり、お母様と一緒に暮らせるようになりたいわね」
「御意に」
アイリスが希望を述べたところで、ニーズヘッグは察したかのように返事をすると、すっとその場から姿を消した。
去年の夏の合宿で、アイリスの身の上は激変した。それまでは目立たない男爵令嬢だったのだが、実は偉大な神獣使いの血を引いていて、その才能の再来だったという事から始まった。
しかし、二人の王子やその婚約者候補の伯爵令嬢の命を狙った犯人という事で、今までの身分は捨てざるを得なかったが、処刑されずに代わりに得た身分は伯爵令嬢の専属侍女という立場だった。
そして、アイリスは今、二体の神獣と二組の幻獣と契約している。いくら裏稼業を営む家の出とはいえ、この状態は予想外なものだった。
パープリアの家に居た状態でこの状況になっていたら、おそらく今日明日にでも国を滅ぼしていただろうが、今のアイリスにはそんな気はまったく無い。まず、神獣や幻獣がそれに従わないだろうし、なにより今のアイリスが居るのは、チェリシアやペシエラの温情によるもの。その二人はたまに無茶を言うが、普段は姉妹のように接してくれるので、とても居心地がいいのだ。だからこそ、アイリスはコーラル家のために身を捧げるとまで思っている。
(お父様に言われるがままだった頃とは違う。今の私は自分の意思で生きているわ)
現在のアイリスは、本当に充実している。よく思えば、誰かと一緒に笑ったりだとかした記憶がない。それくらいにあの家は窮屈だったのだ。
パープリアの家は父親の言う事がまず絶対であった。その上に、よく分からない人間が出入りをしていて、雰囲気が良くなかった。その中で育ったので、アイリスはどこか性格は歪んだし、稼業を知らないヴィオレスが反発するのも、まあ仕方のない事だった。
今も昔も、誰かに従っている状況には変わりないのだが、今の環境には、昔のような強迫観念のような重い空気はない。先日だって魔法の手解きをしてもらって、魔法の扱いもだいぶ上手くなってきた。あの地獄から抜け出せた事を、正直感謝している。あの三人になら、いいように使われてもいいかなとか思っていたりする。
王宮からの帰り、チェリシアたちはマゼンダ商会に出向いたので、コーラル邸にはアイリス一人で戻って来ていた。
ニーズヘッグとのやり取りの後、アイリスは簡単に湯浴みをすると、チェリシアたちの部屋を整えた。
その後はコーラル邸の料理長に頼み込んで、チェリシアたちの食事の準備の手伝いにも参加した。ちなみに、チェリシアの料理を直に見ていた事もあり、アイリスの料理の腕前もなかなかいい感じになっていた。少なくとも料理長に褒められるくらいには。
アイリスは今までに感じた事がないくらいに充実している。屋敷に戻ってきたチェリシアやペシエラと一緒に食事をしながら、ずっとこんな時間が続いていけばいいなと、静かに願っているのだった。
「主人、戻られましたか」
出迎えたのはニーズヘッグだった。
「ええ、今戻ったわ。あちらの様子はどうだったかしら」
「相変わらず、不穏な動きばかりですね。あれでは、主人の母上もいつまで無事か分かりませぬ」
ニーズヘッグの顔色はあまり良くないようだ。どうやら、パープリア男爵が何かを企んでいるらしい。
「それにしても、主人は何だか嬉しそうですな」
ニーズヘッグはアイリスを見て、さっきとはまったく違う表情を見せる。
「ええ、兄様に会って来たわ。お父様に反発して家を飛び出たらしいので、現在は騎士団副団長のノワール様のところでお世話になっているそうよ」
「そうでしたか。ご無事でなによりでございます」
アイリスの返答に、ニーズヘッグは自分の事のように安心した表情を見せた。この様子は、まるで厄災の暗龍とは思えない。
「しかし、主人はこれからどうされるおつもりで?」
ニーズヘッグは話題を切り替えて、アイリスに尋ねる。
「そうね。赦してもらった恩があるから、あの三人には従うつもりだけど……。やはり、お母様と一緒に暮らせるようになりたいわね」
「御意に」
アイリスが希望を述べたところで、ニーズヘッグは察したかのように返事をすると、すっとその場から姿を消した。
去年の夏の合宿で、アイリスの身の上は激変した。それまでは目立たない男爵令嬢だったのだが、実は偉大な神獣使いの血を引いていて、その才能の再来だったという事から始まった。
しかし、二人の王子やその婚約者候補の伯爵令嬢の命を狙った犯人という事で、今までの身分は捨てざるを得なかったが、処刑されずに代わりに得た身分は伯爵令嬢の専属侍女という立場だった。
そして、アイリスは今、二体の神獣と二組の幻獣と契約している。いくら裏稼業を営む家の出とはいえ、この状態は予想外なものだった。
パープリアの家に居た状態でこの状況になっていたら、おそらく今日明日にでも国を滅ぼしていただろうが、今のアイリスにはそんな気はまったく無い。まず、神獣や幻獣がそれに従わないだろうし、なにより今のアイリスが居るのは、チェリシアやペシエラの温情によるもの。その二人はたまに無茶を言うが、普段は姉妹のように接してくれるので、とても居心地がいいのだ。だからこそ、アイリスはコーラル家のために身を捧げるとまで思っている。
(お父様に言われるがままだった頃とは違う。今の私は自分の意思で生きているわ)
現在のアイリスは、本当に充実している。よく思えば、誰かと一緒に笑ったりだとかした記憶がない。それくらいにあの家は窮屈だったのだ。
パープリアの家は父親の言う事がまず絶対であった。その上に、よく分からない人間が出入りをしていて、雰囲気が良くなかった。その中で育ったので、アイリスはどこか性格は歪んだし、稼業を知らないヴィオレスが反発するのも、まあ仕方のない事だった。
今も昔も、誰かに従っている状況には変わりないのだが、今の環境には、昔のような強迫観念のような重い空気はない。先日だって魔法の手解きをしてもらって、魔法の扱いもだいぶ上手くなってきた。あの地獄から抜け出せた事を、正直感謝している。あの三人になら、いいように使われてもいいかなとか思っていたりする。
王宮からの帰り、チェリシアたちはマゼンダ商会に出向いたので、コーラル邸にはアイリス一人で戻って来ていた。
ニーズヘッグとのやり取りの後、アイリスは簡単に湯浴みをすると、チェリシアたちの部屋を整えた。
その後はコーラル邸の料理長に頼み込んで、チェリシアたちの食事の準備の手伝いにも参加した。ちなみに、チェリシアの料理を直に見ていた事もあり、アイリスの料理の腕前もなかなかいい感じになっていた。少なくとも料理長に褒められるくらいには。
アイリスは今までに感じた事がないくらいに充実している。屋敷に戻ってきたチェリシアやペシエラと一緒に食事をしながら、ずっとこんな時間が続いていけばいいなと、静かに願っているのだった。
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