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第八章 二年次
第212話 ペイルの一世一代
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ロゼリアたちが顔を合わせている頃、ペシエラは予選の残りの試合に臨んでいた。姉のチェリシアも商会の出し物に付きっきりなので、応援に来ているのは従者のアイリスと休みをもらったルゼだけである。
(お姉様は来れなくて正解ですわね。写真は撮りまくりますし、顔色をコロコロ変えますし、こっちが落ち着きませんもの)
ペシエラは控え室で出番を待っている。
「おや、ここに居たのか、ペシエラ」
「あら、ペイル殿下ではございませんこと」
座って待機していると、ペイルがやって来た。今年も予選の組が異なり、決勝トーナメントまで当たる事のない相手である。
「昨日の試合を見せてもらったぞ。また腕を上げたようだな」
「ええ。やる事が増えて鍛錬する時間が減ってしまいましたけど、腕を鈍らせるわけには参りませんから、騎士の訓練に参加したりしましたわ」
「相変わらず、熱心な事だな」
ペイルが褒めれば、ペシエラは当たり前だと言わんばかりの返事。これにはペイルも、尊敬と恐れと呆れを同時に抱かざるを得なかった。
「王族の俺もだが、お前も貴族の令嬢なんだから、少しは控えたらどうだ?」
「私は本気で女王になるつもりなのよ? この国の女王は戦いにおいて矢面に立つ事すらありますの。半端な覚悟では務まりませんのよ」
ペイルが心配そうに言ったが、ペシエラはそれを一蹴した。
「私は、過ちを繰り返すわけには参りませんの」
「……」
ペシエラの強い決意の表情を見たペイルは、言葉に詰まってしまった。その表情は、まるで実際にこの世の終わりでも見たかのような、なんとも筆舌し難いものだった。
「……私はあなたを許す事ができませんし、何より自分自身が許せませんの。……そろそろ私の試合が始まりますので、これで失礼しますわ」
鬼気迫るような闘気を纏ったペシエラを、ペイルは黙って見送る事しかできなかった。一体何がペシエラをそこまで突き動かすのか、逆行の事を知らないペイルには、当然ながら知る事はできなかった。
この日、ペシエラの予選リーグの残りの試合がすべて行われたわけだが、誰一人としてペシエラと戦う事ができなかった。去年の事を知っているという事もあるが、今年の覇気を目の前にしては、戦う前に既に勝負が決していたのである。
対戦相手はみな、こう思ったらしい。
(殺される)
そのくらいに、ペシエラの気迫は殺気じみていたのだ。これもすべて、試合前に会いに来たペイルのせいである。余計な事を言って、ペシエラの逆鱗に触れたせいである。
ペシエラは結局、剣を抜く事すらなく、対戦相手を睨みつけただけで終わったのだった。
試合を終えて、控え室に戻るペシエラを待ち構える一つの影があった。
「戦う事すら無しで勝つか……。やはり、ライバルとして相応しい」
ペイルだった。
「何の用ですの? 私は早くお姉様たちのところに行きたいのですけれど、退いて頂けませんこと?」
ペシエラは、邪魔だとはっきり言った。ところが、ペイルはまったく動じない。
「なぁ、シルヴァノよりも俺について来ないか? お前ほどの強者には、相応しい場所だと思うのだが?」
まあなんとも洒落っ気のない口説き文句である。モスグリネはどこか脳筋な国家なのだろうか。
しかしながら、
「淑女を誘うには、品のない言葉ですわね。私の心は既にこの国にありますの。私の因縁はこの国に居てはじめて、断ち切れるというものですわ」
ペシエラの瞳はまっすぐ前を見ている。そこにあるのは、強い決意を秘めた光だった。
「俺の誘いは受けられないと、そう言うのか?」
「その通りですわ。別にモスグリネとケンカをしたいわけではありません。このアイヴォリーの未来をつなぐ事、それが私の使命なだけですわ」
ペシエラの決意を聞いたペイルは、無言でペシエラの横を通り過ぎていく。ペシエラもまた、その姿を無言で見送る。
この時のやり取りは、ペイルにとって一大決心だったのだが、それでもペシエラの固い決意を崩す事はできなかった。
その日、ペイルはただただ悔しくて、ひたすら剣を振り続けていたそうだ。
(お姉様は来れなくて正解ですわね。写真は撮りまくりますし、顔色をコロコロ変えますし、こっちが落ち着きませんもの)
ペシエラは控え室で出番を待っている。
「おや、ここに居たのか、ペシエラ」
「あら、ペイル殿下ではございませんこと」
座って待機していると、ペイルがやって来た。今年も予選の組が異なり、決勝トーナメントまで当たる事のない相手である。
「昨日の試合を見せてもらったぞ。また腕を上げたようだな」
「ええ。やる事が増えて鍛錬する時間が減ってしまいましたけど、腕を鈍らせるわけには参りませんから、騎士の訓練に参加したりしましたわ」
「相変わらず、熱心な事だな」
ペイルが褒めれば、ペシエラは当たり前だと言わんばかりの返事。これにはペイルも、尊敬と恐れと呆れを同時に抱かざるを得なかった。
「王族の俺もだが、お前も貴族の令嬢なんだから、少しは控えたらどうだ?」
「私は本気で女王になるつもりなのよ? この国の女王は戦いにおいて矢面に立つ事すらありますの。半端な覚悟では務まりませんのよ」
ペイルが心配そうに言ったが、ペシエラはそれを一蹴した。
「私は、過ちを繰り返すわけには参りませんの」
「……」
ペシエラの強い決意の表情を見たペイルは、言葉に詰まってしまった。その表情は、まるで実際にこの世の終わりでも見たかのような、なんとも筆舌し難いものだった。
「……私はあなたを許す事ができませんし、何より自分自身が許せませんの。……そろそろ私の試合が始まりますので、これで失礼しますわ」
鬼気迫るような闘気を纏ったペシエラを、ペイルは黙って見送る事しかできなかった。一体何がペシエラをそこまで突き動かすのか、逆行の事を知らないペイルには、当然ながら知る事はできなかった。
この日、ペシエラの予選リーグの残りの試合がすべて行われたわけだが、誰一人としてペシエラと戦う事ができなかった。去年の事を知っているという事もあるが、今年の覇気を目の前にしては、戦う前に既に勝負が決していたのである。
対戦相手はみな、こう思ったらしい。
(殺される)
そのくらいに、ペシエラの気迫は殺気じみていたのだ。これもすべて、試合前に会いに来たペイルのせいである。余計な事を言って、ペシエラの逆鱗に触れたせいである。
ペシエラは結局、剣を抜く事すらなく、対戦相手を睨みつけただけで終わったのだった。
試合を終えて、控え室に戻るペシエラを待ち構える一つの影があった。
「戦う事すら無しで勝つか……。やはり、ライバルとして相応しい」
ペイルだった。
「何の用ですの? 私は早くお姉様たちのところに行きたいのですけれど、退いて頂けませんこと?」
ペシエラは、邪魔だとはっきり言った。ところが、ペイルはまったく動じない。
「なぁ、シルヴァノよりも俺について来ないか? お前ほどの強者には、相応しい場所だと思うのだが?」
まあなんとも洒落っ気のない口説き文句である。モスグリネはどこか脳筋な国家なのだろうか。
しかしながら、
「淑女を誘うには、品のない言葉ですわね。私の心は既にこの国にありますの。私の因縁はこの国に居てはじめて、断ち切れるというものですわ」
ペシエラの瞳はまっすぐ前を見ている。そこにあるのは、強い決意を秘めた光だった。
「俺の誘いは受けられないと、そう言うのか?」
「その通りですわ。別にモスグリネとケンカをしたいわけではありません。このアイヴォリーの未来をつなぐ事、それが私の使命なだけですわ」
ペシエラの決意を聞いたペイルは、無言でペシエラの横を通り過ぎていく。ペシエラもまた、その姿を無言で見送る。
この時のやり取りは、ペイルにとって一大決心だったのだが、それでもペシエラの固い決意を崩す事はできなかった。
その日、ペイルはただただ悔しくて、ひたすら剣を振り続けていたそうだ。
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