313 / 731
第十章 乙女ゲーム最終年
第309話 武術大会・決勝戦
しおりを挟む
決勝戦の相手はまさかのシルヴァノだった。下馬評では接戦、どちらが勝ってもおかしくないというものだった。
「はぁはぁ、間に合ったわね」
「チェリシア、商会は?」
「カーマイル様に見て来いって言われたので、お言葉に甘えて任せて来てしまったわ」
「……お兄様がいいって言うのなら仕方ないわね」
チェリシアが駆け付けた事で、武術大会の会場に役者が勢ぞろいした。
会場は決勝戦を迎えて、盛り上がりは最高潮を迎えていた。そして、ついに司会による前口上が始まった。
「さぁ今年のサンフレア学園武術大会も、残すところ決勝戦だけでございます」
この言葉だけで歓声が飛び交う。どれだけの期待が寄せられているのかが分かる。
「さぁ、両者の準備は整いましたでしょうか?」
武台の上に視線が注がれる。
「やぁ、ペシエラ嬢」
「あら、殿下。何でございましょうか」
シルヴァノが語り掛ければ、ペシエラは返事をする。
「婚約者だからといって手加減はしないですよ」
「それは私とて同じですわ。未来の伴侶となれば、お互いの実力をその身で知っておくのも、悪くはないと思いますわよ」
この会話で両者が構えを取る。その動作を見た観客たちは、世紀の一戦を今か今かと更なる盛り上がりを見せる。
「始め!」
審判の声が響くと、ペシエラもシルヴァノも同時に動いた。
カキーンと剣がぶつかる音が響き渡る。今回も正々堂々と真正面からぶつかり合った。一種の礼儀のようなものでもあるし、相手の出方を窺う探りの手でもあった。
「初めて受けたけど、なるほど、オフライトもペイルも手放しで褒めるわけだ」
「あら、殿下にまで褒められるなんて嬉しい限りですわね」
剣をぶつけ合ったまま、二人は会話している。こんな所でいちゃつくんじゃない。
「ですが、それだけだなんて思わないで下さいませ」
ペシエラの右足が上がる。
「おっと!」
そのまま繰り出されたペシエラの蹴りを、シルヴァノは見事とっさの動きで躱してみせた。ここでペシエラの軸足を蹴れれば良かったのだが、不意を突かれた事と、ペシエラの見事な動きが相まって、距離を取られてしまった。それにしてもペシエラ、ピンヒールで婚約者の腹を蹴ろうとしてはいけない。
「あっ、惜しい」
相手がシルヴァノだという事を忘れて、チェリシアはペシエラの攻撃が躱された事を悔しがった。その横ではアイリスも祈るような気持ちで試合を見守っている。
さて、ペシエラとシルヴァノとの間に距離ができた。次に動くのはどちらだろうか。
「うーん、そんな動きをされるとは予想外だったかな。私の腕では、せいぜい引き分けに持ち込むのが精一杯かも知れないな」
シルヴァノも鍛えてきたつもりだったが、ペシエラの腕前はそれ以上だった。なるほど、オフライトが負けたのも納得できるといった感じである。
「だけど、この国を背負う王子として、簡単に負けるわけにはいきません」
「そうこなくては、ね」
両者睨み合った状態で、しばらく膠着状態が続く。その状態を観客たちは息を飲んで見守った。
しばらくして動いたのはシルヴァノだった。白系統の髪を持つとは言っても、使える魔法は光属性ではない。シルヴァノの周りに浮かんだのは氷の粒だった。シルヴァノは牽制として水魔法を使ったのである。
ペシエラに襲い掛かる氷の粒の嵐。しかし、ペシエラはその動きにくい格好で軽快に避けていく。
「まったく、甘いですわよ!」
避ける事に飽きたペシエラは、一気に火魔法で氷の粒を蒸発させる。これによって武台の上が水蒸気で包まれた。氷の粒に隠れて一撃を狙うつもりだったシルヴァノは、予想外の事で動きを止めてしまった上にペシエラを見失ってしまった。
次の瞬間、背中に何かがぶつかるような衝撃が走る。
「ぐはっ!」
「策士策に溺れる、ですわよ、殿下」
ペシエラの声が聞こえて、シルヴァノは自分を襲った衝撃がペシエラの蹴りである事を理解した。
「ペシ……エラ?」
「この程度、目くらましにもなりませんわよ」
「やっぱり、君は強いな……」
水蒸気が晴れていく。そこから姿を現したのは、仁王立ちするペシエラと、片膝をついたシルヴァノだった。ペシエラの蹴りをまともに食らってしまったシルヴァノは動けそうになかった。
「はぁ、本当に君が婚約者でよかったよ……。私の負けだね」
「ふふっ、賢明な判断ですわね、殿下」
呆然としていた審判だったが、この二人の会話を聞いて我に返った。そして、
「勝者、ペシエラ選手!」
高らかにこう宣言したのだった。
こうして、ロゼリアたち三年次の武術大会は、ペシエラの優勝で幕を閉じたのだった。
その頃、王都の一画では……。
「ぐはっ!」
「がっ!」
壁に叩きつけられる男たち。その目の前には漆黒の髪の執事が立っていた。
「し、使用人風情に、我らの計画が阻止されるなんて……」
唯一吹き飛ばされなかった女も、脇腹を押さえてうずくまっている。
「まったく、諦めの悪い連中だな。我が主人たちの平穏をまだ脅かそうとするとは……」
ニーズヘッグが蔑むように睨みつける。
「ひっ!」
その瞬間、女は恐ろしい物を見てしまった。ニーズヘッグから伸びる影が、龍の形をしていたのだ。それを見た女は逃げようとするが、動けなかった。
「逃げようとしても無駄だ。お前たちの影を縛っておいたからな」
ニーズヘッグはそう言って後ろを振り向く。
「じきに兵士どもが来る。おとなしくしているんだな」
あまりの恐怖に、女どもは静かに項垂れた。
三年次の学園祭は無事に終わったが、その陰にはニーズヘッグたちの奮闘があったのだった。
「はぁはぁ、間に合ったわね」
「チェリシア、商会は?」
「カーマイル様に見て来いって言われたので、お言葉に甘えて任せて来てしまったわ」
「……お兄様がいいって言うのなら仕方ないわね」
チェリシアが駆け付けた事で、武術大会の会場に役者が勢ぞろいした。
会場は決勝戦を迎えて、盛り上がりは最高潮を迎えていた。そして、ついに司会による前口上が始まった。
「さぁ今年のサンフレア学園武術大会も、残すところ決勝戦だけでございます」
この言葉だけで歓声が飛び交う。どれだけの期待が寄せられているのかが分かる。
「さぁ、両者の準備は整いましたでしょうか?」
武台の上に視線が注がれる。
「やぁ、ペシエラ嬢」
「あら、殿下。何でございましょうか」
シルヴァノが語り掛ければ、ペシエラは返事をする。
「婚約者だからといって手加減はしないですよ」
「それは私とて同じですわ。未来の伴侶となれば、お互いの実力をその身で知っておくのも、悪くはないと思いますわよ」
この会話で両者が構えを取る。その動作を見た観客たちは、世紀の一戦を今か今かと更なる盛り上がりを見せる。
「始め!」
審判の声が響くと、ペシエラもシルヴァノも同時に動いた。
カキーンと剣がぶつかる音が響き渡る。今回も正々堂々と真正面からぶつかり合った。一種の礼儀のようなものでもあるし、相手の出方を窺う探りの手でもあった。
「初めて受けたけど、なるほど、オフライトもペイルも手放しで褒めるわけだ」
「あら、殿下にまで褒められるなんて嬉しい限りですわね」
剣をぶつけ合ったまま、二人は会話している。こんな所でいちゃつくんじゃない。
「ですが、それだけだなんて思わないで下さいませ」
ペシエラの右足が上がる。
「おっと!」
そのまま繰り出されたペシエラの蹴りを、シルヴァノは見事とっさの動きで躱してみせた。ここでペシエラの軸足を蹴れれば良かったのだが、不意を突かれた事と、ペシエラの見事な動きが相まって、距離を取られてしまった。それにしてもペシエラ、ピンヒールで婚約者の腹を蹴ろうとしてはいけない。
「あっ、惜しい」
相手がシルヴァノだという事を忘れて、チェリシアはペシエラの攻撃が躱された事を悔しがった。その横ではアイリスも祈るような気持ちで試合を見守っている。
さて、ペシエラとシルヴァノとの間に距離ができた。次に動くのはどちらだろうか。
「うーん、そんな動きをされるとは予想外だったかな。私の腕では、せいぜい引き分けに持ち込むのが精一杯かも知れないな」
シルヴァノも鍛えてきたつもりだったが、ペシエラの腕前はそれ以上だった。なるほど、オフライトが負けたのも納得できるといった感じである。
「だけど、この国を背負う王子として、簡単に負けるわけにはいきません」
「そうこなくては、ね」
両者睨み合った状態で、しばらく膠着状態が続く。その状態を観客たちは息を飲んで見守った。
しばらくして動いたのはシルヴァノだった。白系統の髪を持つとは言っても、使える魔法は光属性ではない。シルヴァノの周りに浮かんだのは氷の粒だった。シルヴァノは牽制として水魔法を使ったのである。
ペシエラに襲い掛かる氷の粒の嵐。しかし、ペシエラはその動きにくい格好で軽快に避けていく。
「まったく、甘いですわよ!」
避ける事に飽きたペシエラは、一気に火魔法で氷の粒を蒸発させる。これによって武台の上が水蒸気で包まれた。氷の粒に隠れて一撃を狙うつもりだったシルヴァノは、予想外の事で動きを止めてしまった上にペシエラを見失ってしまった。
次の瞬間、背中に何かがぶつかるような衝撃が走る。
「ぐはっ!」
「策士策に溺れる、ですわよ、殿下」
ペシエラの声が聞こえて、シルヴァノは自分を襲った衝撃がペシエラの蹴りである事を理解した。
「ペシ……エラ?」
「この程度、目くらましにもなりませんわよ」
「やっぱり、君は強いな……」
水蒸気が晴れていく。そこから姿を現したのは、仁王立ちするペシエラと、片膝をついたシルヴァノだった。ペシエラの蹴りをまともに食らってしまったシルヴァノは動けそうになかった。
「はぁ、本当に君が婚約者でよかったよ……。私の負けだね」
「ふふっ、賢明な判断ですわね、殿下」
呆然としていた審判だったが、この二人の会話を聞いて我に返った。そして、
「勝者、ペシエラ選手!」
高らかにこう宣言したのだった。
こうして、ロゼリアたち三年次の武術大会は、ペシエラの優勝で幕を閉じたのだった。
その頃、王都の一画では……。
「ぐはっ!」
「がっ!」
壁に叩きつけられる男たち。その目の前には漆黒の髪の執事が立っていた。
「し、使用人風情に、我らの計画が阻止されるなんて……」
唯一吹き飛ばされなかった女も、脇腹を押さえてうずくまっている。
「まったく、諦めの悪い連中だな。我が主人たちの平穏をまだ脅かそうとするとは……」
ニーズヘッグが蔑むように睨みつける。
「ひっ!」
その瞬間、女は恐ろしい物を見てしまった。ニーズヘッグから伸びる影が、龍の形をしていたのだ。それを見た女は逃げようとするが、動けなかった。
「逃げようとしても無駄だ。お前たちの影を縛っておいたからな」
ニーズヘッグはそう言って後ろを振り向く。
「じきに兵士どもが来る。おとなしくしているんだな」
あまりの恐怖に、女どもは静かに項垂れた。
三年次の学園祭は無事に終わったが、その陰にはニーズヘッグたちの奮闘があったのだった。
8
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる