逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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最終章 乙女ゲーム後

第343話 直前のざわめき

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 卒業生たちが控室に集まっている。各学生たちは婚約者などを中心に男女ペアを作っていくのだが、当然ながら相手が居ない事も多い。そういう時には侍従や教員などを臨時の相手として入場用のペアを作っていく。アイリスを狙っていた男子学生も居たようで、アイリスの隣に侍女のライが立っているのを見て悔しがっている様子が見受けられた。
「うちのアイリスお姉様を訳の分からない殿方には渡せませんわ」
 ペシエラは当然の事だと言わんばかりに、両手を腰に当てて胸を張っていた。
 だが、これ以上に目立っていたのはやはりロゼリアである。なぜなら隣に立っているのがどう見ても猫だからである。
「本当にあなたが務めるのね、ケットシー」
「そりゃあね。ペイル殿下の婚約者である君は、ボクにとっても重要な相手だからね。モスグリネ王国の内のマゼンダ商会の支所長の席はきちんと空けてあるよ」
「まあ、しっかりしてるわね」
 ケットシーの言い分に呆れるロゼリアである。
「ロゼリア、お前の相手はその毛むくじゃらなのか」
「あら、お兄様」
 ロゼリアのところに、チェリシアのエスコート役のカーマイルがやって来た。
「ええ、そうよ。ペイル殿下の代理で来られたそうよ」
「そうなのか。しかし、そんな化け猫がエスコート役だなんて、兄としては認められないな」
「そうは言われても、これでもケットシーは幻獣で、モスグリネの商業組合の会長ですから、嫌でも断れないわよ」
 ロゼリアにこう言われると、カーマイルは疑いの目でもってケットシーを見た。見るからに怪しい猫なのだから、妹の証言だとはいえ信じられないものである。
「はっはっはっ、お兄さんはなかなか疑り深い性格のようだ。いいね、そういうのは経営者に向いているところもあるんだよ。ほいほいと何でも信じるよりはマシというものだ」
 ケットシーは相変わらず動じる事なく、後ろ手に組んで大笑いをしている。本当に朗らかすぎる。ケットシーの自由さに、初めて会ったカーマイルはついていけないようである。
「いや、本当に見違えましたね。いつもは可愛い感じなのに、今日の感じはとても魅力的ですよ」
 次なる声に反応して顔を向けてみると、そこに立っていたのはシルヴァノだった。王子とはいえここでは一学生なのだ。他の学生と同じように待機しているのである。
「いやですわ、殿下。ずいぶんと酷い事を仰いますのね」
 最低と言わんばかりの評価を下すペシエラだが、顔をよく見れば赤くなっている。婚約者からの誉め言葉に照れ隠しをしたようだ。
「そうでしたね。ペシエラは可愛くて魅力的で、こうも私の心を掴んで離さない運命の女性ひとですからね」
 笑顔で平然とこういう事を言ってのけるシルヴァノ。
(あれ? シルヴァノ殿下ってこんな方でしたっけ?)
 なまじゲームの知識があるだけに、チェリシアは少し混乱していた。うん、君のせいだから。
 さて、長らく続いた歓談も終わりを迎える。
 卒業式が始まり、その入場が始まったのである。
 入場は家督の低い者から始まるので、ロイエールとグレイアは最初の方である。
 ロゼリアたちはアイリス、チェリシア、ロゼリア、ペシエラの順番だ。ロゼリアとペシエラはなにせ婚約者がともに王家なのだから、最後になるのは当然である。だが、そのシルヴァノとペシエラの直前にケットシーと入場する事になるロゼリアの気持ちは、なんとも落ち着かないものだ。何が悲しくて二足歩行の奇妙な猫と一緒に入場しなければならないのか。それならまだ飼い猫を抱えていた方が気が楽というものである。どれだけ嫌がられているのか、ケットシーは。
 そろそろ入場の出番だとロゼリアが身構えた時、ドレスから淡い緑色の光が漏れている。何だろうと思って探ってみると、チャットフォンだった。ペイルから持っておいてくれという伝言を受けて持っていたのを忘れていたようだ。
「ペイル殿下、どうされたのですか?」
『おう、ロゼリア。そろそろ卒業式が始まる頃だと思ってな。そのまま通話を繋げたままにしておいてくれ』
「はい、承知致しました」
 ペイルの言い分を理解できないまま、ロゼリアはチャットフォンを通話状態のままにする。
「よし、ならボクが預かるよ。こうやってボクの肩においてっと……」
 ケットシーがロゼリアからチャットフォンを受け取ると、自分の左肩に突き刺した。すると驚いた事に、チャットフォンがそのままケットシーの左肩で安定しているではないか。
「ボクの毛並みを硬質化させて、支えにしたんだよ。これでボクが逆さまになっても落ちる事は無いよ。安心したまえ」
『ケットシー、親父から聞いていたがなかなか器用な事をするな』
「はっはっはっ、褒めたところで何も出ませんよ、殿下」
『褒めてはないぞ』
 ペイルにそう言われても、ひたすら笑っているケットシー。さすが幻獣は心構えが人とは違うようだ。
「ロゼリア、そろそろ入場ですわよ」
 漫才を繰り広げるロゼリアたちに、ペシエラが声を掛けてきた。
「もうそんな時間なのね。……よし、最後まで堂々とこなします」
 近付く入場の出番に、ロゼリアは気合いを入れ直した。チャットフォン越しとはいえ、婚約者も一緒なのだ。ロゼリアの表情は一層引き締まった。
 そして、公爵令嬢であるプラティナが入場していき、最後となるロゼリアとペシエラ、それとシルヴァノ。三人は無言で頷き合い、そして、会場となる大講堂へと向けて歩き出した。
「いやあ、これが人間の青春というものかねぇ」
 一人ケットシーだけがほのぼのな声を出していた。
 こうして、サンフレア学園での最後のイベントが幕を開けた。
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