逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

文字の大きさ
459 / 731
新章 青色の智姫

第90話 幻獣スキュラ

しおりを挟む
 出現した時はペシエラとチェリシアは構えたものだが、幻獣を名乗ったことでその警戒を解く。
 上半身は美しい女性、下半身は犬の群れという幻獣スキュラ。その姿はチェリシアの前世で聞いた通りのものだった。
「いやぁ、神話についてかじっていたけど、本当にその通りの姿なのね」
「お姉様はご存じで?」
「まぁ、軽くかじった程度だから、詳しくは知らないわ」
 チェリシアから返ってきた言葉に、ペシエラは呆れてため息をついた。何の解決にもなっていないからだ。
 ペシエラとチェリシアのやり取りの後ろで、子どもたちは怯えている。その中ではシアンとフューシャが年長者として前に立って様子を見守っている。
「お姉様、ペシエラ。私、ちょっと話をしてみます」
「ええ。でも、気をつけてね、アイリス」
 ペシエラとチェリシアが心配すると、アイリスはこくりと頷いてスキュラへと近付いていく。
 スキュラも浜辺に上がり、警戒の原因となる犬の部分をスカートの下に隠す。アイリスとの距離が近くなると、スキュラはすっと跪いていた。
「ああ、やっと来て下さったのですね。我が主。ベル様と別れて以来、ずっとこの地で待ち続けておりました」
 まるで涙を流すようにして話すスキュラに、アイリスはどう反応していいのか困っていた。
 それというのも、アイリスは今までも何度かこのプライベートビーチには足を運んでいる。それだというのに、今まで気が付くことがなかったというのだから疑問に感じているのだ。
 でも、スキュラと自分との間に確かな魔力のつながりのようなものを感じるので、スキュラの言葉に嘘はないように思える。
「本当にお懐かしゅうございます。ベル様と同じ魔力に再び出会えるなんて……」
 困ったことにスキュラは涙を流しながら言葉に詰まってしまっていた。
 すっと近寄ってスキュラの頬に手を当てるアイリス。
「それは本当につらかったでしょうね」
「はい……」
 アイリスの問い掛けに小さく頷くスキュラ。
「でも、不思議ですね。何度かここには来ていますのに、今まで気づかれなかったということが」
「えっ」
 アイリスの証言に驚くスキュラ。
「確かにそうですわよ。ここはコーラル領ですから、家を継ぐ事になったアイリスは何度となく来ておりますわ」
「うんうん。まぁ、ニーズヘッグが大体ついて来ていたから、彼のせいかも知れないわよ」
「ににに、ニーズヘッグですって?!」
 チェリシアがニーズヘッグの名前を出した途端、スキュラはものすごい勢いで後退っていく。
 スキュラの様子を見て、やっぱりかと思うペシエラとチェリシア。どうやらニーズヘッグの魔力が強すぎて、スキュラは気が付けなかったようなのだ。
「あ、あの乱暴者までいるのですか? ベル様に近付こうとして何度追い払われたことか……」
 スキュラは拳を握って震えている。当時を思い出して怒りがこみ上げているようだ。
「でも、納得しました。あれがいたのであれば、私は本能的に避けますからね。しかし、微弱ながらにもあの者の魔力を感じるのはなぜでしょうかね」
 スキュラはきょろきょろと辺りを見回している。
「多分、私の子どもたちのせいだと思いますよ」
「主様のお子様たちですか?」
 ペシエラとチェリシアの後ろに隠れる子どもたちに視線を向けるスキュラ。
「あの紫髪の子たちですか。確かに、かすかににおってきますね」
 微妙に険しい表情をするスキュラ。
「実は私の夫なんですよ、ニーズヘッグって」
「そうなんですか、夫……えええっ?!」
 再び後退るスキュラ。今度はさっきよりも後退幅が大きい。
「あの黒トカゲめ……。私たちの至宝に手を出しやがったのですね。分かりました、処しましょう」
 混乱しているのか物騒なことを言い出すスキュラ。ものすごく目が据わっている。どうやらベルの子孫であるアイリスが、ニーズヘッグに取られて憤っているようなのだ。まったく、どれだけスキュラに嫌われているというのだろうか、ニーズヘッグは。
「ああ、でも、私の力ではとてもあの黒トカゲには敵いません。……私はどうしたらよいのでしょうか」
 かと思えば、今度は頭を抱えて騒ぎ始めた。一人で騒がしいものである。
「どうしましょうかね、ペシエラ」
「放っておきましょう。害があるようではないようですからね」
 ペシエラとチェリシアも呆れるばかりだった。
 その後、アイリスはスキュラと契約を交わしていた。新たな契約の証がアイリスに刻まれたのだが、それは左手の小指の爪についていた。あまりに目立つと迷惑かと思って控えめにしたそうだ。
「ご用命がございましたら、いつでも駆けつけます。どうぞ、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ頼みますよ、スキュラ」
 ひと騒動はあったものの、無事に契約を終えたアイリスとスキュラ。
 だが、本当の騒ぎはこれからで、スキュラの登場の際に水が引いたことでシェリアの街は大騒ぎとなっていたのだ。その現象の説明をして騒ぎを治めるのために相当の時間を要し、ペシエラたちは相当に疲れ果てたのだった。
 まったく、行く先々で騒動に巻き込まれるのは勘弁してほしいと思うシアンなのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646

処理中です...