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新章 青色の智姫
第201話 燃える神に挨拶を
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スノールビー。
そこは元は氷山のふもとにある小さな村だった。
冬の間は深い雪に閉ざされてしまういろんな意味での寒村だった。
北にある氷山が実は火山だと分かると、チェリシアが奮起をしてしまい、今はその地熱を利用した一年中暖かくて温かな場所となってしまった。
宿で護衛や侍女たちと別れたペシエラたちは、近くの特別な区域にやってくる。そこは、王家やマゼンダ侯爵家、コーラル伯爵家のための周りから隔離された特別な場所である。
ここには温泉もあるのだが、ペシエラやチェリシアはそれをとりあえず無視してさらに奥へと進んでいく。
「どこに向かわれているのでしょうか」
ダイアが不安がっている。
「大丈夫ですよ。あのペシエラ様なんですからね」
「お、お母様なら、確かに大丈夫ですね」
謎の落ち着かせ方をするシアンだったが、ダイアはなぜかそれで納得してしまった。
その話が聞こえていたペシエラは表情を歪ませたものだが、その隣ではチェリシアが笑っていた。
エアリアルボードを飛ばすこと二十分くらいだろうか。目的の場所に着いたようだ。
「ここも懐かしいですわね」
「初めてやって来た時以来だったかしらね。スノールビーまでは来ても、氷山までは向かわなかったからね」
話をするペシエラとチェリシアの目の前に、見たことのない人が立っていた。
「ようやく来おったか。近くには来ても、我のところまではなかなか来なかったからな。どれだけがっかりしたことか」
「あら、その声はインフェルノですわね」
「人型にもなれたのね」
「無論だ。神獣たる者、ほとんどが人の姿にはなれる。第一、幻獣であるニーズヘッグも人型を取っているではないか。何を驚くことがある」
「それは確かに……」
そうだった。プルネやフューシャたちの父親は、元々厄災の暗龍と呼ばれていた幻獣ニーズヘッグだ。
どう見ても不器用そうなニーズヘッグが人間の姿になれるのだから、インフェルノが人型になれても不思議ではないのだ。
「でも、耳としっぽはそのままですのね」
「ふん、あまり使わん能力だからな」
苦しい言い訳をしている。あまりにもおかしいものだから、チェリシアが笑いを必死にこらえていた。
「それよりもどうだ。我の恵みは」
「ええ、実に立派なものですわ。あの寂れたスノールビーがここまでになりましたもの。インフェルノ様の炎の力があってこそですわね」
ペシエラの答えに、インフェルノはとても満足していたようだった。
「そうだった。少し問いたいのだが、クロノアのやつが来ておらぬか?」
「クロノア? 存じ上げませんね」
ペシエラがとぼけると、インフェルノが複雑怪奇な表情をしている。
「とぼけるな。嘘をつくとただでは済まさぬぞ」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
怒れるインフェルノを前にペシエラが落ち着かせようとしている。後ろではライトとダイアが震えている。
「クロノア様でしたら、確かにいらっしゃいます。ですが、彼女の置かれた状況からすると、ここではっきりと答えるわけには参りませんのよ。知ってますでしょう、彼女が禁法の罰を受けていらっしゃることは」
「う、ぐ……。確かにそうだったな」
ペシエラが耳打ちする言葉に、どうにか納得するインフェルノである。
「うざ絡みをご希望でしたら、ケットシーがいらっしゃってますから、彼にでもしてみたらいいのですよ」
「いや、我もあやつは苦手なのだ。今度ファントムでも来たら、奴と話をすることにしよう」
最初の威勢はどこへやら。インフェルノは次第におとなしくなっていった。
「ライト、ダイア、紹介しますわね。彼は神獣インフェルノ。あのような姿をとっておりますが、本来は体中が燃え上がるような真っ赤な体毛に覆われた大きな狼ですのよ。氷をまとわせたフェンリルとは対になる存在ですわよ」
「あやつの名は出すな。ケンカを吹っかけたくなる」
「あらあら、じゃれ合いでしたら人のいないところでなさって下さらないかしら」
不機嫌そうにするインフェルノに対して、ペシエラは笑いながらさらにからかっていた。これが王妃たる者の胆力なのだろうか。
「インフェルノの本領は雪の中でこそですけれど、その時期ですとシアン様が自国に戻られてしまいますからね。それで、夏休みの今を利用して会いに来たのですわ」
「ふむ。その娘がクロノアがひいきにしていた者か。なるほど、面白い魔力の持ち主だな」
「さすがはインフェルノ。ひと目で見破りましたか」
「三人分の魔力の持ち主など、希少だからな。だが、それでいて本人の魔力がないのだから、なかなかに奇怪よな」
「ケットシーも同じことを言ってましたわね」
ペシエラは去年の年末のことを思い出して頷いている。
「だが、ペシエラ・コーラル。今回来た目的はこれだけではあるまい?」
インフェルノはペシエラに問いかけている。
「いえ、それだけですわ。スノールビーという場所を紹介する上で、インフェルノの存在は欠かせませんもの。わたくしたちは王族ですから、知っておいた方がいいのですわ」
「……、実にお前らしいというかなんというか。そうか……」
どこかがっくりとしているインフェルノである。
「だったら、今夜くらいは一緒に過ごしません? バランス的に男性が少なくて、ライト殿下が少し寂しいと思いますから」
「まあ、構わぬぞ。我の力がどのように扱われているのか、この目で確かめてやりたいからな」
シアンがライトとダイアを落ち着かせて間に、なんだかよく分からない方向に話が進んでいっている。
結果、帰りはインフェルノも同行することが決まる。
つまり、ふもとの村に恵みをもたらした神獣様が降臨する運びになってしまったのである。
そこは元は氷山のふもとにある小さな村だった。
冬の間は深い雪に閉ざされてしまういろんな意味での寒村だった。
北にある氷山が実は火山だと分かると、チェリシアが奮起をしてしまい、今はその地熱を利用した一年中暖かくて温かな場所となってしまった。
宿で護衛や侍女たちと別れたペシエラたちは、近くの特別な区域にやってくる。そこは、王家やマゼンダ侯爵家、コーラル伯爵家のための周りから隔離された特別な場所である。
ここには温泉もあるのだが、ペシエラやチェリシアはそれをとりあえず無視してさらに奥へと進んでいく。
「どこに向かわれているのでしょうか」
ダイアが不安がっている。
「大丈夫ですよ。あのペシエラ様なんですからね」
「お、お母様なら、確かに大丈夫ですね」
謎の落ち着かせ方をするシアンだったが、ダイアはなぜかそれで納得してしまった。
その話が聞こえていたペシエラは表情を歪ませたものだが、その隣ではチェリシアが笑っていた。
エアリアルボードを飛ばすこと二十分くらいだろうか。目的の場所に着いたようだ。
「ここも懐かしいですわね」
「初めてやって来た時以来だったかしらね。スノールビーまでは来ても、氷山までは向かわなかったからね」
話をするペシエラとチェリシアの目の前に、見たことのない人が立っていた。
「ようやく来おったか。近くには来ても、我のところまではなかなか来なかったからな。どれだけがっかりしたことか」
「あら、その声はインフェルノですわね」
「人型にもなれたのね」
「無論だ。神獣たる者、ほとんどが人の姿にはなれる。第一、幻獣であるニーズヘッグも人型を取っているではないか。何を驚くことがある」
「それは確かに……」
そうだった。プルネやフューシャたちの父親は、元々厄災の暗龍と呼ばれていた幻獣ニーズヘッグだ。
どう見ても不器用そうなニーズヘッグが人間の姿になれるのだから、インフェルノが人型になれても不思議ではないのだ。
「でも、耳としっぽはそのままですのね」
「ふん、あまり使わん能力だからな」
苦しい言い訳をしている。あまりにもおかしいものだから、チェリシアが笑いを必死にこらえていた。
「それよりもどうだ。我の恵みは」
「ええ、実に立派なものですわ。あの寂れたスノールビーがここまでになりましたもの。インフェルノ様の炎の力があってこそですわね」
ペシエラの答えに、インフェルノはとても満足していたようだった。
「そうだった。少し問いたいのだが、クロノアのやつが来ておらぬか?」
「クロノア? 存じ上げませんね」
ペシエラがとぼけると、インフェルノが複雑怪奇な表情をしている。
「とぼけるな。嘘をつくとただでは済まさぬぞ」
「まあまあ、落ち着いて下さい」
怒れるインフェルノを前にペシエラが落ち着かせようとしている。後ろではライトとダイアが震えている。
「クロノア様でしたら、確かにいらっしゃいます。ですが、彼女の置かれた状況からすると、ここではっきりと答えるわけには参りませんのよ。知ってますでしょう、彼女が禁法の罰を受けていらっしゃることは」
「う、ぐ……。確かにそうだったな」
ペシエラが耳打ちする言葉に、どうにか納得するインフェルノである。
「うざ絡みをご希望でしたら、ケットシーがいらっしゃってますから、彼にでもしてみたらいいのですよ」
「いや、我もあやつは苦手なのだ。今度ファントムでも来たら、奴と話をすることにしよう」
最初の威勢はどこへやら。インフェルノは次第におとなしくなっていった。
「ライト、ダイア、紹介しますわね。彼は神獣インフェルノ。あのような姿をとっておりますが、本来は体中が燃え上がるような真っ赤な体毛に覆われた大きな狼ですのよ。氷をまとわせたフェンリルとは対になる存在ですわよ」
「あやつの名は出すな。ケンカを吹っかけたくなる」
「あらあら、じゃれ合いでしたら人のいないところでなさって下さらないかしら」
不機嫌そうにするインフェルノに対して、ペシエラは笑いながらさらにからかっていた。これが王妃たる者の胆力なのだろうか。
「インフェルノの本領は雪の中でこそですけれど、その時期ですとシアン様が自国に戻られてしまいますからね。それで、夏休みの今を利用して会いに来たのですわ」
「ふむ。その娘がクロノアがひいきにしていた者か。なるほど、面白い魔力の持ち主だな」
「さすがはインフェルノ。ひと目で見破りましたか」
「三人分の魔力の持ち主など、希少だからな。だが、それでいて本人の魔力がないのだから、なかなかに奇怪よな」
「ケットシーも同じことを言ってましたわね」
ペシエラは去年の年末のことを思い出して頷いている。
「だが、ペシエラ・コーラル。今回来た目的はこれだけではあるまい?」
インフェルノはペシエラに問いかけている。
「いえ、それだけですわ。スノールビーという場所を紹介する上で、インフェルノの存在は欠かせませんもの。わたくしたちは王族ですから、知っておいた方がいいのですわ」
「……、実にお前らしいというかなんというか。そうか……」
どこかがっくりとしているインフェルノである。
「だったら、今夜くらいは一緒に過ごしません? バランス的に男性が少なくて、ライト殿下が少し寂しいと思いますから」
「まあ、構わぬぞ。我の力がどのように扱われているのか、この目で確かめてやりたいからな」
シアンがライトとダイアを落ち着かせて間に、なんだかよく分からない方向に話が進んでいっている。
結果、帰りはインフェルノも同行することが決まる。
つまり、ふもとの村に恵みをもたらした神獣様が降臨する運びになってしまったのである。
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