逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第223話 秘密裏の調査

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 学園祭はあっという間に一日目が終わる。
 部屋に戻ったシアンは、力なくベッドに倒れ込んでいた。
「スミレ、いるかしら」
「はい、ここに」
 シアンが呼ぶと、スミレがすっと姿を見せる。
 幻獣としての能力は封じられているはずなのに、扉も明けずに部屋の中へと姿を見せていた。
「調査は進んでいるかしら」
「アクアマリン子爵家とマゼンダ侯爵家の先祖の調査についてでございますね。申し訳ございませんが、あまり進展はございませんでした」
「そう。……あまり焦らなくてもいいわ。これはただの私の興味なんですから」
「承知しておりますとも。ですが、自分の先祖があのアトランティス帝国と関係しているとあれば、気になるのも無理はございません。デーモンハートに汚染された者たちと根源が同じかと思うと、どことなく不快に感じるでしょうから」
 スミレは淡々と話しているが、これにはちょっと表情を歪ませていた。
「スミレ、なにも全員がデーモンハートに汚染されたわけではないでしょう。アトランティス帝国の国民が、全員帝都やその付近にいたわけではないのですから」
「確かにそうでございますが、深い青系統の髪色は、デーモンハートに汚染された者の証。少なくとも、アクアマリン子爵家は可能性が高いのです」
 スミレに指摘されると、シアンは黙り込むしかなかった。
 このこと自体はティールから聞いた話だからだ。
 かつてのアトランティス帝国は、デーモンハートを用いた実験が原因で帝都を失った。
 その時の失敗が原因で、帝都にいた者たちはデーモンハートの魔力の影響をまともに受けてしまったのだ。その影響のひとつが、紫や藍色といった、濃い青色の髪を持つことだった。
 その者たちの子孫こそが、パープリア男爵家やオニオール子爵家といった者たちに繋がっている。
 ただ、代を重ねるごとにその影響は薄まり、中にはその血筋の宿命から解放された者たちもいる。代表的なのは、アイリスの兄であるヴィオレスだ。
 ヴィオレスはパープリア男爵の長男でありながら、家業に手を染めず、自ら抜け出してノワール家の養子となった。
「アクアマリン子爵家の髪色も、私と同じ明るい青色の髪。しかし、青系統の髪の毛は、アイヴォリー王国の中を見てみても分かる通り、とても希少な髪の色。言い逃れなどできませんよ」
「それは確かにそうではございますが」
 シアンがため息まじりに漏らす言葉に、スミレも反応に困っているようだった。
「トパゼリアの女王を浄化できたとはいえ、アトランティス帝国の影は常にどこかにあります。それにです」
 体を勢いよく起こし、スミレをじっと見据える。
「いくら相手が用意周到に進めてきたとはいえ、魔法に長けた私たちアクアマリンの者が、ああも簡単に不審な連中の暴挙を許してしまった理由も気になります。アトランティス帝国の影響があるというのなら、それで説明がついてしまうんですよ。……悔しいですわ、私は」
 強く唇をかみしめる。あまりにも悔しそうなシアンの姿に、さすがのスミレも心配にならざるを得なかった。
 夕日が差し込む部屋の中で、しばらく沈黙の時が場を支配する。
 しばらくすると、その空気を切り裂くような声が聞こえてきた。
「はっはっはっはっ、お困りかね、シアンくん、スミレくん」
 不快極まりない笑い声。二人に対して「くん」付けで声を掛けてくる人物など、その数は知れていた。
「ケットシー。乙女の部屋に無断で入ってこないで下さいません?」
「はっはっはっ、これは失礼したね。だけど、困っているのなら手を貸さずにはいられないだろう? ほら、チェリシアくんもたまに言っているじゃないか、『猫の手も借りたい』と」
 ケットシーは右手の指一本を立てながら、怪しく笑っている。
「それは単なる比喩の話ですよ。まったく、あなたには関係のない話でしょうに」
「いやいやぁ、ボクはムー王国と関わっているんだよ? アトランティス帝国とは何かと因縁のある王国だからね、アトランティスの話は僕にまったく無関係じゃないのさ」
 にこにこと話すケットシー。その目は相変わらずしっかり閉じられたままだった。
「それにしても、そこに気が付いてしまうとは、さすがはシアンくんだね。ロゼリアくんの運命を変えようと必死に抗っただけのことはある」
 ケットシーは褒めているようだが、漂わせる雰囲気につい苛ついてしまう。
「君はまだ気が付いていないようだけど、アクアマリン子爵家にはもうひとつアトランティス帝国とのつながりを示すものがあるんだ。まあ、これだけ言えば聡明な君はすぐに分かるだろうね」
「……『時渡りの秘法』?」
 ケットシーの言い方で、シアンはすぐにそれが何か分かった。
 アクアマリン子爵家の書庫に秘匿されていた禁法である「時渡りの秘法」だ。
 逆行前にシアンが、自分の主であったロゼリア・マゼンダを救うために探し出した禁法である。
 よく思えば、あの時も不思議だった。
 モスグリネ王国に滅ぼされた後でも、アクアマリン子爵家はそのままずっと残っていたのだ。
 数多くある領地が侵略によって消えていく中、なぜアクアマリン子爵家は無事だったのか。
 逆行後はいろいろ必死だったので忘れていたものの、ケットシーの言葉でシアンはすっかり思い出してしまった。
「……答えはアクアマリン子爵家の書庫にありそうですね」
「おっと、ヒントを与えすぎてしまったかな。それじゃボクはこれで退散するよ」
「ちょっと待ちなさい、ケットシー」
 スミレが手を伸ばすが、かき消すようにケットシーはその姿を消したのだった。
 大きな疑問だけを残して……。
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