596 / 731
新章 青色の智姫
第227話 子爵邸の書庫
しおりを挟む
アクアマリン子爵邸の書庫。
そこは古くからの魔法に関するありとあらゆる知識が納められた場所である。
シアンも逆行前にはよく入っていた場所だ。
逆行後は既にマゼンダ侯爵邸の使用人となっていたので、一度も足を踏み入れていない。
つまり、ここにやって来るのは『時渡りの秘法』のことを調べた時以来、おおよそ四十年ぶりということになる。
「懐かしいですね。特に何も変わっていなくて懐かしいかぎりです」
「シアン様、不用意な言葉には気を付けた方がよいかと」
懐かしさのあまりに声に出てしまうと、すぐさまスミレから指摘が入っていた。
そう、アクアマリン子爵による監視名目である使用人が一人ついてきているからだ。
「聡明に見えて、時々抜けていらっしゃいますからね。私も気が気ではありませんよ」
「それはすみませんね、スミレ」
ひとまず謝っておくシアンである。
昔、時渡りの秘法を調べていた時と、書庫の様子は変わっていない。
逆行前に起きたモスグリネ王国との戦争の時も、不思議なくらいにアクアマリン子爵領はまったく被害のなかった。なので、変わっていないのは当然なのである。
あの本もこの本も、まったく同じ場所にあるので探す手間が省ける。シアンは書庫の中の本の配置をほぼ覚えてしまっていたのだ。
「シアン王女殿下って何者なのですかね。まったく本を探している様子が見受けられないのですが」
「シアン様はシアン様なのです。それ以外の何者だと仰られるのでしょうか」
くすりと笑みを浮かべるスミレは、実にあくどく見えた。
「やめて下さい。書庫で暴れるなんて許しませんよ、私は」
さすがに険悪な雰囲気になったので、シアンはつい止めに入ってしまう。
なにせ自分の生まれ故郷なのだ。何か問題を起こされれば、気が滅入ってしまうというもの。だから必死なのである。
「書庫ではお静かに、二人とも教わりませんでしたか?」
シアンは平静を装いながらにこりと笑う。
さすがに王女に正論を言われてしまえば、二人はおとなしくするしかなかった。
「ねえ、あなたは名前を何と申しますか?」
シアンは監視役の使用人に名前を監視役の使用人に名前を尋ねる。
突然名前を尋ねられて、使用人はどうしたものかと動揺しているようだ。
「私の名前などどうでもよいかと存じます。どうせこの時限りのお付き合いなのですから」
使用人は名前を知られることを拒む。
予想通りだったので、シアンは気にせずに話を進める。
「そうですか、残念ですね。では、代わりに頼みごとを聞いて下さいませんか」
「はえ?」
きょとんとしてしまう使用人。
(ああ、これはしてやられたわ)
名乗りを拒否してしまったので、この頼みまでは断れなかった。
仕方なく、シアンの頼みを聞くことにした使用人なのである。
目的の本を探し出したシアンは、書庫に備え付けられた席で本を読んでいる。
実はこの本のありかもシアンは知っていたのだが、使用人にも見せつけるために、わざと案内を頼んだのである。
「シアン様、その本はまさか……」
「しっ」
スミレが気になって声を掛けるものの、シアンはそっと黙らせておいた。
今シアンが読んでいる本は、アクアマリン子爵家の歴史をまとめた本だ。今もなお一年を終えるごとに編さんされている本である。
転生前のシアンが生きていた頃から順番にさかのぼって、アクアマリンの歴史書に目を通していく。
「スミレ、アクアマリンの歴史ってどのくらい前からなのかしら」
読み進めながらも、スミレに質問をするシアン。
「私でも、正確には把握できておりません。以前の私はそれほど興味ありませんでしたから。父上でしたら、おそらくは……」
この時ばかりは、自分が人間に対して無関心だったことを強く後悔している。
いざという時に役に立てなくて、なにが幻獣か。スミレは強く歯を食いしばっている。
結局、この日はシアンは目的の情報を見つけ出すことはできなかった。
「仕方ありませんね。しばらくは子爵邸に寝泊まりしますので、学園はお休みすると、チェリシア様を通じてお伝えして頂くしかないですね。お母様たちには叱られそうですけれど」
「承知致しました。では、すぐにでも書庫から移動しましょうか。チェリシア様は瞬間移動魔法が使えますので、夕食を済ませてから戻られるでしょうから」
「そちらの方も、よろしいでしょうか」
スミレと話を終えたシアンが、子爵家の使用人に話を振る。
「私は、子爵様の指示に従うだけでございます。ですので、私からの返事は遠慮させて頂きます」
使用人ということを理由に、自分の判断を示さなかった。
自分の使用人時代のこともあるので、シアンはその使用人に対して理解を示す。
本を元の場所に戻したシアンは、書庫を出てチェリシアと合流することにする。
(ようやくここに戻ってきたのです。なんとしてもアクアマリン子爵家の秘密を解き明かしませんと。……自分のことも理解できていないだなんて、悔しいですから)
部屋へと戻るシアンは、決意を秘めたように厳しい表情になっていた。
ひとまずは、子爵邸に留まることができるか、子爵とチェリシアの説得に向かったのである。
そこは古くからの魔法に関するありとあらゆる知識が納められた場所である。
シアンも逆行前にはよく入っていた場所だ。
逆行後は既にマゼンダ侯爵邸の使用人となっていたので、一度も足を踏み入れていない。
つまり、ここにやって来るのは『時渡りの秘法』のことを調べた時以来、おおよそ四十年ぶりということになる。
「懐かしいですね。特に何も変わっていなくて懐かしいかぎりです」
「シアン様、不用意な言葉には気を付けた方がよいかと」
懐かしさのあまりに声に出てしまうと、すぐさまスミレから指摘が入っていた。
そう、アクアマリン子爵による監視名目である使用人が一人ついてきているからだ。
「聡明に見えて、時々抜けていらっしゃいますからね。私も気が気ではありませんよ」
「それはすみませんね、スミレ」
ひとまず謝っておくシアンである。
昔、時渡りの秘法を調べていた時と、書庫の様子は変わっていない。
逆行前に起きたモスグリネ王国との戦争の時も、不思議なくらいにアクアマリン子爵領はまったく被害のなかった。なので、変わっていないのは当然なのである。
あの本もこの本も、まったく同じ場所にあるので探す手間が省ける。シアンは書庫の中の本の配置をほぼ覚えてしまっていたのだ。
「シアン王女殿下って何者なのですかね。まったく本を探している様子が見受けられないのですが」
「シアン様はシアン様なのです。それ以外の何者だと仰られるのでしょうか」
くすりと笑みを浮かべるスミレは、実にあくどく見えた。
「やめて下さい。書庫で暴れるなんて許しませんよ、私は」
さすがに険悪な雰囲気になったので、シアンはつい止めに入ってしまう。
なにせ自分の生まれ故郷なのだ。何か問題を起こされれば、気が滅入ってしまうというもの。だから必死なのである。
「書庫ではお静かに、二人とも教わりませんでしたか?」
シアンは平静を装いながらにこりと笑う。
さすがに王女に正論を言われてしまえば、二人はおとなしくするしかなかった。
「ねえ、あなたは名前を何と申しますか?」
シアンは監視役の使用人に名前を監視役の使用人に名前を尋ねる。
突然名前を尋ねられて、使用人はどうしたものかと動揺しているようだ。
「私の名前などどうでもよいかと存じます。どうせこの時限りのお付き合いなのですから」
使用人は名前を知られることを拒む。
予想通りだったので、シアンは気にせずに話を進める。
「そうですか、残念ですね。では、代わりに頼みごとを聞いて下さいませんか」
「はえ?」
きょとんとしてしまう使用人。
(ああ、これはしてやられたわ)
名乗りを拒否してしまったので、この頼みまでは断れなかった。
仕方なく、シアンの頼みを聞くことにした使用人なのである。
目的の本を探し出したシアンは、書庫に備え付けられた席で本を読んでいる。
実はこの本のありかもシアンは知っていたのだが、使用人にも見せつけるために、わざと案内を頼んだのである。
「シアン様、その本はまさか……」
「しっ」
スミレが気になって声を掛けるものの、シアンはそっと黙らせておいた。
今シアンが読んでいる本は、アクアマリン子爵家の歴史をまとめた本だ。今もなお一年を終えるごとに編さんされている本である。
転生前のシアンが生きていた頃から順番にさかのぼって、アクアマリンの歴史書に目を通していく。
「スミレ、アクアマリンの歴史ってどのくらい前からなのかしら」
読み進めながらも、スミレに質問をするシアン。
「私でも、正確には把握できておりません。以前の私はそれほど興味ありませんでしたから。父上でしたら、おそらくは……」
この時ばかりは、自分が人間に対して無関心だったことを強く後悔している。
いざという時に役に立てなくて、なにが幻獣か。スミレは強く歯を食いしばっている。
結局、この日はシアンは目的の情報を見つけ出すことはできなかった。
「仕方ありませんね。しばらくは子爵邸に寝泊まりしますので、学園はお休みすると、チェリシア様を通じてお伝えして頂くしかないですね。お母様たちには叱られそうですけれど」
「承知致しました。では、すぐにでも書庫から移動しましょうか。チェリシア様は瞬間移動魔法が使えますので、夕食を済ませてから戻られるでしょうから」
「そちらの方も、よろしいでしょうか」
スミレと話を終えたシアンが、子爵家の使用人に話を振る。
「私は、子爵様の指示に従うだけでございます。ですので、私からの返事は遠慮させて頂きます」
使用人ということを理由に、自分の判断を示さなかった。
自分の使用人時代のこともあるので、シアンはその使用人に対して理解を示す。
本を元の場所に戻したシアンは、書庫を出てチェリシアと合流することにする。
(ようやくここに戻ってきたのです。なんとしてもアクアマリン子爵家の秘密を解き明かしませんと。……自分のことも理解できていないだなんて、悔しいですから)
部屋へと戻るシアンは、決意を秘めたように厳しい表情になっていた。
ひとまずは、子爵邸に留まることができるか、子爵とチェリシアの説得に向かったのである。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる