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新章 青色の智姫
第233話 マーリンとの対面
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(お兄様、すっかり髪も白くなってしまって……)
目の前のマーリンは、アクアマリン子爵としての苦労もあっただろうが、すっかりおじいさんといった状態になっていた。
ロゼリアの年齢や自分の今の年齢を考えると、もう六十歳くらいにはなっているはず。
シアンの記憶が確かならば、学生だったロゼリアの侍女をしていた頃の自分が三十前後。そこから少なくとも二十年は経過している。自分との年齢差を考えればそのくらいで間違いない。
しかし、それだけ年老いても、アクアマリンの血族の特徴である魔力の量の多さは相変わらずだ。これでも、本来のシアンに比べれば魔力量が劣るのだから驚きというものだ。
「シアン王女殿下ではございませんか。この年寄りに何の用ですかな」
椅子から立ち上がり、お辞儀をしながら話し掛けてくる。
かつての兄ではあるものの、今は隣国の王女と隠居貴族だ。マーリンが畏まるのは仕方のない話である。
「そこまで畏まらないで下さい。実は、少しお話をしたくてやって参りました」
「ほほう、この私にお話とは……。伺いましょう」
マーリンは使用人に合図を送って、飲み物を用意させる。
部屋の中の応接用のテーブルに案内すると、向かい合って二人は座った。もちろんスミレはシアンの後ろで立っている。
いざマーリンと面会して向かい合ったものの、シアンは何から話をしようかと難しい顔をしていた。
シアンのその顔を見たマーリンは、急に笑い出していた。
「えと、何か?」
急に笑い出すものだから、シアンも不機嫌そうな顔をして問い質している。
「いやぁ、すまない。考え込んでいる姿が、兄弟たちを思い出しましてな。それにしても、シアン王女殿下を見ていると、なぜか懐かしい気持ちになるのですよ。ええ、なぜだか分かりませんが」
マーリンは不可解な気持ちを抱えているようだ。
おそらく、時渡りの秘法の成就によって消えてしまった『シアン・アクアマリン』の存在の記憶がどこかに残っているのだろう。そう感じたシアンは、どことなく胸が苦しくなった。
「そういえば、不思議なことといえば、ここに来る前に子爵邸にいらしたのですよね?」
「はい、アクアマリンの歴史について興味が出たので、少々強引ではありましたが書庫にお邪魔させて頂きました」
「ふむ。では、その書庫に向かう途中に、何も書かれていないプレートがつけられた部屋があったかと思うのですが、お気づきになられましたか?」
「あ、いえ。そこまで気にしていませんので、知りません」
マーリンの質問に戸惑いながら答える。
だが、シアンはその部屋のことは把握していた。かつての自分の部屋だからだ。
時渡りの秘法の成就によって、シアン・アクアマリンの存在は一部を除いてすべて消えてしまった。それゆえ、アクアマリン子爵邸には存在している意味が分からないものがいくつも存在している。今話に出た部屋もそのひとつなのだ。
「そうですか。あの部屋がなぜあるのかは私にも分かりませんが、あの部屋の前を通る時、不思議と立ち止まって視線を送ってしまうのですよね。ええ、なぜだか分かりませんが」
マーリンの話に、シアンは驚いている。
いくら禁法とはいえど、心に刻まれたものを完全に消し去ることはできなかったようだ。
嬉しい反面、兄たちを苦しめていると思うと、心が締め付けられる思いを抱いてしまう。
シアンはつい黙り込んでしまう。
その様子に気が付いたマーリンは、話しやすいようにと話題を切り替えてくる。
「話を戻しましょう。書庫で調べてみた結果、何か面白いことがありましたでしょうか」
書庫での調べ物について尋ねてきたのだ。
「はい、アクアマリン子爵家の歴史でしたが、調べていると興味深いところにたどり着きましたね」
「ほう、それは?」
マーリンの興味をかなり引いたようだ。
「先日お会いした南の隣国トパゼリアと根源を同じとしているところですかね。アトランティス帝国という単語が出てきました」
「アトランティス帝国ですか。おとぎ話のようなものですけど、実際に書かれていたのですか?」
「はい、アクアマリン子爵家にもその血が流れていると、しっかり明記されておりました」
「……それは知らなかったな」
マーリンは本当に知らないようで、あごを抱えて眉をひそめている。
その様子を見たシアンは、もう少し話をしてみるかとさらに踏み込んでみる。
「そこで、マーリン様。禁法というものはご存じでしょうか」
「なに、それは……」
ぴくりと動いて、シアンを睨み付けている。
やはり禁法の話はアクアマリンにとってタブーのようだ。
「禁法がなぜアクアマリンの家にあったのか、今回調べてみてよく分かりました。アトランティス帝国と関わっていたのなら、理由としては十分すぎますからね」
「さすがに王女殿下とはいえ、言っていいことと悪いことがございます。何を根拠に禁法という言葉を口になさるのですか」
さすがのマーリンも声を荒げている。
だけど、シアンは実に落ち着いている。これならば話してもいいなと考えたのだ。
「『時渡りの秘法』、これに聞き覚えはございますかね」
「なぜ、それを知っているんだ」
丁寧な態度と口調はどこかに吹き飛んでいる。
そこに畳みかけるようにシアンは次の言葉を口にする。
「なぜ知っているか。それは、私がその『時渡りの秘法』を実際に使ったからですよ」
あまりの衝撃に、部屋の中はしんと静まり返ったのだった。
目の前のマーリンは、アクアマリン子爵としての苦労もあっただろうが、すっかりおじいさんといった状態になっていた。
ロゼリアの年齢や自分の今の年齢を考えると、もう六十歳くらいにはなっているはず。
シアンの記憶が確かならば、学生だったロゼリアの侍女をしていた頃の自分が三十前後。そこから少なくとも二十年は経過している。自分との年齢差を考えればそのくらいで間違いない。
しかし、それだけ年老いても、アクアマリンの血族の特徴である魔力の量の多さは相変わらずだ。これでも、本来のシアンに比べれば魔力量が劣るのだから驚きというものだ。
「シアン王女殿下ではございませんか。この年寄りに何の用ですかな」
椅子から立ち上がり、お辞儀をしながら話し掛けてくる。
かつての兄ではあるものの、今は隣国の王女と隠居貴族だ。マーリンが畏まるのは仕方のない話である。
「そこまで畏まらないで下さい。実は、少しお話をしたくてやって参りました」
「ほほう、この私にお話とは……。伺いましょう」
マーリンは使用人に合図を送って、飲み物を用意させる。
部屋の中の応接用のテーブルに案内すると、向かい合って二人は座った。もちろんスミレはシアンの後ろで立っている。
いざマーリンと面会して向かい合ったものの、シアンは何から話をしようかと難しい顔をしていた。
シアンのその顔を見たマーリンは、急に笑い出していた。
「えと、何か?」
急に笑い出すものだから、シアンも不機嫌そうな顔をして問い質している。
「いやぁ、すまない。考え込んでいる姿が、兄弟たちを思い出しましてな。それにしても、シアン王女殿下を見ていると、なぜか懐かしい気持ちになるのですよ。ええ、なぜだか分かりませんが」
マーリンは不可解な気持ちを抱えているようだ。
おそらく、時渡りの秘法の成就によって消えてしまった『シアン・アクアマリン』の存在の記憶がどこかに残っているのだろう。そう感じたシアンは、どことなく胸が苦しくなった。
「そういえば、不思議なことといえば、ここに来る前に子爵邸にいらしたのですよね?」
「はい、アクアマリンの歴史について興味が出たので、少々強引ではありましたが書庫にお邪魔させて頂きました」
「ふむ。では、その書庫に向かう途中に、何も書かれていないプレートがつけられた部屋があったかと思うのですが、お気づきになられましたか?」
「あ、いえ。そこまで気にしていませんので、知りません」
マーリンの質問に戸惑いながら答える。
だが、シアンはその部屋のことは把握していた。かつての自分の部屋だからだ。
時渡りの秘法の成就によって、シアン・アクアマリンの存在は一部を除いてすべて消えてしまった。それゆえ、アクアマリン子爵邸には存在している意味が分からないものがいくつも存在している。今話に出た部屋もそのひとつなのだ。
「そうですか。あの部屋がなぜあるのかは私にも分かりませんが、あの部屋の前を通る時、不思議と立ち止まって視線を送ってしまうのですよね。ええ、なぜだか分かりませんが」
マーリンの話に、シアンは驚いている。
いくら禁法とはいえど、心に刻まれたものを完全に消し去ることはできなかったようだ。
嬉しい反面、兄たちを苦しめていると思うと、心が締め付けられる思いを抱いてしまう。
シアンはつい黙り込んでしまう。
その様子に気が付いたマーリンは、話しやすいようにと話題を切り替えてくる。
「話を戻しましょう。書庫で調べてみた結果、何か面白いことがありましたでしょうか」
書庫での調べ物について尋ねてきたのだ。
「はい、アクアマリン子爵家の歴史でしたが、調べていると興味深いところにたどり着きましたね」
「ほう、それは?」
マーリンの興味をかなり引いたようだ。
「先日お会いした南の隣国トパゼリアと根源を同じとしているところですかね。アトランティス帝国という単語が出てきました」
「アトランティス帝国ですか。おとぎ話のようなものですけど、実際に書かれていたのですか?」
「はい、アクアマリン子爵家にもその血が流れていると、しっかり明記されておりました」
「……それは知らなかったな」
マーリンは本当に知らないようで、あごを抱えて眉をひそめている。
その様子を見たシアンは、もう少し話をしてみるかとさらに踏み込んでみる。
「そこで、マーリン様。禁法というものはご存じでしょうか」
「なに、それは……」
ぴくりと動いて、シアンを睨み付けている。
やはり禁法の話はアクアマリンにとってタブーのようだ。
「禁法がなぜアクアマリンの家にあったのか、今回調べてみてよく分かりました。アトランティス帝国と関わっていたのなら、理由としては十分すぎますからね」
「さすがに王女殿下とはいえ、言っていいことと悪いことがございます。何を根拠に禁法という言葉を口になさるのですか」
さすがのマーリンも声を荒げている。
だけど、シアンは実に落ち着いている。これならば話してもいいなと考えたのだ。
「『時渡りの秘法』、これに聞き覚えはございますかね」
「なぜ、それを知っているんだ」
丁寧な態度と口調はどこかに吹き飛んでいる。
そこに畳みかけるようにシアンは次の言葉を口にする。
「なぜ知っているか。それは、私がその『時渡りの秘法』を実際に使ったからですよ」
あまりの衝撃に、部屋の中はしんと静まり返ったのだった。
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