逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第252話 燃える時

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 スミレによる特訓が始まって二日後、ついに進展があった。
「ぬうううう……、はっ!」
 シアンの目の前に置かれたカップが自分の机からテーブルへと一瞬で移動する。
「はあぁ、ようやく物の移動ができるようになりましたよ……」
 紅茶が入ったカップと受け皿をたった数メートル移動させただけで、シアンは疲労たっぷりになっていた。瞬間移動魔法というものがようやく使えるようになったとはいえ、まだかなり力んでしまうからだ。
「おめでとうございます。まだ数メートルとはいえども、無事に物を転移できるようになりましたね。ですが、まだまだ未熟ですね。最終的には自分を含めて複数人を、モスグリネの城からカイスへ飛ばせるくらいになってもらいたいものです」
「え~……、どれだけの魔力を消耗しなければならないのよ、それ……」
 スミレから出された課題の難しさに、シアンは机の上に突っ伏してしまう。
「ペシエラ様もチェリシア様も、そのくらいできますよ。シアン様はそこに比肩できるほどの魔力持ち主なのです。諦めてはいけませんよ」
 スミレから激励のような言葉を受けるシアンだが、自分自身にはそこまでの自覚はまったくなかった。魔力を取り戻した今だからよく分かる、あの二人の規格外の魔力である。
 だからこそ、自分にそこまでの魔力があるのかということに、つい疑いを持ってしまうのだ。
 しかし、スミレに確認してみても「持ってます」の一点張り。転生前からの付き合いであるので、これ以上疑うことのできないシアンなのである。
「ちょうどテーブルに飲み物が来ましたので、ここで一度休憩に致しましょう」
 シアンにそう告げると、スミレは一度部屋を出ていった。
 一人待つことになったシアンは、先程転移させた紅茶を口に付ける。
「うん、味は変わっていませんね」
 魔法で転移させたことで味に変化があるかと思われたが、特に問題はなかったようだ。
 スミレの説明によると、不十分な転移では物体に何かしらの変異が見られることもあるらしい。なので、シアンは味が変わらなかったことに安堵の表情を浮かべたのだ。
「お待たせしました、シアン様」
「おかえりなさい、スミレ」
 しばらくするとおかわりとお菓子を持ったスミレが戻ってくる。
「どうやら、紅茶は変質していなかったようですね。それならばもっと慣らしていけば、瞬間移動魔法もすぐにマスターできるでしょう。それ以外にの収納空間も覚えて頂きませんとね」
「えっ、それも覚えるのですか」
「当たり前です。シアン様のような逸材が、あの二人に劣っては困るのです。あの二人ははっきり言いまして特異点。私ども幻獣や神獣ですら予測していなかった特殊な存在なのです」
 紅茶のおかわりを淹れながら、スミレはシアンに力説している。これにはシアンは困惑するばかりである。
 転生してから初めて使った水魔法がとんでもなかったことは覚えているものの、自分がそこまですごい人物なのかといわれると首を傾げてしまう。それがシアンの今の見解なのである。
 困った顔を見せるシアンを見ながら、スミレは心の中でため息をついていた。
 それというのも、シアンが知らず知らずに自分でストッパーをかけてしまっていることに気が付いているからだ。
 おそらくロゼリアの下で使用人の生活を長く続けていたことに加えて、魔力を失っていた時間が長かったからだろう。そのために、自分はこんなものだという無意識のブレーキを生み出してしまっているのである。
(本当にもったいないですね。これほどの才能あふれる人物を、このままくすぶらせていいものでしょうか……)
 スミレも使用人として難しい立場にいる。
 シアンには魔法の素養が満ちあふれている。このまま眠らせたままにしてはおけないし、かといって急激に解放するとどのような影響をもたらすのかも分からない。
 幻獣という立場からすれば、無理やりにでも解放させてしまうところだろうが、今のスミレは使用人であるので非常に難しい立ち位置にいるのである。
(ですが、学園が始まるまでに瞬間移動魔法を確実に使いこなせるようにするためには、四の五の言っていられませんね。多少は無茶をしてでも、必ず習得させてみせます)
 慎重にいこうかと思ったのも束の間、やっぱり厳しく鍛えることを誓うスミレなのだった。
「さあ、シアン様。休憩が終われば特訓再開です。なんとしても年内には自分自身をせめて商業組合まで転移できるようにしますよ」
「ははっ、ずいぶんとやる気が出ていますね。淡々としていたクロノアはどこに行ったのでしょうか」
「今の私は、シアン様を鍛えるという使命があります。そのためだったら、多少自分を投げ捨ててでもやり遂げますよ」
 あまりにも熱く力説するので、さすがのシアンもちょっと引いてしまうのだった。

 年が明けるまで、残すは冬の三の月のみ。二十日程度の短い期間で、シアンは無事に瞬間転移魔法を習得することができるのだろうか。
 スミレによる熱い猛特訓が、今まさに始まろうとしているのだった。
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