逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

文字の大きさ
636 / 731
新章 青色の智姫

第267話 子爵領別邸へ

しおりを挟む
 翌日の夕方にはもうアクアマリン子爵領に到着していた。
 子爵領の入口は複雑な地形をしているので、馬車で来ようとするとその地形のせいで時間がかかってしまう。
 だが、エアリアルボードならその複雑な地形の一切を無視してやって来ることができるのだ。
「に、二週間近くはかかる道のりを、たったの二日で……。恐ろしく速いですね」
「少し飛ばしましたのでね。さあ、マーリン様にご挨拶をしましょう」
 シアンはすごくにこやかな表情をしている。
 それはもう、自分の兄に久しぶりに会えるのだから嬉しくてたまらないのだ。
 別にシアンはマーリンに対して特別な感情を抱いているわけじゃない。ただ、領主を押し付けてしまって申し訳なかったかなという程度である。
 だが、兄に会えることよりもさらにシアンが楽しみにしているのは、この別邸にも置かれている魔導書の数々だ。
 もちろん本邸には劣るものの、このサファイア湖のほとりの別邸にも本邸と同じ本が置いてある。これは、先日先触れに来た時に教えてもらったことなのだ。
「マーリン様に許可を頂ければ、この別邸の書物をヒスイ様もお読みいただくことができると思いますよ」
「それはいいですね! 他家のものとはいえ、魔導書は魔法一門としてはとても興味があります。ぜひとも、ええぜひとも」
 ヒスイが魔導書と聞いてテンションが上がっている。さすがはモスグリネ有数の魔法一門である。

 シアンたちはアクアマリン子爵別邸に到着する。
 警備兵に挨拶をすると、シアンたちは問題なく中へと入っていけた。大量に持ってきた荷物は、使用人たちが部屋へと運んでくれている。
「お久しぶりです、マーリン・アクアマリン様」
 マーリンの部屋に通されたシアンは、丁寧に挨拶をする。
 マーリンは既に隠居をしているために、子爵という言葉は省かれている。
「これはシアン王女殿下。まさか今年もお越しになられるとは思っても見ませんでしたよ。とはいえ、先んじて挨拶に来られましたので、準備は整っております。ぜひともゆっくりお過ごし下さい」
「はい、一週間ほどお世話になります」
 シアンとの挨拶を終えると、今度はヒスイの方へと目を向ける。
「そちらのお嬢さんは初めて見る顔ですな。私はマーリン・アクアマリンと申す者。お名前を伺ってもよろしいですかな」
「ヒスイ・ネフライトと申します。こちらは私の侍女でコハク・ネフライトと申します」
 ヒスイの自己紹介を聞いて、マーリンはすぐにピンと来たようだ。
「ほう、モスグリネの魔法一門が来られたのですか。幼い頃は学びが必要。私どもアクアマリンでよければ、お役に立ちましょう。両国の間柄ですし、遠慮なくお聞き下さい」
「はい、ありがとうございます」
 マーリンの申し出に、どことなく嬉しそうな表情を見せるヒスイだった。
 シアンは喜んで入るようだが、使用人であるコハクもまさかネフライト一門だとは思わなかった。
「ソウハク、みなさんをお部屋に案内なさい」
「畏まりました、大旦那様」
 ソウハクと呼ばれた執事が、シアンたちを部屋へと案内していく。
「しばらくするとサンフレア学園の方々がいらっしゃいますので、たった一部屋しかご用意できないことをおわび申し上げます」
「いえ、こちらはそれを承知でやって来たのですから、文句は言いません。一部屋でもあるのなら、それでいいのです」
 ソウハクの釈明に、シアンはこちらの無茶が原因だからとまったく咎めることはなかった。
 用意された部屋の前では、使用人たちが荷物を運び入れるために慌ただしく動いていた。
 よくよく思えば、何をこんなに持ってきたのか不思議でならなかった。なにせ、シアンの持ってきたものはあまり多くなかったのだから。
「も、申し訳ございません。旅行など経験がなかったので、あれもこれもといっている間に荷物が増えてしまったのです」
 今さらながらに謝罪してくるヒスイである。最初に言わなかったので、これもまたシアンはあまり責めはしなかった。
「いえいえ、次から気を付ければいいだけです。エアリアルボードに全部載ったのですから問題はありませんよ」
 くすくすと笑っていられるくらいにシアンは余裕だった。
「さて、今日はもう日が暮れますし、周囲の散策はまた明日にでもしましょう。ゆっくり休みましょう」
「はい、シアン様」
 二人は部屋に運び込まれた荷物のチェックを行うと、お風呂と夕食をしっかりと堪能してその日はもう休むことにした。
 サンフレア学園の学生たちがここにやって来るのは四日後だ。
 それまでの間に、できる限りヒスイにアクアマリンの案内をしておこうとシアンは考えている。

 夜中、ヒスイは疲れてしまったのか、コハクともども既に夢の中だった。
「ふふっ、気に入ってもらえると嬉しいのですけれどね」
「根っからのモスグリネの方ですが、きっと気に入ると思いますよ」
 すでに眠りについたヒスイたちを見ながら、シアンとスミレは話をしている。
「さて、シアン様もそろそろお休みになって下さい。エアリアルボードを丸二日間も使用されていたのですから」
「そうですね。それではおやすみなさい、スミレ」
「お休み下さいませ、シアン様」
 あれだけ魔法を使ったのに、まだまだ元気そうなシアン。だけど、スミレがさすがにうるさいので、仕方なく目を閉じて眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...