逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第276話 想いの乗せて

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 モーフの目の前では、シアンの魔力が放った大旋風が起きている。
 さすがは転生者であるシアンと同じくらいの魔力を持っているだけのことはある。これほど巨大な竜巻を起こしながらも、まったく勢いが衰えることなく、その場で渦を巻き続けている。
 モーフはその辺に転がっている石ころを試しに投げてみるが、簡単に弾かれてしまっている。
(跳ね返った石はもろく粉々に砕けてしまっています。いくら試練の中とはいえ、あの中に入っては無事ですまないでしょうね……)
 あまりにも強力な風の威力に、モーフはごくりと息を飲んでしまう。
 自分と同じ風属性を持って生まれたというのに、ここまで強力な風属性を操れるのかと、つい羨んでしまう。
 だが、いつまでもそれを見ているわけにはいかない。今は精霊の試験の真っ最中なのだ。
 モーフが試験に合格する条件は、シアンに勝つことに間違いないはず。
(姉上に勝たなければ……)
 モーフは再び剣をしっかりと握る。
 改めてシアンを取り囲む風の渦をしっかりと見据える。
 あの風の渦の強度を上回らないと、どんなに頑張ってもシアンに攻撃は届かない。モーフは今一度しっかりと剣を握りしめる。
(今の僕に、あの風を打ち破れるでしょうか……。いえ、やらなくてはいけないんです!)
 今一度、剣を握る手に力が入る。
 剣で斬り裂きにいっても跳ね返されるのならばと、モーフは剣に風をまとわせ始める。
「はああああ……っ!」
 モスグリネ王家の血筋らしく、風魔法の扱いはモーフもそれなりに得意だ。ただし、ペイル同様にあまり上手ではない。魔法を得意とするシアンの魔法に打ち勝てる可能性は、あまり高くなさそうだった。
(姉上がいわれるには、魔法は想像力……。だったら、弱い魔力でもきっとこの魔法の壁を打ち破れるはずです)
 風を切り裂くイメージを頭に思い浮かべるモーフ。そのイメージが固まったところで、一度閉じた目を一気に開く。
「はあああっ、斬り裂け!」
 剣に集まっていた風を、剣の振り抜きとともに風に向かって放つ。
「どうだ!」
 剣から放たれた風が当たった部分が、ほんの少しだけ開く。
 しかし、すぐに閉じてしまう。全然通じているようには見えないくらい一瞬だった。
「姉上?!」
 だが、その一瞬でも中の様子を見逃さなかった。
 中ではシアンが苦しんでいるように見えたのだ。
 それもそうだろう。これだけの強力な風を維持し続けるのだ。魔力の消耗は相当に激しいはずである。
「姉上……」
 その姿が見えたのなら、魔力切れを狙うのもひとつの手であろう。
 しかし、モーフはシアンの弟だ。姉弟でそんな非情な気持ちが浮かぶわけがないのである。
(僕のために、姉上が体を張ってくれている。ならば、僕はその思いに応えるだけ!)
 再びモーフは剣を構えて、魔力を剣に集中させる。
「はあああああ……っ!」
 先程よりも強い魔力が、剣に風となってまとわりつき始める。
 今までに見たことのないくらい強力な風だ。
「姉上、今、力をお見せします!」
 目の前の大竜巻をしっかりと見据えて、モーフは一気に駆け寄っていく。
「斬り裂け!」
 思い切り振りかぶって、剣を竜巻に向けて振り下ろす。

 ズバッ!

 モーフの思いが、ついに風を完全に斬り裂いた。
「姉上、大丈夫ですか!」
 できた隙間から中へと入り、シアンへと駆け寄る。
 少しふらついてはいるものの、シアンの意識はまだしっかりしているようだ。
「モーフ、あの風を切り裂いたのね」
 シアンは少々苦しそうながらも、モーフの顔を見て微笑んでいる。
 どうやら安心したらしく、手を上に伸ばしてくるりと風の向きとは逆方向に回す。
 それを合図に、周りに渦巻いていた風は、一気にその姿を消してしまっていた。
「こ、これは?」
「試練は合格よ、モーフ。私は疲れたわ、元の形に戻るとするわね」
「姉上?!」
 モーフが抱える中、シアンの体が緑色に光り始める。
「あなたも立派になったわね。私の力、正しく使いこなしてちょうだいね……」
 シアンはそういうと、緑色の光となってモーフの中へと吸い込まれていった。
 魔力の塊だったシアンが元に戻ったため、周りの空間は色を失い、外への扉がゆっくりと開く。
 真っ暗な空間の中、精霊の試練の扉だけが明るく光り輝いている。
「……戻りましょう」
 どことなく虚しい気持ちになるモーフだったが、シアンの魔力は確かに自分の中に存在している。
「……あの人も確かに僕の姉上だ。見ていて下さい、僕はきっと立派な王になってみせますから」
 ぽつりと呟いて、扉の外へと出たのだった。

 ―――

 ちょうどその頃、森の入口では。
「シアン様、どうなさったのですか?」
 隣に立っているシアンの様子に気が付いたスミレが驚いている。
 それというのも、急に涙を流し始めたからだ。
「いえ、なんでもありませんよ」
 涙を拭いながら、シアンはスミレに答えていた。
(そうですか。やりましたね、モーフ。もう一人の私、本当にありがとうございました)
 胸にそっと手を当て、目を閉じて心の中で魔力の塊となったもう一人の自分にお礼を言うのだった。
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