676 / 731
新章 青色の智姫
第307話 時渡りの置き土産
しおりを挟む
スミレが不安がるのも無理もない。
時間というのは運命と密接に関係しているものなのだから。
急にこんな不安が襲い掛かるのは、十八歳と卒業という二つのワードが揃ったからだ。
時渡りの秘法を発動した理由というものが、ロゼリアの処刑をなかったことにしてその運命を変えるというものだった。
そのロゼリアの処刑というのが、十八歳の卒業の日からちょうど一年が経った日のこと。
つまり、十八歳で学園を卒業して、その一年後にパーティーに参加すると、何かが起きる可能性があるということだ。
時の幻獣としての力を失っている今、スミレに感知できるのはここまでだった。
(こんな時に幻獣の力を失っているなんて、なんて役立たずなのかしら……!)
今の自分の状態を、これほどまでに恨んだことはなかった。
シアンの禁法である時渡りの秘法を発動させてから、四十年近くが経つ。
それほどまでに長い付き合いともなると、さすがのスミレにも情のようなものが湧くというものだ。それゆえにこれほどの焦りを感じているのだろう。
だが、一方で、時の幻獣として運命に逆らうのはどうだろうかという気持ちもある。
時渡りの秘法という運命に逆らう魔法を使い、その捻じ曲げた運命への代償が、使用者の消滅というものだった。
だが、十八年前のスミレは、その消滅に抗ったのだ。そのことによる揺り返しが、『十八歳』『卒業』『一年後のパーティー』という引き金を引こうとしているのである。
(……さすがに留年なんていう不名誉なことはさせられません。となれば、一年後のパーティー、これをどうにかしなければなりませんね)
スミレは時の幻獣としての知識をどうにかフル稼働させて、問題を洗い出していく。
なんとしてもロゼリアの時とは違う状況を作り出さなければならない。
(もし揃ってしまえば、あの時のロゼリアの代わりに、本当にシアン様は持っていかれてしまう……。それはなんとしても防ぎませんとね)
スミレは思いの外、シアンのことを気に言っているようだった。ここまで入れ込んでしまうなど、過去の自分からしたら到底考えられないことだっただろう。
翌日、シアンたちが学園にいる間、スミレはとある場所を訪れる。
(まさか、自分からここに出向くことになると思いませんでしたね……)
目の前に建つのはモスグリネ王国の商業組合だ。
そう、スミレはケットシーに相談するために訪れたのである。
中では今日も職員たちが慌ただしく動いている。窓口では多くの商人たちと交渉の真っ只中である。
そんな中、スミレはケットシーに会うために窓口のひとつに並ぼうとしていた。
「やあやあ、君が来るなんて珍しいね。そんなところに並ばないで、こっちへ来たらどうだい」
「ケットシー」
向こうからやって来た。
これはなんとも願ったり叶ったりである。
「ちょうどよかったです、ケットシー。急にですけれどあなたに相談したいことができましてね」
「おっと、それはここで話さない方がいいんじゃないかな。君が何を相談しに来たのかは、分かっているよ。さあ、ボクの部屋においで」
ケットシーに駆け寄っていくスミレだったが、そのケットシーには釘を刺されてしまった。
確かに周りには多くの人がいる。とてもこの状況で話せることではなかったので、スミレは黙ってしまう。
ケットシーに従って、黙り込んだまま部屋までやって来たスミレ。
ストロアがやって来て紅茶が置かれると、ケットシーはストロアに少しの間の代わりを頼んでいた。
「さて、それでは話を聞こうかな、クロノアくん」
ストロアが部屋を出ていき、人払いが完了すると、ケットシーはスミレに話し掛けている。
「もう言わなくても分かっているのでしょう?」
「まあね。その辺の勘に関しては、ボクはどの幻獣よりも優れているからね。まあ、神獣には敵わないのもいるがね」
いつものように胡散くさい笑顔を見せている。
「分かっている相手にあえて言うのもなんですけれど、シアン様のことですよ」
「うん、だろうね。時渡りの秘法の呪縛の話だよね」
「やっぱり分かってるんですか、あなたは……」
しれっと飛び出した言葉に、スミレは呆れるしかなかった。
まったく、同じ幻獣だというのに食えない相手だ。スミレは改めて思っている。
「それがボクだからね。結論から言うと、回避できなくはない。キーワードさえ揃えなければね」
「……やっぱりそうですか」
「ああ、条件が近ければ近いほど、時渡りの秘法の拘束は強くなる。逆にいえば、条件を一個でも外すことができれば、回避できる可能性は高くなるんだよ」
ケットシーの言葉を、スミレは黙って聞いている。
「まっ、ここまでいろいろと回避し続けた君たちだ。条件が揃ったとしても、どうにかできる可能性はあると思うけどね」
ケットシーは笑顔を崩さずに話を続けている。
スミレだってそう思いたいはずだ。だが、時間というものを司っている彼女には、どうしても運命というものは重すぎる。
「ずいぶんと思い詰めているようだね。だけど、それは逆効果だよ。思い込みは束縛を強めるからね」
「そう、ですね……」
結局、いろいろとケットシーに諭されてしまったスミレなのである。
「そうだね、心配はしないでおくれ。ボクだって同じ懸念は抱いているさ。ここまでいろいろ楽しませてくれた君たちのためだ。一肌ぐらい脱ぐってものさ」
「ええ、頼りにしてますよ」
この時ばかりは、ひょうひょうとしたケットシーが心強く思えたスミレ。少し気が楽になったのか、来た時よりも少し明るくなって帰っていったようだった。
時間というのは運命と密接に関係しているものなのだから。
急にこんな不安が襲い掛かるのは、十八歳と卒業という二つのワードが揃ったからだ。
時渡りの秘法を発動した理由というものが、ロゼリアの処刑をなかったことにしてその運命を変えるというものだった。
そのロゼリアの処刑というのが、十八歳の卒業の日からちょうど一年が経った日のこと。
つまり、十八歳で学園を卒業して、その一年後にパーティーに参加すると、何かが起きる可能性があるということだ。
時の幻獣としての力を失っている今、スミレに感知できるのはここまでだった。
(こんな時に幻獣の力を失っているなんて、なんて役立たずなのかしら……!)
今の自分の状態を、これほどまでに恨んだことはなかった。
シアンの禁法である時渡りの秘法を発動させてから、四十年近くが経つ。
それほどまでに長い付き合いともなると、さすがのスミレにも情のようなものが湧くというものだ。それゆえにこれほどの焦りを感じているのだろう。
だが、一方で、時の幻獣として運命に逆らうのはどうだろうかという気持ちもある。
時渡りの秘法という運命に逆らう魔法を使い、その捻じ曲げた運命への代償が、使用者の消滅というものだった。
だが、十八年前のスミレは、その消滅に抗ったのだ。そのことによる揺り返しが、『十八歳』『卒業』『一年後のパーティー』という引き金を引こうとしているのである。
(……さすがに留年なんていう不名誉なことはさせられません。となれば、一年後のパーティー、これをどうにかしなければなりませんね)
スミレは時の幻獣としての知識をどうにかフル稼働させて、問題を洗い出していく。
なんとしてもロゼリアの時とは違う状況を作り出さなければならない。
(もし揃ってしまえば、あの時のロゼリアの代わりに、本当にシアン様は持っていかれてしまう……。それはなんとしても防ぎませんとね)
スミレは思いの外、シアンのことを気に言っているようだった。ここまで入れ込んでしまうなど、過去の自分からしたら到底考えられないことだっただろう。
翌日、シアンたちが学園にいる間、スミレはとある場所を訪れる。
(まさか、自分からここに出向くことになると思いませんでしたね……)
目の前に建つのはモスグリネ王国の商業組合だ。
そう、スミレはケットシーに相談するために訪れたのである。
中では今日も職員たちが慌ただしく動いている。窓口では多くの商人たちと交渉の真っ只中である。
そんな中、スミレはケットシーに会うために窓口のひとつに並ぼうとしていた。
「やあやあ、君が来るなんて珍しいね。そんなところに並ばないで、こっちへ来たらどうだい」
「ケットシー」
向こうからやって来た。
これはなんとも願ったり叶ったりである。
「ちょうどよかったです、ケットシー。急にですけれどあなたに相談したいことができましてね」
「おっと、それはここで話さない方がいいんじゃないかな。君が何を相談しに来たのかは、分かっているよ。さあ、ボクの部屋においで」
ケットシーに駆け寄っていくスミレだったが、そのケットシーには釘を刺されてしまった。
確かに周りには多くの人がいる。とてもこの状況で話せることではなかったので、スミレは黙ってしまう。
ケットシーに従って、黙り込んだまま部屋までやって来たスミレ。
ストロアがやって来て紅茶が置かれると、ケットシーはストロアに少しの間の代わりを頼んでいた。
「さて、それでは話を聞こうかな、クロノアくん」
ストロアが部屋を出ていき、人払いが完了すると、ケットシーはスミレに話し掛けている。
「もう言わなくても分かっているのでしょう?」
「まあね。その辺の勘に関しては、ボクはどの幻獣よりも優れているからね。まあ、神獣には敵わないのもいるがね」
いつものように胡散くさい笑顔を見せている。
「分かっている相手にあえて言うのもなんですけれど、シアン様のことですよ」
「うん、だろうね。時渡りの秘法の呪縛の話だよね」
「やっぱり分かってるんですか、あなたは……」
しれっと飛び出した言葉に、スミレは呆れるしかなかった。
まったく、同じ幻獣だというのに食えない相手だ。スミレは改めて思っている。
「それがボクだからね。結論から言うと、回避できなくはない。キーワードさえ揃えなければね」
「……やっぱりそうですか」
「ああ、条件が近ければ近いほど、時渡りの秘法の拘束は強くなる。逆にいえば、条件を一個でも外すことができれば、回避できる可能性は高くなるんだよ」
ケットシーの言葉を、スミレは黙って聞いている。
「まっ、ここまでいろいろと回避し続けた君たちだ。条件が揃ったとしても、どうにかできる可能性はあると思うけどね」
ケットシーは笑顔を崩さずに話を続けている。
スミレだってそう思いたいはずだ。だが、時間というものを司っている彼女には、どうしても運命というものは重すぎる。
「ずいぶんと思い詰めているようだね。だけど、それは逆効果だよ。思い込みは束縛を強めるからね」
「そう、ですね……」
結局、いろいろとケットシーに諭されてしまったスミレなのである。
「そうだね、心配はしないでおくれ。ボクだって同じ懸念は抱いているさ。ここまでいろいろ楽しませてくれた君たちのためだ。一肌ぐらい脱ぐってものさ」
「ええ、頼りにしてますよ」
この時ばかりは、ひょうひょうとしたケットシーが心強く思えたスミレ。少し気が楽になったのか、来た時よりも少し明るくなって帰っていったようだった。
0
あなたにおすすめの小説
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる