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新章 青色の智姫
第306話 運命の二年間
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ケットシーが気にかけていたことは、スミレだって分かっている。
そもそもスミレがここまでシアンに入れ込むのにだって理由はある。
(シアン様は常に自分の身を犠牲にしてこられましたからね。なんとしても、今世では幸せになって頂きませんとね)
シアンはどこまでも、自分の仕えていたロゼリアの身のことを優先させていた。
時渡りの秘法を用いて魔力がなくなり、魔法が使えなくなってからも、常にロゼリアの幸せを考えて無茶こともこなしてきた。
たいてい時渡りの秘法を発動させるような人間は、自分のことを真っ先に考えるような利己主義な連中ばかりだ。
ところがシアンは違っていた。常にロゼリアのことを考えて動いていた。
そんなシアンだったからこそ、スミレも興味を持っていったのだろう。
シアンの考えることを考え、常に陰からその行動を支えてきた。
ロゼリアがまだ学生だった頃に事件を起こしていたパープリア男爵に関しても、アイヴォリー王国を滅ぼそうとして禁忌にまで手を出したことへの怒りで、つい手を下してしまった。
しかし、クロノアとして時の幻獣として力を使ったのは、実にあの時くらいだった。
(まったく、私がこれほどまでに一人の人物に肩入れするなんて、本当に思ってもみませんでしたね)
仕事を終えて、学園から戻ってくるだろうシアンを出迎えるため、門へと向かうスミレ。その最中、ついついそんなことを思い浮かべて笑ってしまう。
夕刻となり、門には馬車が到着する。
中からはシアンとモーフが揃って降りてくる。
「お帰りなさいませ、モーフ殿下、シアン様」
スミレをはじめとした使用人や兵士が首を垂れて出迎える。
「お出迎え、ご苦労さまです」
モーフの侍従の手によって、二人が馬車から降りてくる。
「シアン様、お疲れでしょう。ささっ、お部屋に戻っておくつろぎ下さい」
「ええ、スミレ。そうさせて頂きます」
スミレはシアンへと近付き、かばんを預かって部屋へと向かう。
あまりにも早い行動に、モーフはシアンに声をかけられずにぽかーんとした様子だった。
部屋へと戻ったシアンは、すぐさまソファーに腰を掛けて力を抜いていた。
「ふぅ、さすがに五年次ともなりますと、勉強の内容が難しくなりますね」
「そんなに大変なのでしょうか」
「ええ、かなり高等技術が出てきますからね、魔法理論の講義とか」
「なるほど……」
何のことかは分からないものの、スミレは適当に相槌を打っておく。
「シアン様、紅茶とお菓子をお持ちしました」
「ええ、ありがとう」
スミレとは別の使用人が、ワゴンで紅茶とお菓子を運んできた。
彼女はスミレが普段面倒を見ている使用人の一人である。
紅茶とお菓子を黙々と並べていき、最後にスミレの顔を見て様子を窺っているようだった。
これは評価を求められていると感じたらしく、シアンは無表情のまま右手の親指を立てておいた。
その後、使用人は嬉しそうな表情をすると、頭を下げてそそくさと部屋を出ていった。
「な、なんなのでしょうかね、あの表情」
「さあ、なんでございましょうかね」
疑問に思うシアンの言葉に、スミレはとぼけていた。
シアンはが紅茶とお菓子を口にしながら、スミレに声をかける。
「なんでございましょうか、シアン様」
「私が学園を卒業するまであと二年ですけれど、特に大きな問題はあるでしょうかね」
シアンはどうも気になることがあるのか、まだ不安を払拭しきれていないようである。
「それでしたらほぼもう問題はないかと存じます。最大の懸案でありましたトパゼリアとは、もう和解がお済みになりましたし」
「そうですよね……。でも、なんでしょうか、胸騒ぎがおさまらない感じがするんです」
どうやらシアンはまだ何かを感じ取っているようである。
アイヴォリー王国とモスグリネ王国の中に居座っていた、アトランティス帝国の子孫のうち、敵対派はオニオール男爵家の取り潰しで完全に途絶えたはずである。
それだというのに、シアンにはまだ不安が付きまとっているらしいのだ。
「ご心配は要りませんよ。今では私たち幻獣たちの情報網がございます。何かあればまずあれが気が付かないことがありませんから、そこまでご心配は必要ではございません。楽に構えて下さいませ」
「そうでしょうか……」
スミレがこう言っても、シアンの不安はまだ解消されないようだ。
「そうでございます。シアン様は学園を無事に卒業することだけをお考え下さい。必要なことは私たち使用人にお申しつけ下さればいいのですからね」
「わ、分かりました」
スミレが珍しく強く言うと、シアンは渋々納得したように返事をしていた。
シアンに強く出ているスミレではあるが、実はシアンと同じように言い知れぬ不安に襲われていた。
そもそもが時の幻獣ということもあり、それはシアン以上に強く感じられていた。
(捻じ曲げた時の運命が、反発しようとでもいうのかしら。でも、シアン様をお渡しするわけにはいかないわね。私に襲い掛かろうとも、お父様が許してくれるかしら?)
運命の揺り戻し。
シアンやスミレが感じている不安の正体である。
シアンが学園を卒業するまでの二年間、実に気の抜けない静かな最後の戦いが始まろうとしていた。
そもそもスミレがここまでシアンに入れ込むのにだって理由はある。
(シアン様は常に自分の身を犠牲にしてこられましたからね。なんとしても、今世では幸せになって頂きませんとね)
シアンはどこまでも、自分の仕えていたロゼリアの身のことを優先させていた。
時渡りの秘法を用いて魔力がなくなり、魔法が使えなくなってからも、常にロゼリアの幸せを考えて無茶こともこなしてきた。
たいてい時渡りの秘法を発動させるような人間は、自分のことを真っ先に考えるような利己主義な連中ばかりだ。
ところがシアンは違っていた。常にロゼリアのことを考えて動いていた。
そんなシアンだったからこそ、スミレも興味を持っていったのだろう。
シアンの考えることを考え、常に陰からその行動を支えてきた。
ロゼリアがまだ学生だった頃に事件を起こしていたパープリア男爵に関しても、アイヴォリー王国を滅ぼそうとして禁忌にまで手を出したことへの怒りで、つい手を下してしまった。
しかし、クロノアとして時の幻獣として力を使ったのは、実にあの時くらいだった。
(まったく、私がこれほどまでに一人の人物に肩入れするなんて、本当に思ってもみませんでしたね)
仕事を終えて、学園から戻ってくるだろうシアンを出迎えるため、門へと向かうスミレ。その最中、ついついそんなことを思い浮かべて笑ってしまう。
夕刻となり、門には馬車が到着する。
中からはシアンとモーフが揃って降りてくる。
「お帰りなさいませ、モーフ殿下、シアン様」
スミレをはじめとした使用人や兵士が首を垂れて出迎える。
「お出迎え、ご苦労さまです」
モーフの侍従の手によって、二人が馬車から降りてくる。
「シアン様、お疲れでしょう。ささっ、お部屋に戻っておくつろぎ下さい」
「ええ、スミレ。そうさせて頂きます」
スミレはシアンへと近付き、かばんを預かって部屋へと向かう。
あまりにも早い行動に、モーフはシアンに声をかけられずにぽかーんとした様子だった。
部屋へと戻ったシアンは、すぐさまソファーに腰を掛けて力を抜いていた。
「ふぅ、さすがに五年次ともなりますと、勉強の内容が難しくなりますね」
「そんなに大変なのでしょうか」
「ええ、かなり高等技術が出てきますからね、魔法理論の講義とか」
「なるほど……」
何のことかは分からないものの、スミレは適当に相槌を打っておく。
「シアン様、紅茶とお菓子をお持ちしました」
「ええ、ありがとう」
スミレとは別の使用人が、ワゴンで紅茶とお菓子を運んできた。
彼女はスミレが普段面倒を見ている使用人の一人である。
紅茶とお菓子を黙々と並べていき、最後にスミレの顔を見て様子を窺っているようだった。
これは評価を求められていると感じたらしく、シアンは無表情のまま右手の親指を立てておいた。
その後、使用人は嬉しそうな表情をすると、頭を下げてそそくさと部屋を出ていった。
「な、なんなのでしょうかね、あの表情」
「さあ、なんでございましょうかね」
疑問に思うシアンの言葉に、スミレはとぼけていた。
シアンはが紅茶とお菓子を口にしながら、スミレに声をかける。
「なんでございましょうか、シアン様」
「私が学園を卒業するまであと二年ですけれど、特に大きな問題はあるでしょうかね」
シアンはどうも気になることがあるのか、まだ不安を払拭しきれていないようである。
「それでしたらほぼもう問題はないかと存じます。最大の懸案でありましたトパゼリアとは、もう和解がお済みになりましたし」
「そうですよね……。でも、なんでしょうか、胸騒ぎがおさまらない感じがするんです」
どうやらシアンはまだ何かを感じ取っているようである。
アイヴォリー王国とモスグリネ王国の中に居座っていた、アトランティス帝国の子孫のうち、敵対派はオニオール男爵家の取り潰しで完全に途絶えたはずである。
それだというのに、シアンにはまだ不安が付きまとっているらしいのだ。
「ご心配は要りませんよ。今では私たち幻獣たちの情報網がございます。何かあればまずあれが気が付かないことがありませんから、そこまでご心配は必要ではございません。楽に構えて下さいませ」
「そうでしょうか……」
スミレがこう言っても、シアンの不安はまだ解消されないようだ。
「そうでございます。シアン様は学園を無事に卒業することだけをお考え下さい。必要なことは私たち使用人にお申しつけ下さればいいのですからね」
「わ、分かりました」
スミレが珍しく強く言うと、シアンは渋々納得したように返事をしていた。
シアンに強く出ているスミレではあるが、実はシアンと同じように言い知れぬ不安に襲われていた。
そもそもが時の幻獣ということもあり、それはシアン以上に強く感じられていた。
(捻じ曲げた時の運命が、反発しようとでもいうのかしら。でも、シアン様をお渡しするわけにはいかないわね。私に襲い掛かろうとも、お父様が許してくれるかしら?)
運命の揺り戻し。
シアンやスミレが感じている不安の正体である。
シアンが学園を卒業するまでの二年間、実に気の抜けない静かな最後の戦いが始まろうとしていた。
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