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新章 青色の智姫
第314話 迫りくる限界
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まったくもってとんでもないことになっているとはつゆ知らず、モスグリネ王国に戻ったシアンは何気に普通に過ごしている。
だが、その体に溜まり始めたひずみというものは、知らず知らずの間に大きくなり始めており、少しずつシアンの体を蝕み始めていた。
最初の変調が現れたのは、その年の冬だった。
五年次ももう終わるという頃に、シアンは全身の体の力が抜けるという変調に見舞われる。
ほんの一瞬のことだった上に、その後はなんともなかったので、シアンは特に気にしないで過ごしていた。
しかし、事態を聞いたスミレの表情はかなり深刻なものだった。
「スミレ、どうしたのですか、そんな顔をして」
「いえ、なんでもございません。シアン様、私はちょっと出かけて参ります」
「え、ええ。気を付けて行ってらして下さい」
シアンから話を聞いた日、スミレはすぐにケットシーのところへと向かっていった。彼ならば何か知っているだろうと思ったからだ。
商業組合の中は今日も忙しくしていた。
隣国アイヴォリー王国の年末祭までまだ時間があるわけだが、世の中は収穫時期の真っ最中だからだ。
その中をかいくぐり、スミレはどうにかケットシーと会うことができた。王族の侍女という立場は、こういう時便利である。
「やあ、どうしたんだい、スミレ。君からボクに話があるとは珍しいね」
ケットシーはいつもの怪しい笑顔で口を開いた。
「あなたなら話すまでもなく事態を把握しているでしょうに。……でも、きちんと話をさせて頂きますと、シアン様のことですね」
「ふむ……。話を聞こうじゃないか。そこに腰掛けたまえ」
ケットシーの勧めで椅子に腰掛けるスミレ。その正面にはケットシーが座る。
スミレがこうやってまともにケットシーと話をしようとするのは、実にかなり珍しいことである。そのくらいには、シアンから聞いた話がスミレの中では引っかかっているのだ。
スミレからの相談を、ケットシーにしては珍しく静かに聞いている。そのくらいにスミレの慌てっぷりが珍しいからだ。
話を聞き終わったケットシーは、スミレに問いかける。
「君はどう思ったかい?」
真剣な声のトーンだった。ケットシーにしてはかなり珍しい声である。
「どうって言われましてもね……。ただ、明らかにおかしな話だと思うのです。シアン様の体は健康優良体そのものですからね」
問い掛けにスミレはこのように答えていた。
この答えには、ケットシーも普通に頷いている。
「そう、シアンくんは本当に健康そのものだよ。病気も簡単にするようなものじゃない」
冷ました紅茶を口に含んで、ケットシーは落ち着こうとしている。だが、まだちょっと熱かったのか、びっくりしたような反応を示している。
「だけど、そんなシアンくんが突然、全身の脱力感に襲われた。おかしいと思うのは当然だよね」
「はい」
ケットシーが強く確認をしてくるので、スミレはこくりと頷いている。
「さて、そこでだけど、君はどこに原因があると思っているんだい?」
ケットシーの声の調子が明らかに重い。聞いたことのない声に、スミレは驚きを隠せずにいる。体を硬直させ、ケットシーから視線が外せずにいるのだ。
「どこと申されましても、私には皆目見当がつきませんね」
「それ、本気で言っているのかい?」
スミレが答えると、ケットシーが鬼気迫る表情でスミレに迫ってくる。
明らかに見たことのないケットシーの様子である。思わずスミレは息を飲んでしまう。
「……分かりませんね。今の私は多少魔法が得意なだけの人間です。幻獣の時ほど、万能というわけではありませんからね」
どうにかスミレが答えると、ケットシーはようやく少しおさまりを見せたようだった。
「ふむ……。まぁそれならしょうがないね」
ケットシーは何かを感じたような含みを持たせた言い回しをしている。
「なんなのですか。じらすのは昔っからですね」
「君がそこは気が付くべきだよ。だけど、ボクたちの方としても余裕はないからね」
「余裕がない?」
ケットシーの言い分に、スミレはぴくりと反応している。
「言っておくけれど、この件で君がそんなことでは困るんだよ。君がやらかしたことが、今回のことにつながっているんだからね。もう少ししっかりと真剣に向き合ってもらいたいものだね」
かなり語気を強めてケットシーが言うものだから、さすがのスミレも何かに気が付いたようだ。
「まさか……、時渡りの秘法が?」
「……そのまさかだよ」
スミレは動揺を隠せない。ロゼリアが十九歳の冬を乗り越えたことで、すべて終わったはずだったからだ。
だが、ケットシーはその時渡りの秘法が、まだ発動しているということを示唆している。時を司る幻獣として、驚かざるを得ないのだ。
「そんな、あれはもう終わったはずでは?」
ケットシーに確認をする。
「確かに、あの時終わるはずだったんだ。どうやら、君がシアンくんの魂を保護したことで、時渡りの秘法が完了せずに潜伏する期間に入ったようだよ。リミットはシアンくんの十九歳の冬だ。どう責任を取るのかな?」
「そんなことがあって、たまるものですか……」
シアンはギリッと唇をかんでいる。
自分のしたことが今さら尾を引くなど、考えてもみなかった。
ケットシーから衝撃の事実を聞かされたスミレは、酷く傷ついた状態で城へと戻っていったのだった。
だが、その体に溜まり始めたひずみというものは、知らず知らずの間に大きくなり始めており、少しずつシアンの体を蝕み始めていた。
最初の変調が現れたのは、その年の冬だった。
五年次ももう終わるという頃に、シアンは全身の体の力が抜けるという変調に見舞われる。
ほんの一瞬のことだった上に、その後はなんともなかったので、シアンは特に気にしないで過ごしていた。
しかし、事態を聞いたスミレの表情はかなり深刻なものだった。
「スミレ、どうしたのですか、そんな顔をして」
「いえ、なんでもございません。シアン様、私はちょっと出かけて参ります」
「え、ええ。気を付けて行ってらして下さい」
シアンから話を聞いた日、スミレはすぐにケットシーのところへと向かっていった。彼ならば何か知っているだろうと思ったからだ。
商業組合の中は今日も忙しくしていた。
隣国アイヴォリー王国の年末祭までまだ時間があるわけだが、世の中は収穫時期の真っ最中だからだ。
その中をかいくぐり、スミレはどうにかケットシーと会うことができた。王族の侍女という立場は、こういう時便利である。
「やあ、どうしたんだい、スミレ。君からボクに話があるとは珍しいね」
ケットシーはいつもの怪しい笑顔で口を開いた。
「あなたなら話すまでもなく事態を把握しているでしょうに。……でも、きちんと話をさせて頂きますと、シアン様のことですね」
「ふむ……。話を聞こうじゃないか。そこに腰掛けたまえ」
ケットシーの勧めで椅子に腰掛けるスミレ。その正面にはケットシーが座る。
スミレがこうやってまともにケットシーと話をしようとするのは、実にかなり珍しいことである。そのくらいには、シアンから聞いた話がスミレの中では引っかかっているのだ。
スミレからの相談を、ケットシーにしては珍しく静かに聞いている。そのくらいにスミレの慌てっぷりが珍しいからだ。
話を聞き終わったケットシーは、スミレに問いかける。
「君はどう思ったかい?」
真剣な声のトーンだった。ケットシーにしてはかなり珍しい声である。
「どうって言われましてもね……。ただ、明らかにおかしな話だと思うのです。シアン様の体は健康優良体そのものですからね」
問い掛けにスミレはこのように答えていた。
この答えには、ケットシーも普通に頷いている。
「そう、シアンくんは本当に健康そのものだよ。病気も簡単にするようなものじゃない」
冷ました紅茶を口に含んで、ケットシーは落ち着こうとしている。だが、まだちょっと熱かったのか、びっくりしたような反応を示している。
「だけど、そんなシアンくんが突然、全身の脱力感に襲われた。おかしいと思うのは当然だよね」
「はい」
ケットシーが強く確認をしてくるので、スミレはこくりと頷いている。
「さて、そこでだけど、君はどこに原因があると思っているんだい?」
ケットシーの声の調子が明らかに重い。聞いたことのない声に、スミレは驚きを隠せずにいる。体を硬直させ、ケットシーから視線が外せずにいるのだ。
「どこと申されましても、私には皆目見当がつきませんね」
「それ、本気で言っているのかい?」
スミレが答えると、ケットシーが鬼気迫る表情でスミレに迫ってくる。
明らかに見たことのないケットシーの様子である。思わずスミレは息を飲んでしまう。
「……分かりませんね。今の私は多少魔法が得意なだけの人間です。幻獣の時ほど、万能というわけではありませんからね」
どうにかスミレが答えると、ケットシーはようやく少しおさまりを見せたようだった。
「ふむ……。まぁそれならしょうがないね」
ケットシーは何かを感じたような含みを持たせた言い回しをしている。
「なんなのですか。じらすのは昔っからですね」
「君がそこは気が付くべきだよ。だけど、ボクたちの方としても余裕はないからね」
「余裕がない?」
ケットシーの言い分に、スミレはぴくりと反応している。
「言っておくけれど、この件で君がそんなことでは困るんだよ。君がやらかしたことが、今回のことにつながっているんだからね。もう少ししっかりと真剣に向き合ってもらいたいものだね」
かなり語気を強めてケットシーが言うものだから、さすがのスミレも何かに気が付いたようだ。
「まさか……、時渡りの秘法が?」
「……そのまさかだよ」
スミレは動揺を隠せない。ロゼリアが十九歳の冬を乗り越えたことで、すべて終わったはずだったからだ。
だが、ケットシーはその時渡りの秘法が、まだ発動しているということを示唆している。時を司る幻獣として、驚かざるを得ないのだ。
「そんな、あれはもう終わったはずでは?」
ケットシーに確認をする。
「確かに、あの時終わるはずだったんだ。どうやら、君がシアンくんの魂を保護したことで、時渡りの秘法が完了せずに潜伏する期間に入ったようだよ。リミットはシアンくんの十九歳の冬だ。どう責任を取るのかな?」
「そんなことがあって、たまるものですか……」
シアンはギリッと唇をかんでいる。
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