少女の水平線

未羊

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第9話 未知と出会う灯台守

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 灯台のすぐ下は海が見える。
 だけど、灯台守にはひとつの弱点があった。

「えっと、泳ぐって何ですか?」

 再び溜まった素材や薬を売りに港町を訪れた時のことだった。
 ベニーは商業ギルドの自分担当の女性ショアーヌから尋ねられた内容に驚いていた。

「えっ、泳ぐって知らないんですか?!」

 ベニーの予想外な反応に、ショアーヌの方もびっくりだった。
 灯台という海の近くに住んでいながら、泳ぐが分からないとは意外な話だった。

「ベニーちゃん、泳いだことないんだ」

「そもそも泳ぐっていうのがなんだかわからないんですけど?」

 なんともまあ、ベニーは泳ぎが分からないらしい。
 生まれた時から港町で暮らすショアーヌは、目を丸くして押し黙ってしまった。

「えっと……。では、ご説明いたしますね」

 ショアーヌは素材と薬の査定が終わるまでの間、ベニーに泳ぎについていろいろと語ったのだった。

 きっちりとした説明が終わると、ベニーは感心したような顔をしていた。
 おそらくは、泳ぐということについてきちんと理解したからだろう。
 なんとも意外な事実である。

「では、本日分の査定が出ましたので、お受け取り下さい」

「はい、ありがとうございます」

 ショアーヌから渡された硬貨を、ベニーはこつこつとしまい込んでいく。

「灯台に住んでいますし、魔法が使えるとはいっても泳げることには越したことありませんよ。クロエさんのところに行けば、海中用の衣服も取り扱っていますので、見ておいてもいいと思いますよ」

「そうなんですね。よく使ってますけど、気付きませんでした。今度見てみますね」

 おすすめをされたものの、まったく見る気のなさそうなベニーである。
 ひとまず査定が終わって自由になったベニーは、時間の許す限り港町の散策を行う。
 食事はいつもの通りオールのパンを購入する。
 両親がさっさと引っ越してしまったがために、パン屋のオールはベニーにとっては母親代わりのようなものだ。
 そのために、港町に来た日にはオールのいるパン屋でパンを買うし、オールもオールでおまけしたり、たまにお届けをしてくれたりと持ちつ持たれつの関係になっている。
 港町と灯台の間には相当の距離があるので、そう頻繁というわけにはいかないのだけれど、なかなか良好な関係を築いていると思われる。

「こんにちは、クロエおばさん」

「おや、ベニーちゃん。その服、すごく似合っているね」

「はい、ありがとうございます」

 褒められて素直に頭を下げるベニーである。嬉しいらしく顔が赤くなっている。
 しばらく照れていたベニーだが、クロエに何の用事か尋ねられて我に返っていた。

「そうだ。なんでも海に入るための服があるとか聞いてきたんです。それってどれのことなんですか?」

 そう、商業ギルドでショアーヌから聞かされた海に入るための服の確認に来たのだ。
 今まで泳ぎのことすら知らなかったベニーだけに、新しいこととなれば興味津々なのである。
 クロエも知らないキラキラとした表情のベニーの様子に、しょうがないわねと話題に出た服を見せてあげることになる。

「ほら、これが水の中でも着ていられる服よ。多分、ベニーちゃんなら普通の服との違いは分かると思うわね」

「拝見致しますね」

 ベニーは服を受け取って、触ったりじろじろ眺めたりしている。

「変わった手触りですね。これは……」

「布は普通の布さ。魔法によって加工して、水中でも活動できるようにしたものなんだよ。私たちには手触りの違いは分からないんだけど、そこは魔法に長けた灯台守ゆえの感覚なのかな」

「へえ、そうなのですね。私、あまりそういう自覚はないんですけれど」

 クロエの話を聞いていたベニーは、服を触るのをやめて腕を組んで唸り始めている。

「でも、服にそのような加工をする魔法ってあるのですね。灯台守の仕事で必要な魔法はひと通り覚えましたけど、私の知らない魔法ってまだまだあるんですね」

 ベニーは未知の魔法に興味が湧いたようで、海中でも活動できる服をじっと見つめている。
 あまりにも熱心に見ているので、クロエは少し顔が引きつり始めていた。

「ベニーちゃん? そろそろ戻らないと、明るいうちに灯台に戻れないんじゃないかしらね」

 苦笑いを浮かべて声を掛けてみるけれど、ベニーはまったく動かない。よっぽど海中でも平気な服に興味を示しているようだ。

「ベニーちゃん!」

「うわっ! く、クロエさん。大声出すからびっくりしちゃったじゃないですか」

「ダメだよ、ベニーちゃん。ほら、これをあげるから早く帰りなさい」

「いえ、そんな悪いですよ」

 あまりにも服に興味を示すベニーに、クロエはただで服を渡してでも帰らせようとしている。
 当然ながらただでもらうとなればベニーは躊躇する。ちゃんとした取引があってこそ、信用は成り立つのだから。

「お金のことが気になるんだったら、また今度でもいいわ。ベニーちゃんにはちゃんと灯台守の仕事をしてもらいたいんだ。このままここにいちゃ、日が沈むまでに灯台に戻れないからね」

「はっ! た、確かにそうですね。ありがとうございます、クロエさん」

 深々と頭を下げて、渡された服を収納魔法へとしまい込む。

「ベニーちゃんが海の安全を守ってくれるから、私たちは安心して暮らせるんだよ。それを忘れないでね。みんな言わないけれど、ベニーちゃんには感謝してるんだからね」

「そうですね。では、今度ちゃんとお代を支払います。失礼します」

 入口でもう一度頭を下げて、ベニーは灯台へ向けて戻っていった。
 その姿を見ていたクロエは、やれやれといった感じでため息をついていたのだった。
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