魔境の宿屋さん【リメイク】

未羊

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第三章 悪魔、魔境を知る

134泊目 元気のない理由

 奥の扉が開かれると、そこからひょっこりとアサーナが顔を出す。

「あれっ、アークさん、来てたんだ」

 事務所の扉からぬぼっとした顔をしたアサーナは、アークたちの姿に驚いたような反応を示している。

「おう、アサーナか。久しぶりだな。あと、妹が世話になってるな」

「うん、久しぶり」

 アークから挨拶されると、アサーナは簡単に挨拶を返している。
 アサーナの顔をよく見ると、最近の研究疲れなのか、寝なくてもそこそこ大丈夫な悪魔なはずなのに、目の下にはしっかりと寝不足のクマができていた。
 そのためか、アサーナの反応が思った以上に淡白になっているようなのである。

「おい、赤髪。疲れているみたいだし、とっとと休んだ方がいいぞ。今日のところは私らに任せて、ゆっくりと休んでろ」

 顔を見たソラにこんな風に気遣われてしまうくらいである。どれだけアサーナが疲れているのかがよく分かる発言だった。
 ロビーに備え付けてある鏡を見ながら、アサーナは自分の顔の状態を確認している。アサーナはあくびをしながら、しかめっ面になっていた。

「うーん、そうさせてもらうわね。一応研究のめどはついたところだし、あとは実際に使ってみるだけだもの。後は頼んだわね」

 やむなくアサーナは事務所の方へと引っ込んでいっていく。よっぽど疲れているのか、その足取りは少々ふらついていた。
 アークはその姿を見て首を傾げている。
 なにせ、過去に出会った時には一切見たことのない姿だったのだ。そのため、疑問に感じるのも不思議ではないだろう。

「一体あんな状態になるまで、アサーナは何をしてるんだ?」

「なんでも、瘴気を吸い取る装置を研究してるんだとさ」

「瘴気を吸い取る?」

 質問に対するソラの答えを聞いて、アークはさらに首を捻り始める。答えの意図するところがよく分からないらしい。

「ああ、人間向けの魔道具ってことにはなるがな」

 アークの反応を見て、ソラが説明を始める。

「人間にとって、瘴気ってのは毒だろう? だから、魔境へ向かう人間の身を守ったり、魔境から取ってきた産物から瘴気を取り除いたりする装置を作ってるのさ」

「なるほどなぁ。でも、なんで吸い取るって話になってるんだ? 消すってことでいいんじゃないのか?」

 ソラの説明を聞いて、アークは素直な疑問をぶつけている。

「バカね、アーク。ソラたち悪魔が何からできているか分かってるわけ?」

 アークの理解力が悪いせいか、テレサが横から割って入る。
 テレサから指摘されて、アークは腕を組んで考え始めるが、すぐにピンと来たようだった。。

「何って……。あっ、そうか」

「そう。吸い取った瘴気は、私たち悪魔の食事になるってわけさ。私たち悪魔は、瘴気の塊だからな。つまり、人間にとっても悪魔にとってもいいことづくめになるってことなんだよ」

「なるほど、そういうことか」

 ソラの説明を聞いて、やっと理解したようだった。

「さっきの言い方からすると、装置は試作品ができたってことなんだろうな。今日のところは寝かせておいて、また明日聞くことにするか」

「そういうことなら、俺が手伝ってやるよ。セミルが世話になってんだし、せっかくここまで来たんだからな」

 ソラが事務所の方を見ながら話をしていると、アークがかなり息巻いているようだった。
 まだ何も言ってないというのにこんなことを言い出すので、ソラは驚いてしまっている。

「意気込むのはいいんだが、危険な可能性はあるぞ。それに、まずは赤髪に話を聞かなきゃいけない」

「そうよ、アーク。勝手に話を進めないでちょうだい」

「俺もテレサに賛成だな。お前はちょっと落ち着け」

 一人暴走を始めているアークに、三人はそろって落ち着かせようとしている。
 ところが、この男。まったくもって止まる様子を見せようとしなかった。

「俺だって冒険者だ。危険なことは引き受けてこそってもんだぞ」

「命の保証はないってのに、何なんだよ、こいつ……」

 やる気十分のアークを見て、ソラが呆れ返っている。ちらりとテレサたちの方を見るが、テレサもバリスも首を横に振るばかりである。
 これにはソラも大きなため息をつかざるを得ない。

「分かった。赤髪が起きたら伝えておくから、今のところは旅の疲れを癒してくれ」

 ソラはそう言いながら、部屋のカギをアークたちに渡していた。
 カギを受け取ったアークは、歯を見せながら笑みを浮かべると、テレサとバリスを連れて部屋へと元気よく移動していった。
 アークたちを見送って、ソラは顔を引きつらせながら肘をついている。

「都で何度か見たが、あのアークって人間はいまだもってよく分からないな。まっ、赤髪の実験に付き合ってくれるっていうんだから、起きたらちゃんと伝えておくか」

 ソラは受付で背伸びをすると、再び業務スタイルに戻って、背筋を伸ばして他の冒険者たちの対応にあたることにした。
 商業ギルドが帰って少し静かになった魔境の宿だったが、アークたちの来訪で、また少しにぎやかになりそうである。
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