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第32話 彼女の見た夢

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「良ちんっ!!」

 蝶番のネジが弾け飛ぶかの如く、勢い良く解き放たれた屋上の扉が、その奥から一人の少女を弾丸のように吐き出す。
 焦燥に駆られ、肺が潰れる掛ける程の速さを以て導かれるようにこの場所へと辿り着いたのは良介の幼馴染、彩美。

「良ちん!!」

 再び叫ぶその声も、目の焦点が怪しげに一点を見つめる男の耳に届かない。

 ただ、良介の頬に手を当てていた小柄な少女は、小さな微笑みをそのままに彩美へと向かい合う。

「来たの……やっと」

「あ、あんた! やっぱりあの時の」

 あの時。それは数日前の夜のすれ違いを指す言葉では無い。
 彩美にとって、それ以前。遥か昔の会合を意味していた。

 それに答えるかのように、ちかりは良介の元から離れ、スゥと足音を立てずに目の前へと躍り出た。
 一目で分かるその異常性、もう彼女は自分を隠しつもりは無いらしい。

「思い出したの? 十年振り、元気そうで何より」

「どうして? あんた、あの頃と何も変わって無い。意味がわかんない!」

 叫ぶ彩美の声に、ちかりはただその笑みを崩す事無く佇んでいる。

 十年前――まだ彩美と良介が六歳だった頃の事。
 いつも二人で遊んでいた、その中に気づけば加わっていた年上のお姉さん。

 小柄とはいえ、二人にとっては見上げる対象だったその女性は、いつも白いワンピースを着ていた。
 どこの誰かもわからない、何故か名前も聞かなかった女性は、公園に行けば必ず会えた。

 あの日、彩美がこの町から引っ越さなければならなかった時も、彼女は良介の背後で話を聞いていた。つい先ほど思い出した事実。

 この十年、全く思い出す事が出来なかったのに。

「あの頃のままのあんたと、良ちんはどうして恋人になった言うの? おかしいじゃんそんなの!」

「大丈夫、良介は何も思い出せ無いから。八年待った、釣り合いがとれるまで。それからの二年は楽しかった、本当に」

 話が微妙に嚙み合わない。だが、何も思い出せないとは? 

 彩美は不思議だった。
 そもそも何故自分達は彼女を忘れてしまったのか?
 そして何故、自分だけが思い出す事が出来たのか?
 彼女は何者で何が目的なのか?

 何一つ、おそらく自分程度の頭では理解出来ないのかもしれない。

 だから彼女は切り替えた。
 目の前に立つちかりの横を通り抜け、良介に駆け寄ったのだ。

「良ちん! しっかりして、良ちん!! ねぇお願いだからこっちを見て、ウチを見てよ!!」

 良介の肩を揺さぶり、必死の形相で呼びかける。
 すると、良介の瞳が光を取り戻して彩美へと向けられた。

「あ、彩美?」

「良ちんっ!!」

 良かった、と安堵の表情を浮かべる彩美とは対照的に、良介の表情は何が何だかわからないままだった。

 何故彼女がここに?

 そんな疑問をかき消すように、パチパチと手を叩く音が小さく響き渡る。
 二人が目を向ける音の在り処は、ちかりだった。

 何故ちかりがそのような行動を取ったのか? 二人には当然、皆目検討がつかなかった。
 しかし、そんな事はどうでも良い事だと気づく。

「ちかり! お前一体――」

「二人とも……これからも仲良く、ね」

 唐突な発言の意味が分からず、困惑してしまう。
 だがそんな二人をよそに、ちかりは屋上のフェンスへと近づきその上に立った。

 その行動が二人を焦らせる。

「ちょ、ちょっと!? あんた何してんの?!」

「ちかり!!」


「じゃあねバイバイ」


 その言葉を言い終えると、まるで飛ぶが如く空を目指して大地へと落ちて行く。
 突然の行動に一瞬遅れてしまった二人だったが、それでもなんと掛け寄ろうとして――ドスン、という鈍い音が耳の奥まで響き渡ったのだ。

「あ、あ……っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 そして次に響き渡ったもの、それは良介の叫び声。
 彩美は良介の頭を抱きしめ、その叫びが収まるの涙ながらに耐えた。

 ◇◇◇

 担任と思われていた教師からちかりの存在を否定された崇吾はその後、教室を後にして良介の居場所を探し回った。
 まだ残っていた生徒に聞き込みをして、良介が屋上へと向かうのを知り、彼も走って向かった。
 後から屋上へと向かったという見知らぬ少女の話も気にはなったが、まずは何よりも良介だ。

(嫌な予感がする。とても……とても取り返しのつかないような事が! 良くんが危ない!)

 何故危ないと思うのか? そんな疑問も一瞬だけだが浮かんで、しかしかき消した。
 理屈では無い。友が……とても大切な人物の身に何かが起きようとしている。だから走る。
 ただそれだけが崇吾を突き動かす。

 屋上へと向かう階段、扉はもう目の前。

(もうすぐだ! もうすぐ……! 良くん!!)



 ――――――ん。



「……あれ? 僕こんな所で何してたんだっけ?」

 頭をコテリと傾かせながら悩む少年は崇吾。
 いくら悩んでも答えが出てこず、単に道に迷ったのだろうと結論付けて静かに階段を降りて行った。

 類まれな容姿故に男女問わずクラスで密かな人気のある彼。
 そんな彼にとって一番の悩みとは勿論――この学校に入学して以来、まだ親友と呼べる人間が居ない事である。
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