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第一章

転機

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 父さんが息を引き取ってからの俺は人目をはばからず、ただひたすらに泣き叫んだ。喉は裂けるように痛く、目が充血し、涙はとめどなく溢れそして頬を伝ってゆく。

 あまりの声量で異変に気付いたのか村の人々が家へと駆けつけた。血まみれになった部屋に俺、アテーネと横たわる父さんを目にした村人が大慌てで動き出したのを視界の隅に映したところまでで俺の記憶は止まっていた。

 そして目が覚めた時はベッドの上だった。

 頬に触れれば触れた箇所に痛みが走った。

 盛大に腫れた瞼に、乾ききった目。

 悲しみは一生枯れることはなさそうだが、涙は流せば枯れるらしい。

「夢・・・じゃなかったか。そうだ、夢じゃないんだよ。くそっ、俺が勝手に旅に出なかったら・・・無理か・・・父さんを殺す力を持つやつに俺がいたところで、結果は変わらないか・・・」

 部屋から出るためにベッドから起き上がった俺は扉付近で父さんとの最後の会話を思い出していた。

 しばらくその場で突っ立っているといきなり扉が開く。

 登場したのはバーランドさん。父さんが不在時村のまとめ役をしていた中年の男性だ。

「マルスくん。体調はもう大丈夫かな?」

「はい、この通り。あっ!看病してくださってありがとうございました・・・それと後片付けも」

 俺の言葉にバーランドさんは俯くと拳を握りしめる。

「すまなかった。俺たちがもっと早くに気づいていたら・・・マレスさんは助かったかもしれないのに。日頃からマレスさんには頼ってばかりで彼の大事な時には力になれず、このざま・・・ほんとうに情けない・・・」

 と、領主を助けられなかったことを嘆いた。

「いえバーランドさんは全く悪くないですよ。それにもっと悪いのは俺なんです。俺が家にいれば助けを呼びに行くことくらいはできたはずなので・・・」

 空気が重い。

 お互いにどこか一つだけ歯車が噛み合えば父さんは死なずに済んだ可能性があるという事実が、俺とバーランドさんに重くのしかかる。

 しばらく沈黙の時が流れた後、バーランドさんがなにを思い出したかのように切り出した。

「そうだ、君に伝えなければならないことがあったんだ」

「なんですか?」

「父を失ったばかりの君にはとても辛いかもしれないが・・・五日後にマレスさんの葬式が執り行われることになった」

 人が亡くなれば葬式が行われる。

 当然のことだ。

 死者をあの世に送り出す大切な儀式。

 でも、さすがに決まるのが早過ぎないか?

「君が寝込んでいるうちに、俺が急いで王宮に知らせに走ったんだ。マレスさんの訃報を聞き次第、王様は血相を変えてな、王様が直々に決定された日程だ。先に入っていた予定を全てキャンセルして、大至急他の貴族にも呼びかけを行って明後日の早朝には村に着くらしい」 

 俺の疑問に答えるかのようにバーランドさんは経緯を話す。

 アースガルズ王国の王が自ら赴き父さんの死を弔ってくれるという事実に俺は驚いた。

「おっ、できたようだな」

 背後に気配を感じたらしいバーランドさん。   

「看病したのは俺じゃない。この子だ」

 バーランドさんの背後から顔を出したのはアテーネであった。

「マルス様、お体の具合はどうですか?」

 本気で俺を気遣って言葉をかけてくれるアテーネ。

 そんな彼女に俺はふざけずに真面目に答えた。

「うん、アテーネの看病のおかげでこの通り元気さ」

「そうですか・・・では食事の準備が出来ました。お粥ですが」

 彼女は手にお盆を持っており、そこには湯気を立て俺の食欲を誘うお粥がのせられていた。

 こいつ料理できる系女子なのか?

「ありがとう。じゃあ、バーランドさん俺たちは食事をしてきます」

「おう、腹いっぱい食えよな!」

 こうして俺とアテーネはバーランドさんと別れて食堂へと向かい、彼女が作ってくれたお粥を食べた。

 アテーネの作ってくれたお粥は想像以上に美味しく、俺がしっかりと完食すると彼女は聖母のような微笑みでそれを見守っていた。

 普通に可愛かった。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 アテーネに作ってもらった昼食も食べ終えた俺は一人で自室のベッドの上に寝そべり、無心で天井を眺めていた。

 俺はどうやら丸一日寝ていたらしい。

 だから睡眠欲ゼロなのだが、心の疲労は抜けきらず、嫌な現実を見続けるよりも夢の中にいた方が幾分かマシかもしれない。

 目を閉じても、脳裏にこびりついて離れない父さんの死にゆく姿が再生される度にそう思ってしまう。

 そんな時、ノック音がした。

「はいはーい、今出ます」

 俺が扉を開けるとそこに立っていたのは────

「マルスッ!!」

 肩で息をしながら、目を赤くしたシャーレットが手櫛で髪を整えていた。

 俺を目で捉えるなり飛び付いてくる。

「シャーレット?どうしてここに」

 シャーレットは質問に答えず俺の両肩を掴み、激しく揺さぶった。

「マルス!怪我は無い?体調は?熱はどうなの、あっ目が腫れてるわ!直ぐに冷やさないと、カーレン!タオルを水で冷やしてきて!」

「かしこまりました」

 背後に控えていたメイドさんが台所へ走った。

「バーランドさんが昨日の早朝に知らせてくれたの。それから使用人たちに急いで準備させて、飛ばして来たのよ」

「そっか」

「あのね、マレスさんのこと・・・あたしなんて言ったらいいか・・・」

「大丈夫だ、俺もこの通り元気だしさ。シャーレットも気にする必要はないよ」

 曖昧に笑ってみせる。

 バレバレの空元気であるが、こうでもしないとやってられないのだ。

「ムカつく」

 ムスッとした顔をするシャーレット。

 俺は首を傾げる。

「ねぇ、マルス」

「なに?」

「少しの間だけ我慢しなさいね」

 突然シャーレットに抱き締められた。

「わっぷっ!」 

 後頭部に添えられた手から彼女の温もりが伝わる。

 強制的に肩に顔を埋める形ではあったが、彼女の匂いに俺は言葉で言い表せない安心感を覚えた。

「強がってるあなたも可愛くて素敵だけどね、こういう時は素直にあたしを頼ってほしいの」

「むごむごっ!」

「泣いていいのよ。溜めてるもん全部吐き出しちゃいなさい。ほら、顔は見ないであげるから」

 もう、限界だった。

「うっ・・・ぐ、シ、シャーレッ・・・ドォ・・・俺のせいで・・・」

「違う、マルスは悪くない。自分を責めないで、きっとマレスさんもそれを望んでないわ」

「で、でもさ・・・くそぉ・・・悔しい・・・悔しいよぉ・・・」

 シャーレットは俺の頭を撫でながら優しく諭す。
 
 枯れたと思っていた涙は溢れ出し、再び目には潤いが戻った。

「あたしも悔しいわ。でもね、こんなこと言ったらあなたは怒るかもしれないけど」

 シャーレットは俺の両頬を包んで上を向かせる。

「あたしはあなたが生きていてくれて嬉しかった」

 彼女は泣いていた。

 俺と同じように────いや、俺以上に涙を流していたかもしれない。

 そんな彼女の姿を見た俺は、少しだけ父さんの言葉の意味を理解できた気がしたのであった。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
 
 時は進んで三日後の昼下がり。

 午前中に執り行われた式は何事もなく順調に進み、そして終わった。

 式に出席したのはアースガルズ王国現国王レイダン・アースガルズと王女のシャーレット。他に兄が一人いるのだが今回は諸事情により不参加となった。

 続いて、導勝の四英傑の第一席オーディン・マクレイヤとその息子ヴィーザル・マクレイヤ。

 それに三大公爵家と呼ばれ王国内ではマクレイヤ家に次ぐ実力を持つとされる公爵家の当主とその跡取りたち。

 奇遇にも全員が俺と同い歳だ。

 他にも名だたる貴族が出席して本心はどうか知らないけど父さんの死を弔っていった。

 俺は式の途中で何度も涙が流れそうになったが、その度に隣に居てくれたシャーレットが手を強く握ってくれたおかげでなんとか耐え切れた。

 そして今は大人たちは今後のエルバイス家の方針を話し合うとかで俺たち子供は別室で待たされているところである。

 俺もエルバイス家なんだけどな。

 ちなみにアテーネには席を外してもらっている。今の俺には彼女を説明するだけの気力は残ってないからね。

「マルス・・・大丈夫?無理してない?辛かったらいつでも言ってくれていいのよ?」

 と先程から再三俺を気遣ってくれているのはシャーレットだ。

 人の気持ちの変化に敏感な彼女はこうして俺の隣に座り寄り添う。さっきから甲斐甲斐しくお茶やらタオルやらを俺に渡して世話を焼いてくれるのだ。

 他の貴族の跡取りたちはそれをただ見ているだけ、積極的に関与してこない。

 だから俺たち二人を包む空気は温かい心地の良い空気であった。

 しかし、そんな空気をぶち壊す声が飛ぶ。

「けっ、くだらねぇな。あんな雑魚が死んだくらいでなんで俺様がこんなクソ田舎に来なきゃならねぇんだよ」

 俺を睨み吐き捨てるのは三大公爵家ウルガンド家跡取りモーガン・ウルガンドだ。こいつはパーティーでは常に俺を見下し、他の貴族を先導して俺を除け者にした奴。

 普段なら悪口を言われたくらいだったらシカトを決め込むが、今のに関しては聞き捨てならない。

 俺は奴に詰め寄り、葬式だと言うのに金色のラインが入る華やかな服を着たモーガンの胸ぐらを掴みあげる。

「おい、今のは取り消してくれよ。気を抜いたら手が出てしまいそうだ」

「ぐぇっ、は、離せ!俺様は事実を言ったまでだろ!?それに生意気なんだよお前は!万年負け続けの四英傑の名汚しのくせして!」

 咳き込みながらも更に父さんを罵倒するモーガン。

 反省の色はなし。柄にもなく頭に血が上ってギチギチとモーガンの服を掴む手に力が入る。

「マルス落ち着いて!あなたのお父上は村人を一番に想って行動するとても素晴らしい人よ!だからそんな奴の言葉に惑わされないで!」

 シャーレットは俺の腕に触れて、モーガンの服を掴んでいた俺の手を優しく解かせると、俺の頭を抱え込みそっと撫でてくれた。

「マルス。あなたは偉大な家系に生まれた子よ。当時の事情をなにも知らない連中が勝手に騒いでいるだけであなたのご先祖さまはこの世界を救ってくれた一人。尊敬されるべき人物だと私は思うわ」

 慈愛に満ちた表情で、怒り、悲しみ、悔しさといった感情で心がぐちゃぐちゃになった俺を落ち着かせてくれる。

 幾分か俺の気持ちが収まったのを確認したシャーレットは優しく微笑む。

 そして振り返り表情を一変させ、モーガンへ厳しく言い放つ。

「モーガン。今の発言・・・このアースガルズ王国王女シャーレット・アースガルズも聞いていると理解した上でのものよね?三大公爵家の跡取りとしての自覚はないのかしら?あなたの発言・・・重いものよ、覚悟しといてね」

「くっ・・・!」

 シャーレットの言葉に唇を噛み締めるモーガン。

 忌々しい目で彼女を睨むがシャーレットは全く意に介さない。

「ちくしょう!」 

  凄まじい怨念が篭った目で俺を睨んで退室するモーガン。その姿に再び腹の奥で怒りが湧いてくるが、せっかくシャーレットが咎めてくれたのを無下にはしたくない。

 俺とシャーレットは気分転換を兼ねて外へ散歩に出る。

 この部屋にいた他の面々は一切口を開かない。

 仲裁に入ろうともしない静観の構えを貫いていた。
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