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第三章

他人の努力

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 待ちに待った魔闘祭が始まった。

 会場となる闘技場はとても広い。

 観客席は先生方が三日三晩かけて作り出した魔法障壁に守られ、安全対策も万全である。

 数多の騎士がしのぎを削り合ってきた歴史を刻む学院の闘技場。ここで繰り広げられたであろう数々の名勝負を脳内で想像し、思いを馳せてみる─────

 ・・・どうしよう、あまりにもなんの感情もわいてこないんだが?

 俺は控え室で待機中だ。

 周りにいる生徒は素振りをしたり、魔力を高めたりと試合に備えて最終調整を行っている。

 そんな彼らに習って、外から聞こえる観客の野次や歓声をミュージックに、イメージを膨らませる意識高い系を気取ってみるが、やはり俺には合わなかったようだ。

「慣れない事をしても意味無いか」

 どうせ想像するなら自分が好きな物にしよう。

 俺が思い浮かべるのは─────

 当然、お金だ。

 賭けに勝ったら手に入る計算の大金。これの使い道を妄想するだけで顔はにやけ、ヨダレが垂れてくる。

『勝負あり────。次の試合の生徒は準備が整い次第出てくるように』

 ようやく俺の番が回ってきた。

「マルス様、頼みますよ!わたしの優雅な生活の為に!」

 アテーネが上着を差し出す。

 俺はそれを受け取ると、彼女に親指を立てて言った。

「あぁ、お・れ!の未来の為に頑張るよ」

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ 

 俺が闘技場に入ると一部からブーイングが巻き起こった。

 観客席に目を向ければ、どこかで見覚えのある気がしないでもない顔ぶれが俺を嘲笑っている。

 たぶんモーガンの取り巻き連中だ。

 視線を超VIPルームへと移動させる。

 メイドさん達に大きな団扇で扇がれ、ワイングラスを片手に涼む美女が三人。

 フレイが手を振るので俺も返す。

 自然と頬が緩むのを感じると、ついでにフレイの隣から浴びせられる殺気を含んだ視線に、背筋が凍るのも感じた。

 誤魔化すように咳払いをした俺は、ゆっくり闘技場の中央に向け歩き出す。

 試合のルールは簡単で、相手が負けを認めるか、相手を気絶させた方の勝ちだ。

 試合中の魔法の使用は自由で、武器だって好きな物を使ってよし。

 だから俺もルールに則った上で、絶剣を使ってやろうと考えていたんだけど、朝に寝坊し慌ててたせいで、うっかり武具店に忘れてきたのであった。

 グランデル使用前提で練った作戦も全てが無に帰す。彼女に勝てる確率も格段に下がってしまった。

 むしろ負ける可能性の方が高くなったと言えるかも。

 だが、しかし!

 やらねばなるまい────

 お金の為に!!!

 今、目の前に相対するのは記念すべき初戦の相手。

 トーナメント表には三年生と表記されていたと思う。

 先輩が使うのは真剣だ。

 それに引き換え俺は支給された木刀。

 会場は観客達から発せられる笑いの渦に包まれた。

「おいおいこれじゃあ、弱い者いじめだ。一年坊主、悪い事は言わない、棄権しとけ。俺も無駄に体力を消費したくないんだ」

 先輩は嘲笑した後、迷惑そうな顔をしてひょいと肩をすくめる。

「随分なご挨拶ですね先輩。可愛い後輩をいびるのは楽しいですか?」

「馬鹿言え。俺は勇敢と無謀を履き違えている愚かな後輩に忠告してやってんだ。有難く先輩の言う事は聞いておくもんだぞ」

「別に履き違えてないですけどね。結局何が言いたいんです?俺、まどろっこしい言い方苦手なんすよ」

「ちっ・・・怪我人をなるべく出したくない教師陣は木刀を使えと言っているが、馬鹿正直に従っている奴を、俺は見た事も聞いた事も無い」

「これにはやむを得ない事情があるんですけど。木刀の使用者は俺が第一号か。ちょっと嬉しいな」

「ッ・・・!どこまでもふざけた野郎だな!学院の行事だが、神聖なる決闘の場だ。お前みたいな、生半可な気持ちで挑む奴が一人でもいると白けるって言ってんだよ!」

 冗談めかして言った俺を先輩はキッと睨む。

「まぁまぁ、落ち着いてくださいって。俺だって出場するからには本気で優勝しようと思ってるんです」

 割と真面目な顔で真面目な声のトーンで言ってみるものの、先輩は納得してくれそうな気配はなかった。

 先輩は眉をしかめ、俺の胸ぐらを掴み上げる。

 視界の端には、止めに入ろうとする審判の姿。

「嘘をつけ!木刀と真剣だぞ?ただでさえある実力差が余計に広がるだけだ!」

「実力差ぁ?誰と誰の?」

「俺とお前の!」

「どっちが上でどっちが下?」

「俺が上でお前が下に決まっているだろう!」

「はぁ?」

 鼻息荒く捲し立てる先輩の胴を蹴り飛ばす。

 俺を説教するのに夢中だった先輩が突然の衝撃に対処出来るはずもなく、後ろに吹き飛ばされて尻もちをついた。

「先輩ってまさか自分が負けないとでも思ってるんですか?」

「お、お前急に何を・・・」

 俺に見下ろされる形となった彼の目には、明らかな動揺の色が混じっている。

「自分の力を信じるのは構いません。お好きにどうぞ」

「ッ・・・!!」

「ですが、過信をした結果。相手を蔑むのはいただけませんね。まぁ、か弱い後輩の戯言ですので受け取るかは先輩次第ですが」

 唇を噛み締め先輩は立ち上がる。

「お、俺はなぁ!この大会に三年間積み重ねた努力の全てをぶつけるんだ。マメが出来るまで振り続けた剣。酸欠を起こすまで撃ちまくった魔法。お前なんかに何がわかる!先祖の功績で威張り散らして、傲慢になっているだけのお前に、俺の何がわかるって言うんだよ!!」

 先輩は血走った目で自分の努力の軌跡を語るが、そんなの俺にとってはどうでもいい。

「えっ、俺にわざと負けろって脅しですか?いやぁ~こんな堂々とお願いされてもなぁ~さすがに乗れない相談ですわ。俺は勝負事に金は賭けますけど、八百長は嫌いなんすよね」

 露骨な俺の煽りに先輩の顔が紅潮した。

「俺を侮辱するな!誰が不正なんぞっ・・・!」

「そっすか、ならさっさと始めましょうよ。どんなに綺麗事を並べたって結局は、勝てば官軍負ければ賊軍です」

「クソが!また意味のわからん事を!」

 唾を吐き捨て剣を構える先輩。

 もう彼と話す事もなくなった俺は審判へ試合の開始を促すのであった。

「お待たせしました審判!試合の開始といこうじゃないですか!」
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