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第三章

酒・・・ダメ絶対!

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 二回戦、三回戦、準々決勝でも危なげなく勝利を収めた俺はいよいよ準決勝に駒を進めたのであった。

 先輩たちは俺を舐め腐っているらしく、揃って魔法を使わない舐めプをかましてくださった。

 先輩が攻撃→俺が避けるor受ける→先輩驚く→魔力を込めた一撃を決める→一発KO、を三回繰り返すだけの大変面白みのない簡単なお仕事だ。

 思ったよりも歯応えのない先輩たち。楽に勝てるならそれに越したことはないんだけど、勝負を純粋に楽しみたいって欲望が無い訳でもなかった。

 そんな事を思う俺は、すっかり異世界気質に染まったのかも。前世の俺なら絶対に抱かなかった感想だ。

 試合が消化されるに伴って、控え室内に残る生徒の数は当然減っていく。

 次は準決勝だ。

 室内には四人の生徒が待機しているはずだが、今いるのは俺と男の先輩の二人のみ。

 獣人族の先輩は下級生の俺でも名前くらいは知っている学院の上位カースト勢だ。

 リンドウ談ではそこそこ強いとの事で、彼は獣人族が誇る精鋭五人衆の一角に名を連ねる実力者。

 たしか、【百獣戦隊ひゃくじゅうせんたい】だったか。

 どこか懐かしさを感じるネーミングに自然と笑みが浮かんだ。

 そんな俺に気付いた先輩が眉間に皺を寄せた。

「後輩よ、さっきから人の顔をジロジロ見てどうした?」

「す、すいません。リン・・・か、会長の対戦相手がどんな方か知りたくて、つい・・・」

 ドスの効いた声に俺は普通にビビった。

 咄嗟に出た苦し紛れの言い訳だ。

 本音を言えばリンドウの対戦相手なんかに興味は無い。

 だって、絶対に勝つのはリンドウだから。

「ふむ、そういう事にしといてやろう。お前の相手はモーガンであったな?同じ一年同士でやりにくいんじゃないか?俺の心配よりも自分の心配をした方が身のためだ」

 探るような獣の目で先輩は言った。

「いえ、まったく」

「そ、そうか」

 言い切った俺に先輩は目を丸くした。

「先輩の方こそ、大変というかキツいですよね」

「結構はっきり言うのだな。だが、それもそうか。相手は人気も実力も兼ね備えた優勝候補筆頭。比べて俺は会長の栄光の道を彩る殺られ役の一人に過ぎない」
 
 力なく小さく笑う先輩の姿は見ていて、痛々しいものであった。

 卑屈になる先輩はきっと弱くないはず。

 ただ、対戦相手が悪かっただけだ。

「別に先輩が自分の事をどう思っていても俺には関係無いのでどうでもいいです。ですが、負ける前提で挑む勝負に意味があるんですか?先輩も出場を決めたからには優勝したいと思ってるんですよね?だから、獣人族の生徒が先輩以外全員帰郷したのに、一人だけ残ったのでは」
 
「お、俺はッ・・・!」

「先輩は弱くないです。少し喋ってみて俺は先輩と戦ってみたいと思いました。自分自身で価値を下げるような発言はやめてください。勿体ないんですよ」

 先輩は唇を噛み締めると俯いた。

 そして顔を上げたかと思うと豪快に笑った。

「ふっはっはっは!本当に礼儀を知らない後輩だな。プライドの塊な貴族共がお前を目の敵にするわけだ」

「やっぱり俺って嫌われてます?」

「ああ、俺が同情するくらいにな」

 薄々気付いてはいたが、改めて言われると結構辛いな。

「だが、俺は嫌いじゃないぞ。生意気な後輩にも慕われてこそ、上級生としての顔が立つ」

「ハハッ、そうですか」

「お前のおかげで心につっかえていた嫌なものが取れた気がする。礼を言っておくぞ」

「そりゃ良かった」

 礼は間に合ってるんで、俺に感謝の気持ちがあるのなら、先輩のモフモフな毛並みをちょっとだけ堪能させて欲しいなぁ─────

 と、言えるはずもなく愛想笑いで返した。

 こんな感じで俺らは、準決勝が始まるまで世間話(主に先輩の愚痴)をして時間を潰したのであった。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 超VIPルームにてシャーレットは試合の開始を待っていた。

 豪華な椅子の背もたれに身体を預け、組まれた細く綺麗な脚は周囲の男達の視線を釘付けとした。

 キンキンに冷えたジュースで喉を潤す。
 
 王族に相応しい厳選に厳選を重ねた高級ぶどうジュースだ。しかし、シャーレットはそれをぶどうジュースと思って飲んでいない。彼女にとっては冷えた水を飲んでいる程度の認識で、極度の緊張で頻繁に渇いてしまう喉の応急処置に過ぎなかった。

(緊張するわね、マルスは大丈夫かしら?怪我しなきゃいいけど)

 フレイ達と会話をしている最中も彼女の頭の中はマルスでいっぱいだ。

 常に心ここに在らずな状態なのである。

 本人の前ではからかってみたり、ツンケンした態度を取りがちなシャーレットは何を隠そう恋愛初心者なのだ。

 まだ知り合って二、三ヶ月の短い付き合いでも彼女の性格をよく理解しているフレイとナリータは、生暖かい目で乙女な彼女を見守っていた。

 同じ男を想う者ならではの気遣いである。

 そんなシャーレットを冷静にさせる存在が彼女の身近にあった。 

「アテーネはあたしたちと合流してからずっと何を飲んでいるの?凄く機嫌が良いようだけど」

「えへ~これれすかぁ~?うふふ、ヒャーレット様には教えれあげましょ~!」

 マルスの準決勝が気がかりで地に足着かず状態のシャーレットとは異なる経緯でふわふわ・・・に留まらず、頭ふっわふっわでベッロンベッロンなアテーネがハイペースで飲んでいるのは自分で持ち込んだ一升瓶に入った透明な飲み物。

 最初は小さめの土製コップに少量を注いでは飲み、またすぐ注いでは飲みを繰り返していたアテーネ。しかし、その動作を煩わしく思ったらしい彼女は途中からそのまま一升瓶に口をつけていた。

 呂律の回らないアテーネを冷めた目で見る。

 冷めた目には次第に怒りの感情が入り混じり、視線で人が殺せそうな勢いで睨み付けていた。

「ちょっとお高めのぉ~飲むと気分が良くなるぅ~大人向けの水れすよぉ~!」

 要約すると酒である。

「へぇー、そうなの」

 割と低めなシャーレットの声がより一層低くなった。

 楽しく会話をしていたフレイとナリータは突然、隣から漂い出した正体不明の悪寒に襲われた。

 発生原因を探るべく恐る恐る隣を見れば、怖い顔の王女様と対照的に上機嫌なアテーネがいる。

 色々と察した二人は即座に視線を逸らし、一口も飲んでいなかった紅茶に手をつけると、我関せずといった具合で再び会話を始めた。

 そして二人に遅れて周りの貴族も異変に気付く。

 シャーレットが足を組みなおすその都度色めき立っていた男も脂汗を流しながらトイレに向かう。

 シャーレットは幼少期のパーティーに参加した際、酔っ払いにウザ絡みされて以来彼女は酒もそれを飲む輩も毛嫌いしていたのだ。

 その嫌いっぷりは凄まじく、かつて酒豪で知られたアースガルズ王が娘に隠れて飲んでいたところを運悪く見つかってしまった。

 すると激高した彼女は父と口をきかなくなった。

 その期間なんと一年。

 これに懲りた王様が娘に嫌われたくない一心で酒を絶ったのは王宮内で有名な話で、マルスも直接シャーレットから酒だけは飲むなと告げられていた。

 だからマルスは彼女の目の届く範囲での飲酒を控えているのだ。

「あれ~?皆さんどうしたんですかぁ~?今日はお祭りですよ!もっと盛り上がりま────」

「ねぇ、アテーネ」

「えっ」

 滅多に聞かないシャーレットの抑揚の無い声で、自分と周りのテンションの差をようやく気付いたアテーネは、徐々に酔いが醒めていくのを感じた。

「もう一度聞くわ。あなたが大事そうに抱えているその一升瓶に入ってるのは何かしら?」

「・・・ぶどうジュースです」

「そうなの」

「はい」

「顔が赤いわよ?暑いならメイドに扇がせましょうか?」

「いえ、自分でするのでご心配なく」

 高速で手を振って火照った頬に風を送る。

「もしかして・・・お酒かしら?」

「あはは、まさか」

 上気したままの頬で否定する彼女には説得力の欠片もない。

「臭うわ」

「え?」

「臭すぎて切り刻んじゃいそう」

 この一言でアテーネの酔いは完全に醒めたのであった。

「今度は顔が真っ青だけど大丈夫?」

「わたしちょっと外の空気吸ってきます」

 席を立ったアテーネは、フラフラとした足取りで超VIPルームを後にする。

 そんなアテーネと入れ替わるように訪れた女性がシャーレット達の元へとやってきた。

「お隣よろしいかな?」

 シャーレットの返答を待たずして席に座る。

 その態度に王族のプライドが刺激されたシャーレットはほんのりと眉を寄せて文句を言ってやろうと口を開いたが、彼女よりも素早く反応したのはフレイであった。

「か、会長!?」

 超VIPルームに姿を見せたのは優勝候補筆頭のリンドウ・ガーベラだった。
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