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第三章

決着と説教と

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「相変わらず性格以外は認めざるを得ない奴ね」

 シャーレットはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 モーガンの武雷装がマルスに振り下ろされる度に歓声と野次が飛び交っている。

 今のところは辛うじて避けているが、それも時間の問題だろう。

 このままではマルスがなにかしらの手を打たない限り、攻撃を重ねる毎にスピードとキレを増しているモーガンに軍配が上がるとシャーレットは予想していた。

 そんな不安に駆られるシャーレットとは対照的に、隣に座るリンドウは顎に手を添え、モーガンの戦いぶりに感心する。

「あの生徒は中々に面白い魔法を使うのだな。初めて見る顔ではあるが、覚えておいて損はなさそうだ」

「あんたねぇ、自国の公爵家跡取りの名前と顔くらい把握しときなさいよ」

 シャーレットは呆れた目を向ける。

「わたしにとっては全員が平等に同じ学び舎に通う生徒だ。学院の外での階級で彼らとの接し方を変えれば生徒会長としての示しがつかん」

 リンドウは少しムッとして言った。

「あんたのは単に人覚えが悪いだけでしょ」

「失敬な。わたしは覚えるべき人物とそうでない人物との差が他者よりも激しいだけだ」

「そうね、あんたは平等に自分が気に入った生徒以外は覚えない。訂正しとくわ」

 シャーレットは嫌らしい笑みを浮かべた。

 彼女と普段から親しい者が見れば身の毛のよだつ笑みであったが、生徒会長として一癖も二癖もある国の重鎮たちとの話し合いの場を経験してきたリンドウには効果がなかった。

「そのわたしが名前を覚えるに値する生徒の発見、大変喜ばしい事だな」

「何様よ、偉そうに」

 これ以上追撃したとて時間と労力の無駄を悟ったシャーレットは、話題を変えることに決めた。

「で、みんなに優しい会長さんがマルスだけを贔屓する理由は?」 

 その話題とは、リンドウが突然自分の想い人に固執し始めた理由である。

 他人の容姿の採点には超辛口なシャーレットが思わず見蕩れてしまう程に、優れた容姿をリンドウは持っていた。

 そんな女に自分の恋路に横入りされ、絶対に有り得ないが万が一に・・・億が一にもマルスをかっさらわれようものなら、と考えるだけでシャーレットは夜しか眠れないのだ。

 どこぞの我儘王女様と違って心の広いリンドウは彼女の質問に快く答える。

「強いから。わたしに届きうる実力を彼は秘めている。だからわたしは彼に期待するんだ」

「ふーん、会長さんは見る目があるみたいね」 

 シャーレットはちょっとだけリンドウを見直した─────がリンドウの放った次の一言でその気持ちは跡形もなく霧散したのであった。

「あとわたしの好みの男だ」

「おっけー、会長さん。マルスとの試合の前にあたしと一戦交えましょう」

 リンドウの方へ身を乗り出して詰め寄るシャーレットの腰にフレイはしがみつく。 

「ストーップ!!!シャーレット、お願いですからあなたは目上の者に対する礼儀を覚えてください!!」

 優等生なフレイによる必死の懇願であったが、毎度の如くシャーレットに聞き流されてしまう。

「今日も平和だね。あっ、このお菓子美味しい!持って帰ろっと!」

 わちゃわちゃと三人の美女が戯れるのを横目に、ナリータは高級菓子に舌鼓を打つのであった。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

「おらおら、どうしたぁ!逃げてばっかの腰抜め!!」

 元気よく暴れるモーガンの攻撃を躱し続ける。

「確かにもう逃げるのは飽きたな」

 俺の言葉はモーガンの脳内で全てが負け惜しみに変換されるようだ。余裕綽々の笑みで奴は棒を振り回す。

 どうせリンドウの試合はすぐに終わる。ここで俺も一撃やそこらでモーガンを気絶させてしまえば随分と味気ない準決勝となってしまう。

 気の使える俺がわざと試合を長引かせていたがもうやめだ。

 このクソ暑い中であいつの攻撃を躱す度にじわじわと体力が削られる。リンドウ戦に備えて少しでも体力を温存しときたいのにこれ以上付き合うのは無駄でしかない。

「お前の期待通りもう決着をつけよう」

「へっ!強がりを!」

 俺はモーガンの攻撃の手が緩んだ隙に、素早くポケットから取り出した五つの玉をモーガンに放り投げた。

「無駄だぁ!!」

 ぶつかる前に武雷装によって防がれたが、これが俺の目的だったりする。

 雷と接触すると玉が弾けた。

 たちまち闘技場は青や赤や緑など色鮮やかな煙によって包まれてしまった。

「げほっ、げほっ・・・くそっ!なんだこの煙は!?前が見えねぇ!」

 煙を吸い込んだのか、むせるモーガン。

 俺は煙に紛れこっそりと近付いた。

「お前に感謝するのはこれが最初で最後だ」

 モーガンの武雷装にインスピレーションが沸いた俺は、自分なりのアレンジを加えたのだ。

 魔法は豊かに育んだ想像力を如何に具現化させるかが肝だと思っている。

 例え相手の編み出した魔法だとしても、良いと思ったもんは真似る。そして自分に適した魔法だと判断すればお構いなしに使うのだ。この世界に著作権の面倒な問題はないからね。

「おのれ・・・小癪な!俺様の視界を潰して不意打ちを企んでいるのか知らんが、その手は食わないぞ!!」

 モーガンは視線を彷徨わせながら棒を横に薙ぎ払い煙を吹き飛ばそうとしているが、無駄な行為でしかない。

 なぜなら俺の投げた玉は、特別な技術で作られた魔力反応型煙幕弾なのだから。

 魔力の強さに応じて煙を出し続けるそれは、モーガンが魔力を使えば使うほど、闘技場内に充満していくのだ。

「畜生!隠れてねぇで、出てきやがれ!正々堂々と勝負しろ!」

 俺は叫ぶモーガンを無視して木刀を掲げる。

氷装剣ひょうそうけん

 木刀に冷たい冷気を放つ魔力が纏わりつくと、一瞬にして氷の大剣へと変化した。

 少々卑怯だと自分でも思うが、学生の身分で賭け事に興じる奴の倫理観では卑怯も糞もないだろう。

 俺は心に生まれた少しばかりの罪悪感と一緒に、氷の大剣を横一閃に振るった。

「おい、返事をし────がはっ!!!!」

 胴を打ちぬかれたモーガンは宙を舞った。

 この一撃でモーガンの意識は飛びそうになったが、彼の勝利に対する執念で何とか踏みとどまったのである。

 そして数度地面をバウンドすると、そのまま倒れ込む。

「ぐっ・・・いてぇ、くそっ!まだだ・・・まだやれるっ・・・・・・!」

 腹を抑えて呻くモーガンは、まだ試合を諦めていない様子だ。

 まあ、どう見ても戦闘不能だけど。早く煙よ晴れてくれ、さっさと俺は室内で涼みたいんだ。

「モーガン」

「・・・笑うなら笑えよ!威勢よく自分を罵ってた奴が無様に負ける姿、お前にはさぞ滑稽に思えるだろう!!!」

「んな趣味の悪い真似するかよ、ばーか。お前じゃねぇんだぞ」

「くそがッ・・・馬鹿にしやがって・・・・・!!」

 いつも馬鹿にしてくるのはお前の方だろ。相手に好き放題言うなら、偶に反撃するくらい軽く流せるようにしとけ。

「同級生の好みでお前の敗因を教えてやる」

 モーガンはまだ一年生の一学期終了時点でこの強さだ。現段階では経験不足で実力不足なモーガンだが、将来性は抜群で今のままでもある程度の成長は見込める。しかし、その悪役根性さえ正せば更にこいつの天井は上がるだろう。

 周りの言ってくれる人がいない環境で育ったせいでこいつの人格形成は失敗に終わったのだ。いや、モーガンが自分の意見を全て肯定するイエスマンを選んでるし当然っちゃ当然でもあるか。

「不意打ちで勝った卑怯者が・・・いいご身分だな!」

 まだ言うか。

「予測してなかった武器を使われて負けたら卑怯者呼ばわりかよ。不意打ちだから!って抗議すれば、敵がお情けをかけてくれると思ってるのか?」

「ッ・・・!!」

「お前は人を認めなさすぎ。自分大好きは勝手にしろって感じだけどさ。人を見下す癖は治しとかないと、本気の戦いの際に痛い目見るぞ」

「お前如きが戦いを語る資格はない!!この四英傑の面汚し野郎が!!!」

 自分を負かした相手の意見は素直に聞いとけばいいものを。説教が初めてで腹立たしいんだろうな、やけに突っかかってくる。

 モーガンは苦虫を十匹くらい噛み締めたような顔で俺を睨んだ。

「は?その面汚しに負けて無様に吠えてんのはどこの誰だよ。四英傑の面汚しが俺なら、三大公爵家の面汚しはお前に決まりだな。面汚し同士仲良くしよう」

「黙れっ!!くそっ・・・どうして俺様は負けたんだ。父上に認めて頂きたい一心で俺様は・・・・誰よりも努力した、この俺様が─────」

 急に感傷に浸り始めたけど・・・散々俺を馬鹿にした過去を顧みれば、お前に同情の余地なんてないからな?

 泣くならご自慢のパパにでも慰めてもらえよ────と俺は言いたかったが堪えたのは、俺の精神が大人であり寛大な心の持ち主だから。

「これは俺の掲げる持論なんだが、努力ってのは自分で言う分にはただの自己満だぞ。目に見えた結果を残して初めて努力と言えるんだ。そしてお前は俺に呆気なく負けた。つまりは、お前のやってきた事は努力と呼べる基準に満たない自己満足でしかないってわけ。この意味わかる?」

「黙れと言っているのが聞こえないのかぁ!!」

「まぁ、そうかっかせずに聞けよ。ここで一つ質問をしてみよう。簡単に努力とは言うけども、お前の中での努力の定義はなんだ?」

「あぁん?定義だとぉ?ウゼェ学者みてぇなこと言ってんなよ!!」

「参考までに聞かせてくれ」

「断る!お前なんぞに教える義理はねぇからな!!」 

「そうか、ちなみに俺は一日に一万回の素振りと、四六時中魔力の生成を修行の一環として行っている」

「う、嘘だっ・・・!有り得ねえよ!!!」

「お前に嘘ついて何になる。俺が十歳の頃から続けている修行だ。どうしても信じられないんだったら、後日になるが証人を用意しても、俺は一向に構わん」

 当初は木刀の振りすぎで腕が痙攣を起こし、日が暮れても終わらなかった素振りは、ここ最近になってようやく三時間足らずでこなせるようにまでなった。日常生活の中で常時魔力を練り続けるのは、体力と気力が同時に削られるしんどい修行”だった”。

 過去形となったのは続けてきた努力がこれも最近になって実を結び、今ではほぼ無意識の内に体内で一定の魔力量を維持する事を可能としたから。

「そんな人間離れした修行、出来るはずがねぇ!!妄想も大概にしとけよ!!」

 この程度で人間離れと言っちゃう辺り、やはりモーガンが狭い世界で生きている証拠だ。

 モーガンの価値観に合わせるなら、人間離れした者が俺の身近な存在だけで数名はいる。シャーレットとアテーネは同じ内容の修行をあの日から一緒にやっているし、フレイは俺との再会を果たした翌日に「私もお供させてください!」と懇願され修行仲間に加わった。何か危機感なるものを抱いたらしいナリータも半分の回数から手を出し、自分のペースで少しずつ回数を増やしていってる最中だ。

 俺たちはやってる方だと自負しているけど、やはり上には上がいるもんだ。リンドウなんかは、どんなに低く見積っても俺たちの軽く三倍の量を涼しい顔で行っていると思う。

「信じるか信じないかはお前次第だ」

 最後にビシッと人差し指を立ててみる。

「くっ・・・・こんな奴にっ!これでは父に顔向けが─────」

 モーガンは悔しさで顔を歪めながら力の入らない手で地面を叩くと、疲労が限界に達したのかそのまま泥のように眠ったのであった。
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