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だが断る

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「お久しぶりです、アシュタルテ様。お変わりはなくて?」

「えっ!? エリカさん? 善人よしとさんを追ってベルガストに行かれたはずでは……?」

「ええ、善人は無事見つけることができましたわ。レベリングも順調です」

「そうですか、それは良かったですね。……レベリング?」

 アシュタルテは首を傾げる。

「善人のレベルが他の勇者に比べて低かったものですから、少々お手伝いさせていただきました。困りますわ、アシュタルテ様以外に女神がいて、勇者もいるだなんて」

 私はやれやれといった素振りを見せながら、軽くため息を吐く。

「そ、それはですね……」

 口ごもるアシュタルテに私は笑みを浮かべる。

「分かっておりますよ。私も善人のことしかお聞きしなかったのですもの。そのことについて責めるようなことは致しません」

 あの時は善人がどこに行ったかを知ることが最優先事項だった。
 ベルガストの詳細についてはどうでもよかったのだ。

 だが、今は違う。

 ベルガストでの住む場所も確保できたし、王宮御用達を得て白ポーションの販売ができるようになったし、善人のレベリングも順調に進んでいる。

 言ってしまえば、今は他のことにリソースを割ける状態なのだ。
 ベルガストや女神について深掘りするにはちょうどいい。

「ここ最近、善人さんのレベルの上がり方が異常に早かったのは、エリカさんが関係していたのですね……」

「そうなんです。って、ご存じなかったのですか?」

「召喚した勇者の情報は、恩恵を授けた影響で自動的に把握できるようになっていますし、定期的に状況は確認するようにしていますけど、他にも重要なことがありまして……ずっと見ているわけではないんです」

 ベルガストを任されているといっていた割に、ずいぶん杜撰な管理をしているのね。
 これだと他の女神も似たようなものかもしれない。

「送った後で勇者に助言を与えたり、新たな恩恵を授けたりはできないのですか?」

「神は世界に干渉してはいけないという決まりがあるのです」

「それはなぜでしょう?」

 本気で魔王を倒したいのであれば、助言なり何なりしたほうが成功率も上がるはずなのに。

「神が世界に干渉すると淀みが発生します。淀みは世界に蓄積していくのですが、一定値を超えると世界から溢れ、管理している神に振りかかるのです。その身に淀みを受けた神は邪神へと堕ちてしまいます」

「最初にベルガストを管理されていた女神様のように、ですわね」

「どこでそれを……」

「優秀な執事がおりますので。ちなみに邪神に堕ちた女神様は今はどちらに?」

 邪神と呼ばれるくらいだから、正常な状態ではないはずだ。
 元に戻すなり、倒すなりしないと危ない気がする。

「……私を含めた3人の女神の力で封じています」

「先ほどおっしゃった重要なこととは、そのことだったんですね」

「はい……」

 アシュタルテが視線を落とす。

 女神が3人がかりで封じている、邪神と化した元女神。
 元に戻すでもなく、倒すでもなく、ただ封じているだけ。

 これだけでアシュタルテたち3人よりも上位の存在、ということが分かる。

「淀みによって邪神となったのであれば、淀みを取り除きさえすれば元の女神様に戻るのでは?」

「その通りです。私たちが召喚した勇者に魔王討伐をお願いしているのは知っていますね?」

「ええ」

 魔王討伐と邪神に何の関係が? と不思議に思ったものの、私は相づちを打って続きを促す。

「邪神を元に戻す方法はただ1つ。淀みを払う、浄化の力を持った精霊ヒソップを邪神の前まで連れていき、浄化してもらうしかありません。ですが、ヒソップは現在ある場所に眠っているのです」

「ある場所……ということは」

「……魔王城です」

 なるほど。

 自らも邪神になってしまう可能性があったら、軽々しく世界に干渉はできないものね。
 女神が1人でも世界に干渉してバランスが崩れでもしたら、邪神も復活しちゃうわけだし。

「アシュタルテ様。私は今、魔王城にいるのですけど、そのような精霊の気配は感じませんでした」

「それはそうでしょう。魔王とヒソップは表裏一体の存在。魔王が死ねばヒソップが現れ、ヒソップが死ねば魔王が現れるのです」

 今は精霊ヒソップは眠っている状態だから、私も感知できなかったということかしら。

「……ん? エリカさん。いま貴女は魔王城にいらっしゃるのですか?」

「あら? 魔王城の前まで送っていただきましたわよね、お忘れですか?」

「いえ、覚えていますけど、そのまま魔王城の中まで入られて居住を認められるとは……少々強い程度では死ぬだけ……いえ、転移魔法を使って善人さんを追いかけるような方でした。弱いはずがありませんよね」

 私はただ笑みを返すだけに留める。
 強いことは自覚しているが、わざわざ口に出す必要はない。

「……エリカさん」

「なんでしょう?」

「折り入ってお願いがあるのですが」

 そう言うアシュタルテの表情は強張こわばっている。
 続く言葉は想像がつくので先手を打つことにした。

「私に魔王を倒せというお願いでしたらお断りいたします」

「な、何でですか!?」

 そんなことだろうとは思ったけれど、本当にお願いしようとしていたなんて。

「まず、私は召喚された勇者ではありません。それはお分かりですよね?」

「も、もちろんです。ですが、エリカさんは魔王と同等かそれ以上の力を持っていますよね?」

「そうですわね」

 実際は圧倒する力を持っているけど、肯定だけに留めておく。

「だったら……」

「魔王を倒せる力を持っているとして、なぜ倒さねばならないのです?」

「え……それは、倒さなければ邪神を元に戻すことができないからで……」

「魔王を倒すのは勇者――つまり善人の役目です。私は善人を追いかけてきたにすぎません。善人が魔王を倒すためのサポートをすることはあっても、私が直接魔王を倒すことは絶対にありません」

「そ、そこを何とか」

「お断りします」

 にっこり笑ってそう言うと、アシュタルテはがっくりとうなだれてしまったが、何を言われようと私が手を下すことはない。
 そんなことをしてもつまらないからだ。

 それに。

「善人のレベリングが終われば魔王城まで到達できますから安心してください。私は私で別の方法がないか探ってみますわ」

「別の方法、ですか?」

「ええ。魔王を倒す以外に邪神の淀みを浄化する方法はないのか、もしくは邪神を倒す方法がないのかを」

「邪神を倒す!? 正気ですか!」

 アシュタルテは驚いているが、倒すこと自体は不可能ではないと思っている。

 ただ、それは最終手段だ。
 元は女神だった存在でもあるし、可能なら元に戻してあげたい。
 できるだけ魔王を倒す以外の方法で。
 それに気になることもあるし。

「どのみちアシュタルテ様たちは世界に干渉するわけにはいかないのですから、私にお任せください。善人が魔王を倒すのが先か、私が別の方法を発見するのが先かの違いですわ」

 「また来ます」とだけ告げてアシュタルテに一礼すると、転移魔法でその場を後にした。
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