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泊まりがけなんて聞いてない
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街に現れた魔物を全て倒し、マクギリアスの前から姿を消した私は、今度はエリーとして何食わぬ顔でマクギリアスと合流した。
『英雄の剣』に封印されていた幼女も一緒だ。
ただし、彼女の姿はマクギリアスには見えない。
同じ馬車に乗せて欲しいと言えば、私との関係を聞かれるだろうし、かといって彼女だけ別の馬車に乗せるのは無理がある。
実際の年齢はともかくとして、彼女の見た目は幼女なのだ。
お金を払ったところで乗せてはくれないだろう。
そのことを幼女に伝えたら、「なんじゃ、それならこうすればよい」と言った次の瞬間には姿が見えなくなった。
居なくなったわけではなく、魔法で周囲に感知されないようにしているだけなんだとか。
これなら確かに私と同じ馬車で王都まで戻ることができる。
マクギリアスも一緒だけれど。
帰りの道中、マクギリアスはあまり喋らなかった。
まあ、無理もないとは思う。
街の住人を避難させた兵士の証言によって、単眼の巨人を倒したのはマクギリアスだということになっている。
マクギリアスの傍に大きな魔石と鈍器が落ちていたこと、街の外で戦っていた兵士の中にマクギリアスのことを知っている者がいたことも大きい。
王国の騎士団長に就き、長らく亜人の国との国境沿いにある砦を守護してきたのだ。
疑う者など誰一人としていなかった。
そう、馬車が出発する直前までマクギリアスは街の住人に感謝され続けていた。
きっと今後も街にやって寄るたびに、彼は今日のことを言われるはずだ。
――街を魔物から救ってくれた英雄だ、と。
自分が倒していないのにそのように褒め称えられるのは、何とも居心地が悪いだろうに。
だが、マクギリアスは否定しなかった。
私との約束を律義に守ろうとしているのだろう。
そんなところは好感が持てる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして翌日。
王都に帰ってきた私は、マクギリアスの馬車で私が経営する店まで送ってもらった。
「泊まりがけというのには驚きましたけど、楽しかったです」
マクギリアスは私の言葉に軽く頷くと、淡い微笑みを浮かべた。
「前もって伝えなかったことは申し訳ない。だが、楽しんでもらえて何よりだ」
本当に行って良かった。
おかげで新しい出会いと発見もあったことだし。
セバスは有能すぎるほど有能だけど、たまにはこうして自分の足で出向くことも大事よね。
「…………その、今回はありがとう。私も、楽しかった」
「こちらこそ、誘ってくださってありがとうございました」
「エリー殿さえ良ければ、また誘っても構わないだろうか?」
「もちろん、構いませんわ。ただし、泊まりがけになるほどの場所へお出かけするのでしたら前もって教えてくださいね」
事前に言っておかないとレボルが心配するでしょうし。
というか、ついて行くって言いそうよね。
私の言葉にマクギリアスは苦笑しながら「もちろんだとも」と言って頷いた。
私を送ってくれたマクギリアスは、そのあとすぐに馬車に乗り込みお城へと戻っていった。
聖地に現れた魔物について国王に報告するのだそうだ。
うん、今まで魔物を寄せ付けなかった場所に突然複数現れたんですもの。
それは確かに伝えておかないといけないわよね。
私はマクギリアスの乗った馬車が見えなくなるまで見送ると、後ろを見る。
「そろそろいいわよ」
「やっとか。ずっと黙っているのは疲れるわい」
「仕方がないでしょう。姿は見えないのに声だけ聞こえるなんて怪しまれるじゃない」
怪しまれるというよりホラーでしかない。
「ふん、それよりもここがお主の家か?」
「ここは商品を販売するためのお店よ。家は別の場所にあるわ」
住んでいるのは確かだが、私の家というわけではなく間借りしているだけなのだけれど。
そのことは口に出さず、店の中に入る。
「お帰りなさいませ、お嬢様。おや、そちらの方は?」
出迎えてくれたセバスが幼女を見ながら訊ねてきた。
「私の客として扱ってちょうだい」
「かしこまりました」
セバスが恭しく頭を下げる。
「彼女の名前は――あら? そういえば、聞いていなかったわね」
「儂か? 儂の名はジヴリールじゃ」
セバスを見る。
フルフルと首を振った。
セバスにはこの世界について色々と調べてもらっているが、ジヴリールという名に心当たりはないようだ。
「セバス。私はジヴリールを連れてあちらに戻るわ」
ジヴリールにしっかり話を聞くのであれば、店よりも魔王城のほうがいい。
あっちなら情報が洩れることもないし。
私は店の奥にある大きな鏡の前に立つ。
一見すると何の変哲もないただの鏡にしか見えないのだけど――私は鏡に触れながら魔力を流し込む。
「さあ、行きましょうか」
私の手が、ずぶずぶと鏡の中に吸い込まれるように入っていく。
「鏡を別の場所と繋げたのか! なんとも面白い魔法じゃのう」
私の後ろをついてきたジヴリールが部屋を見渡しながら感心している。
転移魔法を使うという手もあるけれど、こうして中継地点を繋いでおけば消費する魔力は少なくて済む。
うーん。
私は軽く背伸びする。
たった数日しか空けていないというのに懐かしい感じがするのは、それだけ長く魔王城にいるということかしら。
そんなことを考えていたら、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
「……エリカ」
「ただいま戻りました、レボル様。特に音はしなかったはずなのに、戻ったことがよく分かりましたね?」
不思議に思って訊ねると、レボルは無言のままこちらに近づいてきた。
「お前の魔力は覚えている。我の範囲内に入ればすぐ分かるとも。そんなことよりも、だ」
レボルは私の肩に手を置き、真剣な眼差しで私を見る。
「ただ出掛けるだけではなかったのか?」
「えーと、ですね。私も行ってから聞かされたのですけれど、目的地が馬車で1日以上かかる場所だったんです。それで途中の宿に泊まることになりまして帰りが遅くなってしまいました」
「なん、だと……」
レボルが驚いたように一歩二歩と後ろによろめいた。
帰りが遅くなったのは悪いと思っているけど、そんなに驚くこと?
「ご安心ください。特に何もありませんでしたので」
少なくともマクギリアスとの間には何も起きていない、と私は思っている。
すると、レボルはあからさまにホッとした表情を浮かべる。
が、すぐに表情を引き締めた。
「……何を言っている。別に我は心配などしておらん」
「本当ですか?」
私はレボルに近づくと、下から覗き込むようにしながら顔を見た。
「……本当だ」
レボルは私と視線を合わせようとしない。
感情を視ればバレバレなんだけど……まあ、そういうことにしてあげましょう。
からかうのはこの辺にしようと思っていたら、後ろから声が聞こえてきた。
「なんじゃ、こやつもお主のことを好いておるのか。罪な女子じゃのう」
――あ、ジヴリールがいることを忘れていたわ。
『英雄の剣』に封印されていた幼女も一緒だ。
ただし、彼女の姿はマクギリアスには見えない。
同じ馬車に乗せて欲しいと言えば、私との関係を聞かれるだろうし、かといって彼女だけ別の馬車に乗せるのは無理がある。
実際の年齢はともかくとして、彼女の見た目は幼女なのだ。
お金を払ったところで乗せてはくれないだろう。
そのことを幼女に伝えたら、「なんじゃ、それならこうすればよい」と言った次の瞬間には姿が見えなくなった。
居なくなったわけではなく、魔法で周囲に感知されないようにしているだけなんだとか。
これなら確かに私と同じ馬車で王都まで戻ることができる。
マクギリアスも一緒だけれど。
帰りの道中、マクギリアスはあまり喋らなかった。
まあ、無理もないとは思う。
街の住人を避難させた兵士の証言によって、単眼の巨人を倒したのはマクギリアスだということになっている。
マクギリアスの傍に大きな魔石と鈍器が落ちていたこと、街の外で戦っていた兵士の中にマクギリアスのことを知っている者がいたことも大きい。
王国の騎士団長に就き、長らく亜人の国との国境沿いにある砦を守護してきたのだ。
疑う者など誰一人としていなかった。
そう、馬車が出発する直前までマクギリアスは街の住人に感謝され続けていた。
きっと今後も街にやって寄るたびに、彼は今日のことを言われるはずだ。
――街を魔物から救ってくれた英雄だ、と。
自分が倒していないのにそのように褒め称えられるのは、何とも居心地が悪いだろうに。
だが、マクギリアスは否定しなかった。
私との約束を律義に守ろうとしているのだろう。
そんなところは好感が持てる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして翌日。
王都に帰ってきた私は、マクギリアスの馬車で私が経営する店まで送ってもらった。
「泊まりがけというのには驚きましたけど、楽しかったです」
マクギリアスは私の言葉に軽く頷くと、淡い微笑みを浮かべた。
「前もって伝えなかったことは申し訳ない。だが、楽しんでもらえて何よりだ」
本当に行って良かった。
おかげで新しい出会いと発見もあったことだし。
セバスは有能すぎるほど有能だけど、たまにはこうして自分の足で出向くことも大事よね。
「…………その、今回はありがとう。私も、楽しかった」
「こちらこそ、誘ってくださってありがとうございました」
「エリー殿さえ良ければ、また誘っても構わないだろうか?」
「もちろん、構いませんわ。ただし、泊まりがけになるほどの場所へお出かけするのでしたら前もって教えてくださいね」
事前に言っておかないとレボルが心配するでしょうし。
というか、ついて行くって言いそうよね。
私の言葉にマクギリアスは苦笑しながら「もちろんだとも」と言って頷いた。
私を送ってくれたマクギリアスは、そのあとすぐに馬車に乗り込みお城へと戻っていった。
聖地に現れた魔物について国王に報告するのだそうだ。
うん、今まで魔物を寄せ付けなかった場所に突然複数現れたんですもの。
それは確かに伝えておかないといけないわよね。
私はマクギリアスの乗った馬車が見えなくなるまで見送ると、後ろを見る。
「そろそろいいわよ」
「やっとか。ずっと黙っているのは疲れるわい」
「仕方がないでしょう。姿は見えないのに声だけ聞こえるなんて怪しまれるじゃない」
怪しまれるというよりホラーでしかない。
「ふん、それよりもここがお主の家か?」
「ここは商品を販売するためのお店よ。家は別の場所にあるわ」
住んでいるのは確かだが、私の家というわけではなく間借りしているだけなのだけれど。
そのことは口に出さず、店の中に入る。
「お帰りなさいませ、お嬢様。おや、そちらの方は?」
出迎えてくれたセバスが幼女を見ながら訊ねてきた。
「私の客として扱ってちょうだい」
「かしこまりました」
セバスが恭しく頭を下げる。
「彼女の名前は――あら? そういえば、聞いていなかったわね」
「儂か? 儂の名はジヴリールじゃ」
セバスを見る。
フルフルと首を振った。
セバスにはこの世界について色々と調べてもらっているが、ジヴリールという名に心当たりはないようだ。
「セバス。私はジヴリールを連れてあちらに戻るわ」
ジヴリールにしっかり話を聞くのであれば、店よりも魔王城のほうがいい。
あっちなら情報が洩れることもないし。
私は店の奥にある大きな鏡の前に立つ。
一見すると何の変哲もないただの鏡にしか見えないのだけど――私は鏡に触れながら魔力を流し込む。
「さあ、行きましょうか」
私の手が、ずぶずぶと鏡の中に吸い込まれるように入っていく。
「鏡を別の場所と繋げたのか! なんとも面白い魔法じゃのう」
私の後ろをついてきたジヴリールが部屋を見渡しながら感心している。
転移魔法を使うという手もあるけれど、こうして中継地点を繋いでおけば消費する魔力は少なくて済む。
うーん。
私は軽く背伸びする。
たった数日しか空けていないというのに懐かしい感じがするのは、それだけ長く魔王城にいるということかしら。
そんなことを考えていたら、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
「……エリカ」
「ただいま戻りました、レボル様。特に音はしなかったはずなのに、戻ったことがよく分かりましたね?」
不思議に思って訊ねると、レボルは無言のままこちらに近づいてきた。
「お前の魔力は覚えている。我の範囲内に入ればすぐ分かるとも。そんなことよりも、だ」
レボルは私の肩に手を置き、真剣な眼差しで私を見る。
「ただ出掛けるだけではなかったのか?」
「えーと、ですね。私も行ってから聞かされたのですけれど、目的地が馬車で1日以上かかる場所だったんです。それで途中の宿に泊まることになりまして帰りが遅くなってしまいました」
「なん、だと……」
レボルが驚いたように一歩二歩と後ろによろめいた。
帰りが遅くなったのは悪いと思っているけど、そんなに驚くこと?
「ご安心ください。特に何もありませんでしたので」
少なくともマクギリアスとの間には何も起きていない、と私は思っている。
すると、レボルはあからさまにホッとした表情を浮かべる。
が、すぐに表情を引き締めた。
「……何を言っている。別に我は心配などしておらん」
「本当ですか?」
私はレボルに近づくと、下から覗き込むようにしながら顔を見た。
「……本当だ」
レボルは私と視線を合わせようとしない。
感情を視ればバレバレなんだけど……まあ、そういうことにしてあげましょう。
からかうのはこの辺にしようと思っていたら、後ろから声が聞こえてきた。
「なんじゃ、こやつもお主のことを好いておるのか。罪な女子じゃのう」
――あ、ジヴリールがいることを忘れていたわ。
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