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彼女に相応しいのは誰だ?

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 レボルが善人よしとの前に現れる少し前。

 エリカはレボルと、魔王城の自室にある大鏡を通して善人たちの様子を見ていた。

 目的はジヴリールとティルナノーグに現れた魔物との関連を探ることにあったが、善人がピンチになったときにいつでも助けに行けるようにするためでもあった。

 現れた魔物の姿を一目見て、エリカはふうっと息を吐く。

「……今の善人じゃちょっと厳しいわね」

「そうなのか?」

「ええ」

 エリカはレボルの問いに軽く頷き、大鏡を見る。

 善人のレベルは90と高い。
 それに加えてエリカが調整した『英雄の剣』の効果もある。

 普通の魔物が相手であれば何ら問題なかったのだが……。

「ならばどうする?」

「そうね……」

 エリカは思案する。
 
 大鏡には、ちょうど善人が魔物に吹き飛ばされる様子が映し出されていた。
 放っておけば確実に善人は死ぬだろう。
 それは彼女の望むところではない。

「私が助けに行くのが一番いいのでしょうけれど」

 エリカが助けに行った場合、仮に姿を変えていても気づかれる可能性がある。
 
 善人は変なところで勘の鋭いところがあるのだ。

 いつかは姿を見せるつもりではあったが、今はまだその時ではない。
 エリカはそう考えていた。

 でも、そうは言っても状況はかなり悪い。

 善人が仲間を逃がすために攻撃を仕掛けているが、やはりほとんどダメージを与えることはできていないのだ。
 
 ……やっぱり私が行くしかないわね。

 バレるバレないなどと気にしている場合ではない、そう決意したエリカがソファから立ち上がろうとしたその時である。

「待て。エリカが行く必要はない」

「……それはどういうことレボル様。まさか、見捨てろとでも仰りたいのかしら?」

 立ち上がるのを止めたレボルに、エリカは乾いた雪のように冷たい笑みを向けた。

 途端に、エリカの座るソファ周辺の温度が一気に下がったような感じがした。
 いや、感じがしたのではない。
 実際にエリカの魔力によって氷点下まで下がったのだ。

 今の彼女を前にして、恐怖しない者はいないだろう。

 それはレボルも同じだったが、今の彼は恐怖よりも嫉妬のほうが勝っていた。

 いつも感情を表に出さぬエリカが、善人とやらのために怒っている。
 レボルにはそれが許せなかった。

「我が行く」

「え……?」

「我が行くと言っているのだ。その方がエリカにとっても良かろう?」

「それは……私としてもありがたいのですが……」

 レボルが自分の代わりに行ってくれるのであれば、バレることはない。
 ただ、何故このタイミングでレボルが行くと言ったのか、エリカには分からなかった。

「だったらよいではないか。時間もないのだ、奴の前へ繋いでくれ」

 実のところ、レボルは善人がどうなろうとどうでもいい。
 
 エリカが気にかけている相手というのは知っているが、レボルには何の関係もないのだ。

 では、何故わざわざ自ら行くと言ったのか。

 理由はただ一つ。
 自分の方が善人よりも強く、エリカの隣に相応しいと見せつけるためである。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レボルは先ほどまで魔物がいた場所を一瞥すると振り返り、善人を見た。

 魔物につけられた傷が痛むのか、レボルの前で跪いた状態になっている。

 ――あの程度の輩を相手にして傷つくなど、やはり人間は脆い。
 ふっ、まあいい。
 これで我の方がコイツより上だということが、エリカにも分かったであろう。

 レボルは人目をひく美しい顔に、薄い笑みを浮かべる。

 その顔は、男の善人でさえ思わず息を止めて魅入ってしまうほどだった。

「どうした、立てぬなら手を貸してやってもいいぞ」

「い、いえ! 大丈夫です!」

 善人は立ち上がる。
 そこで、自分が助けてもらったのだということに気づいた。

「助けていただいてありがとうございましたっ」

 勢いよく頭を下げる。
 体の至るところが悲鳴を上げているが関係ない。

 助けてもらったら礼を言う。
 善人にとって当たり前のことだった。

「……ふん、気にするな」

「いえ、そういうわけにはいきません。貴方がいなければ僕は死んでいたんですから。貴方は命の恩人です、本当にありがとうございました!」

「……」

 なんなのだ、こいつは。

 レボルは理解できなかった。

 助けてもらったといっても、いきなり現れたんだぞ?
 それにレボルの姿は人間とは全く異なる。
 普通に考えれば怪しいと疑う場面のはずだ。

 それなのにこの男ときたら、まるで疑っておらぬだと……くっ、眩しい。

 善人は、キラキラとした爽やかな笑顔をレボルに向けている。

 これも勇者の能力の一つかと考えたレボルだが、もちろんそんなことはない。
 ただ、単に善人が純粋すぎるだけである。

「僕は一ノ瀬善人と言います。よかったら貴方のお名前を教えてもらえないでしょうか?」

「む……いや、名乗るほどでは……」

 レボルは言葉を濁した。

 善人への嫉妬て、エリカにいいところを見せたいという勢いだけで出てきてしまったので、まさか名前を聞かれるとは思っていなかったのだ。

 しまった。

 レボルはここにきてようやく自分が魔王で、目の前に立つ男が勇者であることを思い出した。

 本来であれば出会うはずのない場所で出会ってしまったのだ。

 せめてエリカに姿を変えてもらってからくればよかった。
 ミスを自覚したレボルは、どうにかこの場を切り抜けようと考えた。

 その時だ。

 遠くから走ってくる人影にレボルはチャンスを見出した。

「……あちらからやって来ているのは貴様の仲間か?」

「え? ……あ!」

 善人が振り返ると、その人影はバッツたちであった。

「そうです! 良かった、無事だったんだ……」

 善人は安堵のため息を漏らす。

 自分が生き残ったことよりも、仲間が無事でいてくれたことが何よりも嬉しかった。

「仲間にも貴方のことを紹介させてくださ――あ!」

 善人が振り返ると、自分を助けてくれた男の体が光に包まれていた。

「待ってください! まだ、お礼の途中なのに」

 しかし、レボルは首を横に振った。

「気にするなと言ったはずだ」

 そしてレボルの輝きが増していく。

「またどこかで会えますか!」

「……貴様が歩みを止めなければ、いずれ会えるだろう」

「それはどういう……?」

 善人はその答えを聞くことはできなかった。
 レボルの姿が消えてしまったからだ。

 少しの間、男がいた場所を見つめていた善人だったが、やがて踵を返す。

 強くなったと思っていたが、それは間違いだった。
 上には上がいる。
 
 正体不明の魔物と戦えたこと、そして自分を助けてくれた男の戦いを見れたことは、善人にとっていい経験になった。

 自分はまだまだ未熟だ。
 だが、まだ強くなれる。

 最後の言葉の意味はよく分からなかったが、きっといつか彼と再会できるはずだ。

 その日まで歩み続けよう、善人はそう誓った。
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