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幼女の変化
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「お帰りなさい」
「……ああ」
ソファに優雅に腰かけ、たおやかで柔和な微笑を浮かべる美少女の歓迎を受け、聖域から戻ってきたレボルは短く答える。
勢いで聖域に向かって魔物を屠り、結果的に善人とその仲間を救った。
そのこと自体に後悔などない。
あの魔物はレボルの姿を見て「何者だ」と言っていた。
つまりレボルを――魔王を知らぬということ。
通常、魔物や魔族は魔王に歯向かうことができない。
それは魂レベルで刻みつけられた呪いにも似たものだ。
だが、聖域にいた魔物はレボルを敵とみなし、攻撃をしてきた。
これの意味するところ、それは――、
「――魔神ジヴリールとは別の存在につくられた、か」
魔王や魔族、そして魔物は元をたどれば皆、魔神ジヴリールによってつくりだされた。
故に、彼らが崇める神はジヴリールのみである。
しかし、レボルが倒した魔物は死ぬ間際、アマルディアナの名を口にした。
そう、今では誰も知らぬはずの女神の名を口にしたのだ。
あの魔物がなぜ、その名を口にしたのかは分からないし、知る方法はない。
話を聞きたくとも倒してしまっているからだ。
「殺さず生かしておけばよかったか……?」
魔物は言葉を交わすだけの知能を持っていた。
生け捕りにして魔王城に連れ帰っていれば、エリカなら情報を探ることができたはずだ。
わずかに後悔しかけたそのとき。
「いえ、倒しておいて正解でしたわ」
「そうか?」
「ええ」
この世のものとは思えない美貌の少女――エリカが頷く。
魔王であるレボルですら見惚れてしまう美を兼ね備えたエリカの表情は、とても穏やかだ。
いや、どちらかといえば生暖かい眼差しを向けられているようにも感じる。
「――歩みを止めなければ、いずれ会えるだろう」
「なっ!?」
「情熱的な台詞に私、思わず顔が緩んでしまいました」
「いや、あれはだな……」
「分かっております。貴方は魔王で、善人は勇者。善人が魔王討伐を続ければ、いずれはレボル様と再会することになりますものね。ですが、あの言い方は……ふふ」
「……からかうな」
口元に手をあてて笑うエリカに、レボルは指で頬を掻く。
「ふふ、申し訳ございません。――レボル様、善人を助けていただきありがとうございました」
真顔になったエリカがゆっくりと頭を下げる。
「別に礼を言われるほどのことではない。我がやりたいからやっただけだ」
「レボル様がそう仰るのでしたら、そういうことにしておきましょう」
「エリカ、我は本当に――ん、その娘は誰だ?」
レボルはそこで初めて、エリカの後ろで寛いでいる少女に気づいた。
見た目は人間でいえば13から14歳といったところか。
どこか見覚えのある外見の少女だ。
しかし、そんなはずはない。
確かによく似ているが自分が覚えているのは幼女であり、目の前にいるのは少女だ。
「ジヴリールですわ」
「うむ!」
「……は?」
レボルは一瞬、エリカが何を言っているのか理解できなかった。
「本当にジヴリール、なのか?」
「レボル様であれば、魔力で彼女が誰なのかお分かりになるでしょう?」
レボルは少女を見る。
魔力は一人ひとりに特徴がある。
エリカの言う通り、少女の魔力はジヴリールのものと全く同じだった。
――しかし、だ。
レボルが聖域に向かう前に見たジヴリールは幼女の姿だった。
それは間違いない。
聖域から魔王城に戻ってくるまでの時間はせいぜい10分程度。
その短い時間にいったい何が起きたというのか。
「恐らく、ですが」
エリカが口を開く。
「ジヴリールは力を取り戻したんだと思います」
「力を?」
「そうです。そして力を取り戻すきっかけとなったのは、レボル様が倒した――」
「聖域にいた魔物、というわけか」
エリカが頷く。
「レボル様が魔物を倒した直後、ジヴリールの体が光に包まれました。光っていたのは数秒ほどの短い時間ですが、光が収まったときにはこの姿になっていたのです」
「元の姿に近づいたというわけじゃ」
「近づいた……? まだ完全な姿ではないというわけか?」
レボルがジヴリールに問いかける。
今のジヴリールから感じる魔力は凄まじい。
先ほど対峙した魔物の比ではないし、勝つのは恐らく無理だろうとレボルはみている。
「当たり前じゃ。まだ元の力の半分にも満たぬわ」
ジヴリールの言葉に、レボルは凝然と目を見開く。
彼女の言葉が真実ならば、真の姿を取り戻したときはいったいどれほどなのか。
本当に魔神ジヴリールなのかもしれないな。
そう思えるくらいに、目の前の少女の魔力は強大だった。
「なら、他にもあるということよね。ジヴリールの力を封じた聖域とやらが」
「じゃろうな」
あと一つか二つでしょうね。
ジヴリールの姿を見て、エリカはそう考えた。
ジヴリールが元の力を取り戻したとき、3人の女神たちはどうするだろう。
いや、正確にはイシュベルとフローヴァがどのような反応を見せるだろう。
今のジヴリールでも、彼女たちとやり合うだけの力はある。
完全に力を取り戻した状態なら、2人がかりだったとしてもまるで相手にならないだろう。
それは絶対に阻止したいはず。
――ということは。
相手が次に取るであろう手は想像に難くない。
「女神を――イシュベルとフローヴァの監視を強化する必要がありそうね」
「奴らなら聖域の場所を知っていてもおかしくないじゃろうしな」
女神がのこのこと聖域に現れるとはエリカも考えていない。
何せ、邪神となったアマルディアナの封印に力を割いている状態だ。
きっとまた、あの勇者を駒として利用するだろう。
ただ、可能性がまったくないというわけでもない。
勇者のほうの監視はセバスに任せ、女神は自分が監視する。
そうすれば尻尾を掴むのは容易い。
不意に、今まで黙っていたレボルが口を開く。
「……エリカよ。聖域を見つけた時には我もまた力を貸すぞ」
「あら、よろしいのですか?」
「ああ」
レボルが今回のように力を貸してくれるのであれば心強い。
聖域の魔物の強さが同じであれば、レボルならじゅうぶん倒すことができるのだから。
「儂のために動くとは、なかなか見どころのある奴じゃ」
「別に貴様のためではない。あくまでエリカのためであって、貴様はそのついでだ」
ふん、と顔を背けるレボルに、ジヴリールはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてエリカを見た。
「お主のためだそうじゃぞ?」
「ふふ、ありがとうございます」
「だから礼など要らんと言っただろうが……」
レボルのその美しい顔がどのような表情をしているか、エリカたちから窺い知ることはできなかった。
だが、2人は見逃さなかった。
レボルの耳がわずかに赤く染まっていることに。
「……ああ」
ソファに優雅に腰かけ、たおやかで柔和な微笑を浮かべる美少女の歓迎を受け、聖域から戻ってきたレボルは短く答える。
勢いで聖域に向かって魔物を屠り、結果的に善人とその仲間を救った。
そのこと自体に後悔などない。
あの魔物はレボルの姿を見て「何者だ」と言っていた。
つまりレボルを――魔王を知らぬということ。
通常、魔物や魔族は魔王に歯向かうことができない。
それは魂レベルで刻みつけられた呪いにも似たものだ。
だが、聖域にいた魔物はレボルを敵とみなし、攻撃をしてきた。
これの意味するところ、それは――、
「――魔神ジヴリールとは別の存在につくられた、か」
魔王や魔族、そして魔物は元をたどれば皆、魔神ジヴリールによってつくりだされた。
故に、彼らが崇める神はジヴリールのみである。
しかし、レボルが倒した魔物は死ぬ間際、アマルディアナの名を口にした。
そう、今では誰も知らぬはずの女神の名を口にしたのだ。
あの魔物がなぜ、その名を口にしたのかは分からないし、知る方法はない。
話を聞きたくとも倒してしまっているからだ。
「殺さず生かしておけばよかったか……?」
魔物は言葉を交わすだけの知能を持っていた。
生け捕りにして魔王城に連れ帰っていれば、エリカなら情報を探ることができたはずだ。
わずかに後悔しかけたそのとき。
「いえ、倒しておいて正解でしたわ」
「そうか?」
「ええ」
この世のものとは思えない美貌の少女――エリカが頷く。
魔王であるレボルですら見惚れてしまう美を兼ね備えたエリカの表情は、とても穏やかだ。
いや、どちらかといえば生暖かい眼差しを向けられているようにも感じる。
「――歩みを止めなければ、いずれ会えるだろう」
「なっ!?」
「情熱的な台詞に私、思わず顔が緩んでしまいました」
「いや、あれはだな……」
「分かっております。貴方は魔王で、善人は勇者。善人が魔王討伐を続ければ、いずれはレボル様と再会することになりますものね。ですが、あの言い方は……ふふ」
「……からかうな」
口元に手をあてて笑うエリカに、レボルは指で頬を掻く。
「ふふ、申し訳ございません。――レボル様、善人を助けていただきありがとうございました」
真顔になったエリカがゆっくりと頭を下げる。
「別に礼を言われるほどのことではない。我がやりたいからやっただけだ」
「レボル様がそう仰るのでしたら、そういうことにしておきましょう」
「エリカ、我は本当に――ん、その娘は誰だ?」
レボルはそこで初めて、エリカの後ろで寛いでいる少女に気づいた。
見た目は人間でいえば13から14歳といったところか。
どこか見覚えのある外見の少女だ。
しかし、そんなはずはない。
確かによく似ているが自分が覚えているのは幼女であり、目の前にいるのは少女だ。
「ジヴリールですわ」
「うむ!」
「……は?」
レボルは一瞬、エリカが何を言っているのか理解できなかった。
「本当にジヴリール、なのか?」
「レボル様であれば、魔力で彼女が誰なのかお分かりになるでしょう?」
レボルは少女を見る。
魔力は一人ひとりに特徴がある。
エリカの言う通り、少女の魔力はジヴリールのものと全く同じだった。
――しかし、だ。
レボルが聖域に向かう前に見たジヴリールは幼女の姿だった。
それは間違いない。
聖域から魔王城に戻ってくるまでの時間はせいぜい10分程度。
その短い時間にいったい何が起きたというのか。
「恐らく、ですが」
エリカが口を開く。
「ジヴリールは力を取り戻したんだと思います」
「力を?」
「そうです。そして力を取り戻すきっかけとなったのは、レボル様が倒した――」
「聖域にいた魔物、というわけか」
エリカが頷く。
「レボル様が魔物を倒した直後、ジヴリールの体が光に包まれました。光っていたのは数秒ほどの短い時間ですが、光が収まったときにはこの姿になっていたのです」
「元の姿に近づいたというわけじゃ」
「近づいた……? まだ完全な姿ではないというわけか?」
レボルがジヴリールに問いかける。
今のジヴリールから感じる魔力は凄まじい。
先ほど対峙した魔物の比ではないし、勝つのは恐らく無理だろうとレボルはみている。
「当たり前じゃ。まだ元の力の半分にも満たぬわ」
ジヴリールの言葉に、レボルは凝然と目を見開く。
彼女の言葉が真実ならば、真の姿を取り戻したときはいったいどれほどなのか。
本当に魔神ジヴリールなのかもしれないな。
そう思えるくらいに、目の前の少女の魔力は強大だった。
「なら、他にもあるということよね。ジヴリールの力を封じた聖域とやらが」
「じゃろうな」
あと一つか二つでしょうね。
ジヴリールの姿を見て、エリカはそう考えた。
ジヴリールが元の力を取り戻したとき、3人の女神たちはどうするだろう。
いや、正確にはイシュベルとフローヴァがどのような反応を見せるだろう。
今のジヴリールでも、彼女たちとやり合うだけの力はある。
完全に力を取り戻した状態なら、2人がかりだったとしてもまるで相手にならないだろう。
それは絶対に阻止したいはず。
――ということは。
相手が次に取るであろう手は想像に難くない。
「女神を――イシュベルとフローヴァの監視を強化する必要がありそうね」
「奴らなら聖域の場所を知っていてもおかしくないじゃろうしな」
女神がのこのこと聖域に現れるとはエリカも考えていない。
何せ、邪神となったアマルディアナの封印に力を割いている状態だ。
きっとまた、あの勇者を駒として利用するだろう。
ただ、可能性がまったくないというわけでもない。
勇者のほうの監視はセバスに任せ、女神は自分が監視する。
そうすれば尻尾を掴むのは容易い。
不意に、今まで黙っていたレボルが口を開く。
「……エリカよ。聖域を見つけた時には我もまた力を貸すぞ」
「あら、よろしいのですか?」
「ああ」
レボルが今回のように力を貸してくれるのであれば心強い。
聖域の魔物の強さが同じであれば、レボルならじゅうぶん倒すことができるのだから。
「儂のために動くとは、なかなか見どころのある奴じゃ」
「別に貴様のためではない。あくまでエリカのためであって、貴様はそのついでだ」
ふん、と顔を背けるレボルに、ジヴリールはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてエリカを見た。
「お主のためだそうじゃぞ?」
「ふふ、ありがとうございます」
「だから礼など要らんと言っただろうが……」
レボルのその美しい顔がどのような表情をしているか、エリカたちから窺い知ることはできなかった。
だが、2人は見逃さなかった。
レボルの耳がわずかに赤く染まっていることに。
応援ありがとうございます!
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