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第十七話『カーマインの夢 後編』
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――王都に着いた頃にはすっかり日は暮れ、街の至る所に灯りがともり、任務をこなして外から戻ってきた冒険者は酒場へ足を運んでいる。
彼らは一日無事に過ごせた事に感謝をしつつ、食べ、飲み、騒ぎ、そして笑っていた。
こうして道を歩いていても、酒場の喧騒が聞こえてくる。
それがまた、俺達が無事に戻ってきたのだと実感させてくれた。
酒場を通り過ぎ宿屋に戻った俺達は、まず食事を取り、その後軽く水浴びをした。
一息ついたところで、俺とエルリックの部屋に集まる。
ファラには悪いが、エルザの部屋で待っていてもらうようにお願いしているので、今は俺達三人のみだ。
そこで初めてエルザが口を開く。
「カーマイン、私達に話しておきたいことって何なの?」
「あぁ、俺が冒険者になった理由、つまりは俺の夢について、皆に話しておこうと思ってな」
「カーマインの夢?」
「カーマイン……それは――」
エルザは首を傾げているが、エルリックは目を大きく見開いている。
エルリックの反応は当然だろう。
俺が冒険者になった理由を話すということは、元王族であったということをエルザに伝える事になる。
そのことを話す危険は当然ある。
だが俺の中では短い付き合いながら、エルザは信頼に足る人物だと確信している。
王族として過ごしてきた十五年間で人の悪意には、敏感になった。
だからこそ常に人の善意に対して、それが本心から来ているのか、それとも悪意によるものなのか疑うようになった。
【真実の瞳】は、その副産物として授けられた能力だと考えている。
簡単に他人を信頼出来るほど世界は優しく出来てはないし、甘くない。
その中にあって、ゴブリン討伐、護衛任務でのオークやオーガ討伐、そして今回の騒動。
エルザは短い付き合いの中で、俺達のことを本当に心配してくれていた。
ゴブリン討伐の時はともかくとして、護衛任務のオーガや、今回の件では下手をすれば命を落とすことだって有り得たんだ。
それにもかかわらず、彼女は俺達を思いやってくれた。真剣に怒ってくれた。
俺はそのことが素直に嬉しく、彼女になら教えてもいいと判断したんだ。
エルリックの目を見ながら、軽く頷く。
俺の覚悟が伝わったのか、エルリックの表情は柔らかいものになる。
「いいんだ、エルザにも聞いてもらいたい」
「? カーマイン?」
「エルザ。これから話すことは人には知られたくない事も含まれている。
だが俺は、エルザを大事な仲間だと思っているし、信頼もしているからこそ話そうと決めた。
――エルザは俺のことをどう思っている?」
「ふぇっ? ど、どう思っているだなんて、そんなっ! それは……その……」
「ん?」
俺の問いに慌て出すエルザ。
目を一杯に見開き、赤面している。
緊張に包まれていたはずの空気が弛緩していくのが分かる。
何でエルザは、あんなに慌てているんだ?
俺が首を傾げていると、エルリックが呆れ顔を俺に向けながら話す。
「……カーマイン。お前にはそんなつもりはないだろうけど、その言い方じゃエルザが勘違いするよ?」
「勘違い? 勘違いって何を?」
「はぁ。普段は恐ろしいほど鋭いのに、こういうことだけは鈍いな……。
まぁ、女性と関わった経験がない暮らしをしていたから、仕方ないと言ってしまえばそれまでなんだが……もう少し女性の気持ちも考えた方がいいよ?
カーマインの言動に一喜一憂する、女性は多いだろうからね」
エルリックにそこまで言われて、ようやく気付く。
確かに捉え方によっては、愛の告白と取られかねないな……。
エルザは「……カーマインが望むのなら私だって……」と、ブツブツ言いながら頬を染め上げていた。
「あー、エルザ。済まない。愛の告白とかそんなつもりではなく、ただ単に仲間としてどう思っているか聞いただけなんだ」
「ヘッ!? あ! あー……そうよね。あはははは、もちろん気づいてたわよっ。
仲間としてよね? そりゃカーマインやエルリックは大事な仲間に決まっているわ!」
「そ、そうか。エルザも俺達のことを同じように思ってくれていて嬉しいよ」
「えぇ! あくまで仲間としてよ、仲間として!」
「あ、あぁ。仲間としてだな? 分かったよ」
「……分かってない」
「え?」
「ううん、何でもないわっ! それよりもその大事な話とやらを聞かせてちょうだい」
何でもないと言うエルザは、拗ねて今にも泣き出しそうな表情をしていた。
エルリックは苦笑混じりの笑みを浮かべている。
よくは分からないが、また何かおかしなことを言ったのだろうか?
俺は戸惑いを覚えるとともに、置いてきぼりの感を自覚せずにはいられなかったが、理由を聞くとまた墓穴を掘りそうな気がしたから、このまま話を続ける。
「んんっ。じゃあ話をするぞ。
エルザ、まず初めに言っておく。
俺と兄さんは――実は兄弟じゃない」
「……え? えええええ!?」
「落ち着いて聞いてくれ。ついでに、カーマインやエルリックという名前も偽名だ。
俺の本当の名前は……カイル・フォン・スレイン。スレイン公国第三王子だ。
エルリックはアルフォンス・マクガイバー。俺の側使え兼護衛騎士をしていた」
「なっ、なっ、なっ……」
あまりにも衝撃の告白だったのだろう、俺とエルリックの顔を交互に向けるエルザの顔には、狼狽の色が浮かんでいた。
だが、いきなりの展開に動転したのは一瞬のことで、直ぐに何かを思い出したように俺に目をやる。
「そうよ! 確かカイル・フォン・スレインって病気で亡くなったんじゃ……?」
「あれは俺がでっち上げた嘘だ」
「嘘っ!?」
「あぁ」
――それから俺は、何故城を出ようと思ったのか、どうやって城を出たのか、城を出てエルザに出会うまでの事、どうして死を偽装したのかを説明した。
一つ一つ説明していくごとにエルザは驚愕の表情を浮かべていくが、最終的には乾いた笑いを漏らす。
しかし、急に真剣味を増した表情になり、エルザは俺に問いかけてきた。
「あはは……はぁ。もう驚きすぎてどう言っていいか分からないわ。
――カーマインは王族を捨てた事に後悔はしてないの?」
「全くないな。後悔するくらいなら最初から城を出ようなどとは思わないさ。
あるとすれば、兄さんを巻き込んでしまった事くらいだよ」
「ははは、私だって後悔などしていないさ。自分の意思で選んだ道だ。
それに城に残っていたら、第三王子の逃亡を止めることが出来なかった無能として、肩身の狭い思いをしていただろうしね」
「ふふっ。そうだったな。有難う、兄さん」
「ふーん。二人共お互い信頼し合っているのね。
何だか羨ましい関係ね」
「何を言ってるんだ? 俺達は同じくらいエルザの事を信頼してるぞ。
なぁ兄さん?」
「あぁ。だからエルザも気にすることはないし、これからも同じように接してくれればいいさ」
エルザの頬がたちまち朱に染まった。
「そ、そう? ……二人とも、ありがと」
恥じらいながらも視線を外さず、上目遣いに礼を述べる様は、年相応の可愛らしさがあり、思わず見蕩れてしまった。
「んんっ。とまぁ、ここまではあくまで本当に話したいことの前段階に過ぎない。
ここからが俺が本当に話したい大事なことだ」
その言葉に、二人の表情が引き締まる。
「俺が目指す夢、望む未来、とでも言えばいいかもしれないな。
その為に俺は冒険者になったんだから」
「カーマインの目指す夢?」
「あぁ。俺の夢は身分や性別、そして種族に関係なく、本人の能力で評価される世界を作り出すことだ」
「? 身分や性別、種族に関係なくってことは、貴族や平民も関係ないってことなの?」
エルザが小首を傾げて問い返す。
「そうだ。今の世界はどんな種族であれ、大なり小なり身分や性別によって、予め自分の【価値】というものが定められている。
例えば、王族に産まれたものは生涯王族として生きることになるし、貴族も然り。
商人の子は商人として、鍛冶師の子は鍛冶師として。
まあ平民も含めて冒険者になるという道もあるにはあるが、大成するには狭き道だ。
奴隷に至ってはどこまでいっても奴隷でしかない。
自分で解放する手もなくはないが、それには莫大な金が必要だし、金が貯まる前に死んでしまうことが殆どだ。
そして、それを誰もが当たり前の事として享受している。
――俺はそれが許せない」
「許せない? どうして?」
「自由がないからだ。奴隷にだってもしかしたら、商人の才能を持ったものがいるかもしれない。
商人にだってもしかしたら、冒険者の才能を持ったものがいるかもしれない。
授かる能力必ずしも身分と合致したものだとは限らないんだ。
もし、自分の身分に合っていない能力を授かったら、人はどうなると思う?」
俺はエルザの目を見て問いかける。
「そ、それは……諦めちゃうんじゃないかしら?」
「そうだ。そこで諦めてしまう。
どれだけ努力したところで、身分に合った能力を授かった者とそうでない者とでは、明らかな差がついてしまうからな。
そしてそれは嫉妬を生み、欲や争いへと繋がる。
これはどんな身分であろうと関係ない」
「カーマイン……」
表情を曇らせるエルザ。
「……勿体ないんだ。せっかく授かった貴重な能力。
誰しも一つしかない命を授かって、この世に生まれてきたはず。
誰にだって輝ける場はあって然るべきだし、誰であろうとその機会は等しく与えられるべきだ。
だが、残念ながら今の世界は、そのような者達に対して優しい世界じゃない。
――であるならば、それを俺が作りたいと思った。いや、作ってみせる。
俺が拾い上げて皆が輝ける場所を作り出す。この世界に生きる全ての者に夢を見せてやる。
その為の準備段階として、まずは金等級冒険者になり軍団を立ち上げたい」
「そう言えば、冒険者登録をした時に直ぐに軍団のことについて聞いてたわね。
このことに関係してたのね?」
「あぁ。軍団を立ち上げて、俺の夢に賛同してくれる仲間を増やしたいと考えている。
軍団を立ち上げれば資金も貯まりやすくなるし、隠れ蓑としては使い勝手がいいんだ。
但し、集める仲間は冒険者に限らず、種族や身分も関係なく集めたい。それも何か一芸に秀でていればそれでいい」
「一芸に秀でた者?」
「そうだ。むしろそういった者こそ、己の人生を諦めている場合が多い。
俺の夢に賛同してくれる仲間を増やしていき、俺達の軍団を母体とした組織を作り出す。
どんなことでもいい。何かしらの実力があれば認められる組織。
まぁ、名前までは決めてないんだけどな」
「そう……それがカーマインの目指す夢なのね?」
「あぁ。……ははっ。おかしいだろ? 王族だったっていうのに、今の身分制度とは真逆のことをしようとしている。
だけど、俺は王族として生きてきたからこそ、この身分というものに疑問を抱いてしまった。
変えたいと願ってしまった。
……俺のやろうとしていることで、他の争いが起きる可能性は十分考えられるし、きっと起きると思っている。
だが、それでも俺は、俺の全てを賭けて叶えたい」
固唾を飲んで俺の言葉に耳を傾けていた二人が、ごくりと唾を飲む。
俺の顔をジッと見つめてくる。
俺は二人の顔を見ながら、真っ直ぐに目線を合わせた。
どれだけ時間が経っただろうか。
不意にエルザが口を開く。
「正直言って、カーマインが言った事の半分も理解できてるかどうかは分からない。
それでも、貴方が本気だってことだけは、分かるわ」
「あぁ」
俺は静かに頷いた。
「俺は本気だ」
「……ああもぅ」
エルザは唸り声を上げながら、自分の髪を掻き毟った。
彼女は俺の前でウロウロと歩き回り、両腕を組んで何度もウンウンと唸っていた。
そうしてひとしきり悩むと、彼女は大きく溜め息を吐き、諦めたように口を開いた。
「最初に貴方と出会ったのも何かの縁だし、貴方と一緒だと面白いしね。
……その代わり、私は特別待遇にしなさいよねっ」
そう言って、俺の胸を軽く小突き、柔らかな笑みを浮かべる。
俺は呆然とエルザの顔を見つめた。
「大事な仲間、なんでしょ?」
「……すまない。有難う」
「いいのよっ。私だってカーマインには助けられたしね。……はぁ……惚れた弱みってやつかしら……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、な、何でもないわっ! 気にしないで!」
「あ、あぁ」
エルザが目を剥いて、指を突きつける。
「ははっ。纏まったようだね。
よかったじゃないか。カーマイン」
「兄さん……その、兄さんは――」
「おっと、私は初めから決めているよ。
――言っただろ?
お前の居る場所が私の居る場所なんだってね。
例えお前が嫌がってもついていくさ」
そう言って、真剣な表情で俺に頷き返すエルリック。
「……有難う。二人とも、本当に……有難う」
――この二人に出会えて本当に良かった。
胸の奥からこみ上げてくる感情を抑えつつ、俺は二人に感謝の言葉を伝えた。
彼らは一日無事に過ごせた事に感謝をしつつ、食べ、飲み、騒ぎ、そして笑っていた。
こうして道を歩いていても、酒場の喧騒が聞こえてくる。
それがまた、俺達が無事に戻ってきたのだと実感させてくれた。
酒場を通り過ぎ宿屋に戻った俺達は、まず食事を取り、その後軽く水浴びをした。
一息ついたところで、俺とエルリックの部屋に集まる。
ファラには悪いが、エルザの部屋で待っていてもらうようにお願いしているので、今は俺達三人のみだ。
そこで初めてエルザが口を開く。
「カーマイン、私達に話しておきたいことって何なの?」
「あぁ、俺が冒険者になった理由、つまりは俺の夢について、皆に話しておこうと思ってな」
「カーマインの夢?」
「カーマイン……それは――」
エルザは首を傾げているが、エルリックは目を大きく見開いている。
エルリックの反応は当然だろう。
俺が冒険者になった理由を話すということは、元王族であったということをエルザに伝える事になる。
そのことを話す危険は当然ある。
だが俺の中では短い付き合いながら、エルザは信頼に足る人物だと確信している。
王族として過ごしてきた十五年間で人の悪意には、敏感になった。
だからこそ常に人の善意に対して、それが本心から来ているのか、それとも悪意によるものなのか疑うようになった。
【真実の瞳】は、その副産物として授けられた能力だと考えている。
簡単に他人を信頼出来るほど世界は優しく出来てはないし、甘くない。
その中にあって、ゴブリン討伐、護衛任務でのオークやオーガ討伐、そして今回の騒動。
エルザは短い付き合いの中で、俺達のことを本当に心配してくれていた。
ゴブリン討伐の時はともかくとして、護衛任務のオーガや、今回の件では下手をすれば命を落とすことだって有り得たんだ。
それにもかかわらず、彼女は俺達を思いやってくれた。真剣に怒ってくれた。
俺はそのことが素直に嬉しく、彼女になら教えてもいいと判断したんだ。
エルリックの目を見ながら、軽く頷く。
俺の覚悟が伝わったのか、エルリックの表情は柔らかいものになる。
「いいんだ、エルザにも聞いてもらいたい」
「? カーマイン?」
「エルザ。これから話すことは人には知られたくない事も含まれている。
だが俺は、エルザを大事な仲間だと思っているし、信頼もしているからこそ話そうと決めた。
――エルザは俺のことをどう思っている?」
「ふぇっ? ど、どう思っているだなんて、そんなっ! それは……その……」
「ん?」
俺の問いに慌て出すエルザ。
目を一杯に見開き、赤面している。
緊張に包まれていたはずの空気が弛緩していくのが分かる。
何でエルザは、あんなに慌てているんだ?
俺が首を傾げていると、エルリックが呆れ顔を俺に向けながら話す。
「……カーマイン。お前にはそんなつもりはないだろうけど、その言い方じゃエルザが勘違いするよ?」
「勘違い? 勘違いって何を?」
「はぁ。普段は恐ろしいほど鋭いのに、こういうことだけは鈍いな……。
まぁ、女性と関わった経験がない暮らしをしていたから、仕方ないと言ってしまえばそれまでなんだが……もう少し女性の気持ちも考えた方がいいよ?
カーマインの言動に一喜一憂する、女性は多いだろうからね」
エルリックにそこまで言われて、ようやく気付く。
確かに捉え方によっては、愛の告白と取られかねないな……。
エルザは「……カーマインが望むのなら私だって……」と、ブツブツ言いながら頬を染め上げていた。
「あー、エルザ。済まない。愛の告白とかそんなつもりではなく、ただ単に仲間としてどう思っているか聞いただけなんだ」
「ヘッ!? あ! あー……そうよね。あはははは、もちろん気づいてたわよっ。
仲間としてよね? そりゃカーマインやエルリックは大事な仲間に決まっているわ!」
「そ、そうか。エルザも俺達のことを同じように思ってくれていて嬉しいよ」
「えぇ! あくまで仲間としてよ、仲間として!」
「あ、あぁ。仲間としてだな? 分かったよ」
「……分かってない」
「え?」
「ううん、何でもないわっ! それよりもその大事な話とやらを聞かせてちょうだい」
何でもないと言うエルザは、拗ねて今にも泣き出しそうな表情をしていた。
エルリックは苦笑混じりの笑みを浮かべている。
よくは分からないが、また何かおかしなことを言ったのだろうか?
俺は戸惑いを覚えるとともに、置いてきぼりの感を自覚せずにはいられなかったが、理由を聞くとまた墓穴を掘りそうな気がしたから、このまま話を続ける。
「んんっ。じゃあ話をするぞ。
エルザ、まず初めに言っておく。
俺と兄さんは――実は兄弟じゃない」
「……え? えええええ!?」
「落ち着いて聞いてくれ。ついでに、カーマインやエルリックという名前も偽名だ。
俺の本当の名前は……カイル・フォン・スレイン。スレイン公国第三王子だ。
エルリックはアルフォンス・マクガイバー。俺の側使え兼護衛騎士をしていた」
「なっ、なっ、なっ……」
あまりにも衝撃の告白だったのだろう、俺とエルリックの顔を交互に向けるエルザの顔には、狼狽の色が浮かんでいた。
だが、いきなりの展開に動転したのは一瞬のことで、直ぐに何かを思い出したように俺に目をやる。
「そうよ! 確かカイル・フォン・スレインって病気で亡くなったんじゃ……?」
「あれは俺がでっち上げた嘘だ」
「嘘っ!?」
「あぁ」
――それから俺は、何故城を出ようと思ったのか、どうやって城を出たのか、城を出てエルザに出会うまでの事、どうして死を偽装したのかを説明した。
一つ一つ説明していくごとにエルザは驚愕の表情を浮かべていくが、最終的には乾いた笑いを漏らす。
しかし、急に真剣味を増した表情になり、エルザは俺に問いかけてきた。
「あはは……はぁ。もう驚きすぎてどう言っていいか分からないわ。
――カーマインは王族を捨てた事に後悔はしてないの?」
「全くないな。後悔するくらいなら最初から城を出ようなどとは思わないさ。
あるとすれば、兄さんを巻き込んでしまった事くらいだよ」
「ははは、私だって後悔などしていないさ。自分の意思で選んだ道だ。
それに城に残っていたら、第三王子の逃亡を止めることが出来なかった無能として、肩身の狭い思いをしていただろうしね」
「ふふっ。そうだったな。有難う、兄さん」
「ふーん。二人共お互い信頼し合っているのね。
何だか羨ましい関係ね」
「何を言ってるんだ? 俺達は同じくらいエルザの事を信頼してるぞ。
なぁ兄さん?」
「あぁ。だからエルザも気にすることはないし、これからも同じように接してくれればいいさ」
エルザの頬がたちまち朱に染まった。
「そ、そう? ……二人とも、ありがと」
恥じらいながらも視線を外さず、上目遣いに礼を述べる様は、年相応の可愛らしさがあり、思わず見蕩れてしまった。
「んんっ。とまぁ、ここまではあくまで本当に話したいことの前段階に過ぎない。
ここからが俺が本当に話したい大事なことだ」
その言葉に、二人の表情が引き締まる。
「俺が目指す夢、望む未来、とでも言えばいいかもしれないな。
その為に俺は冒険者になったんだから」
「カーマインの目指す夢?」
「あぁ。俺の夢は身分や性別、そして種族に関係なく、本人の能力で評価される世界を作り出すことだ」
「? 身分や性別、種族に関係なくってことは、貴族や平民も関係ないってことなの?」
エルザが小首を傾げて問い返す。
「そうだ。今の世界はどんな種族であれ、大なり小なり身分や性別によって、予め自分の【価値】というものが定められている。
例えば、王族に産まれたものは生涯王族として生きることになるし、貴族も然り。
商人の子は商人として、鍛冶師の子は鍛冶師として。
まあ平民も含めて冒険者になるという道もあるにはあるが、大成するには狭き道だ。
奴隷に至ってはどこまでいっても奴隷でしかない。
自分で解放する手もなくはないが、それには莫大な金が必要だし、金が貯まる前に死んでしまうことが殆どだ。
そして、それを誰もが当たり前の事として享受している。
――俺はそれが許せない」
「許せない? どうして?」
「自由がないからだ。奴隷にだってもしかしたら、商人の才能を持ったものがいるかもしれない。
商人にだってもしかしたら、冒険者の才能を持ったものがいるかもしれない。
授かる能力必ずしも身分と合致したものだとは限らないんだ。
もし、自分の身分に合っていない能力を授かったら、人はどうなると思う?」
俺はエルザの目を見て問いかける。
「そ、それは……諦めちゃうんじゃないかしら?」
「そうだ。そこで諦めてしまう。
どれだけ努力したところで、身分に合った能力を授かった者とそうでない者とでは、明らかな差がついてしまうからな。
そしてそれは嫉妬を生み、欲や争いへと繋がる。
これはどんな身分であろうと関係ない」
「カーマイン……」
表情を曇らせるエルザ。
「……勿体ないんだ。せっかく授かった貴重な能力。
誰しも一つしかない命を授かって、この世に生まれてきたはず。
誰にだって輝ける場はあって然るべきだし、誰であろうとその機会は等しく与えられるべきだ。
だが、残念ながら今の世界は、そのような者達に対して優しい世界じゃない。
――であるならば、それを俺が作りたいと思った。いや、作ってみせる。
俺が拾い上げて皆が輝ける場所を作り出す。この世界に生きる全ての者に夢を見せてやる。
その為の準備段階として、まずは金等級冒険者になり軍団を立ち上げたい」
「そう言えば、冒険者登録をした時に直ぐに軍団のことについて聞いてたわね。
このことに関係してたのね?」
「あぁ。軍団を立ち上げて、俺の夢に賛同してくれる仲間を増やしたいと考えている。
軍団を立ち上げれば資金も貯まりやすくなるし、隠れ蓑としては使い勝手がいいんだ。
但し、集める仲間は冒険者に限らず、種族や身分も関係なく集めたい。それも何か一芸に秀でていればそれでいい」
「一芸に秀でた者?」
「そうだ。むしろそういった者こそ、己の人生を諦めている場合が多い。
俺の夢に賛同してくれる仲間を増やしていき、俺達の軍団を母体とした組織を作り出す。
どんなことでもいい。何かしらの実力があれば認められる組織。
まぁ、名前までは決めてないんだけどな」
「そう……それがカーマインの目指す夢なのね?」
「あぁ。……ははっ。おかしいだろ? 王族だったっていうのに、今の身分制度とは真逆のことをしようとしている。
だけど、俺は王族として生きてきたからこそ、この身分というものに疑問を抱いてしまった。
変えたいと願ってしまった。
……俺のやろうとしていることで、他の争いが起きる可能性は十分考えられるし、きっと起きると思っている。
だが、それでも俺は、俺の全てを賭けて叶えたい」
固唾を飲んで俺の言葉に耳を傾けていた二人が、ごくりと唾を飲む。
俺の顔をジッと見つめてくる。
俺は二人の顔を見ながら、真っ直ぐに目線を合わせた。
どれだけ時間が経っただろうか。
不意にエルザが口を開く。
「正直言って、カーマインが言った事の半分も理解できてるかどうかは分からない。
それでも、貴方が本気だってことだけは、分かるわ」
「あぁ」
俺は静かに頷いた。
「俺は本気だ」
「……ああもぅ」
エルザは唸り声を上げながら、自分の髪を掻き毟った。
彼女は俺の前でウロウロと歩き回り、両腕を組んで何度もウンウンと唸っていた。
そうしてひとしきり悩むと、彼女は大きく溜め息を吐き、諦めたように口を開いた。
「最初に貴方と出会ったのも何かの縁だし、貴方と一緒だと面白いしね。
……その代わり、私は特別待遇にしなさいよねっ」
そう言って、俺の胸を軽く小突き、柔らかな笑みを浮かべる。
俺は呆然とエルザの顔を見つめた。
「大事な仲間、なんでしょ?」
「……すまない。有難う」
「いいのよっ。私だってカーマインには助けられたしね。……はぁ……惚れた弱みってやつかしら……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、な、何でもないわっ! 気にしないで!」
「あ、あぁ」
エルザが目を剥いて、指を突きつける。
「ははっ。纏まったようだね。
よかったじゃないか。カーマイン」
「兄さん……その、兄さんは――」
「おっと、私は初めから決めているよ。
――言っただろ?
お前の居る場所が私の居る場所なんだってね。
例えお前が嫌がってもついていくさ」
そう言って、真剣な表情で俺に頷き返すエルリック。
「……有難う。二人とも、本当に……有難う」
――この二人に出会えて本当に良かった。
胸の奥からこみ上げてくる感情を抑えつつ、俺は二人に感謝の言葉を伝えた。
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前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
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世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
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