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月桂樹の花を抜く
誘い
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「いや、それゲイバーじゃん」
車産業を中心にして栄える中核都市。透き通るようによく晴れた朝、放射冷却により冷え切った空気の中で、里梨孝也は会社の駐車場から建屋までの道すがら、後輩に対し思わずそんな言葉をもらしていた。
「そうですけど、そうじゃないんですって! そりゃいわゆるゲイバーみたいな人も居るけど、ガールズバーみたいな奴も居るんですよ! 一部!」
いやだからそれ、八割方ゲイバーなんよ……。小川の言葉に対し、彼女と別れたばかりの里梨はそう口の中で独り言つ。
長年同棲し、お互いの親にも挨拶し、いつ結婚しようかと話していた仲も、亀裂が入ると案外脆いものだった。里梨が仕事で2ヶ月海外へ行っている間に彼女は詐欺に騙され金を振り込み、周囲には彼氏の親に貸したからお金がないと言いふらし、失ったお金を補填するために夜のスナックへ働きに出ていた。
海外から帰ってきた里梨を待っていたのは、彼女の親からの罵詈雑言。家に着くなり、娘の金を目当てに付き合っているのか、苦労させるために嫁へ出すわけじゃ無い、親も身の丈に合った生活をしていないと詰られて、里梨には何のことかさっぱりわからなかった。
更には、私達の問題だから口を出さない約束でしょう?と言い始める彼女と、貴女のために言っているんだとヒートアップする彼女の親。里梨が、苦労させるとはどういう事か?と問いかけると、正しく晴天の霹靂のような言葉が溢れ出る。
二人で話をさせてくれと言って追い返した後、彼女が言う事情は、海外のメール友達にお金を送って貯金が無くなった、働く理由が必要だった、私のやる事が気に入らないなら別れましょう、という何とも身勝手なものだった。
詐欺に騙されたとはいうものの、会ったことのない男に大金を渡し、剰えそれを他人のせいにするのが里梨には気に入らなかった。しかし、それを指摘しても、返ってくるのは気に入らないなら別れよう、という言葉のみ。
一度は愛した女性だからと真実を隠したまま別れたものの、共通の知人を通じ、未だにお金を返してもらっていないと言いふらしている元彼女の言動が聞こえてきて、里梨のストレスはピークに達しようとしていた。
最近胸を押さえたり、言動が荒くなったり、食事をしなくなって急激に痩せていく里梨を見て、後輩の小川がストレス発散になればと思い飲みに誘った次第だ。
「取引先と行ったんですけど、すげー楽しかったんですよ! 余計な気使わないし、安いし!」
まぁ、自分が楽しむのが主かもしれないが。
「やっぱり男の気持ち分かってるし、キャバクラみたいに気取ってないし、ゲームとかミニ四駆とか趣味の話も合いますよ! 行きましょうよ、ニューハーフバー!」
しかしそれでも、その心の中には里梨を思う気持ちがあるのは間違いない。女性不信の気持ちも有って正直女性と仲良く飲むという気分になれそうになかった里梨だが、相手が女性ではなく、しかも比較的リーズナブルに飲めるとあれば、まぁ一度くらい良いかという気持ちへ傾くというものだった。
だが……。
「行っても良いけどゲイバーだろ? 一気飲みしたり下劣なショーを見せられたり、そういうのは別に好みじゃないんだけど。」
里梨の中でゲイバーとは、小太りで毛むくじゃらの女装したおじさんが、自分の羞恥心やプライドを切り売りし、ただひたすらに道化を演じることで客を楽しませる店だ。自分の性自認に悩むとか、同性を恋愛対象にしてしまい自問自答するとか、そのような背景が存在するかもしれないなと頭の片隅には浮かぶものの、結局のところ社会不適合の烙印を押されたものが傷の舐めあいをしている場所、そう認識していた。
社会の流れ的に昔よりは寛容になったのかもしれないし、別に積極的に否定するつもりもないが、どこまで突き詰めても自分の居場所とは違う世界であり、それはモニター越しに見る世界であり、そして自分が足を踏み入れることのない世界のはずだった。
「だからニューハーフバーですって! そりゃ盛り上がれば踊りの一つくらいあるかもしれないけど、別に積極的にショーをしてるわけじゃないですよ、ただキャストと飲んで話すだけです!」
だがそんな里梨の考えを小川は切って捨てる。その真面目なまなざしと熱量に、お前仕事より真剣だな、そんなセリフが喉の奥まで沸き上がる。もともとキャバクラへ行って楽しいと思ったこともないが、実際ストレスが溜まっているのは紛れもない事実であり、自分の異変を察知して飲みに誘ってくれているわけであり、酒を飲めば多少はストレス解消につながるわけであり、別に何度もゲイバーに行くわけでもない。そのような理由により、里梨は喉元の言葉を飲み込んで、一緒に飲みに行くのを了承したのだった。
「まぁ、後輩の相手をするのも先輩の務めだしなぁ。」
そんなちょっとした強がりを言いながらだが。
ただただ一度酒を飲みに行くだけ、それが終わったら、またクソみたいな日常が待っている。未だに無い事無い事を言いふらしている元彼女が心を入れ替えることなど隕石が頭上に落ちてくるより低い確率であると思っている以上、結局のところ自分のストレスを癒してくれるのは時間だけ。
ただそれも、酒に酔ってる間だけでも少し軽くなってくれれば御の字だろう、里梨はそのように思っていた。この時は……。
車産業を中心にして栄える中核都市。透き通るようによく晴れた朝、放射冷却により冷え切った空気の中で、里梨孝也は会社の駐車場から建屋までの道すがら、後輩に対し思わずそんな言葉をもらしていた。
「そうですけど、そうじゃないんですって! そりゃいわゆるゲイバーみたいな人も居るけど、ガールズバーみたいな奴も居るんですよ! 一部!」
いやだからそれ、八割方ゲイバーなんよ……。小川の言葉に対し、彼女と別れたばかりの里梨はそう口の中で独り言つ。
長年同棲し、お互いの親にも挨拶し、いつ結婚しようかと話していた仲も、亀裂が入ると案外脆いものだった。里梨が仕事で2ヶ月海外へ行っている間に彼女は詐欺に騙され金を振り込み、周囲には彼氏の親に貸したからお金がないと言いふらし、失ったお金を補填するために夜のスナックへ働きに出ていた。
海外から帰ってきた里梨を待っていたのは、彼女の親からの罵詈雑言。家に着くなり、娘の金を目当てに付き合っているのか、苦労させるために嫁へ出すわけじゃ無い、親も身の丈に合った生活をしていないと詰られて、里梨には何のことかさっぱりわからなかった。
更には、私達の問題だから口を出さない約束でしょう?と言い始める彼女と、貴女のために言っているんだとヒートアップする彼女の親。里梨が、苦労させるとはどういう事か?と問いかけると、正しく晴天の霹靂のような言葉が溢れ出る。
二人で話をさせてくれと言って追い返した後、彼女が言う事情は、海外のメール友達にお金を送って貯金が無くなった、働く理由が必要だった、私のやる事が気に入らないなら別れましょう、という何とも身勝手なものだった。
詐欺に騙されたとはいうものの、会ったことのない男に大金を渡し、剰えそれを他人のせいにするのが里梨には気に入らなかった。しかし、それを指摘しても、返ってくるのは気に入らないなら別れよう、という言葉のみ。
一度は愛した女性だからと真実を隠したまま別れたものの、共通の知人を通じ、未だにお金を返してもらっていないと言いふらしている元彼女の言動が聞こえてきて、里梨のストレスはピークに達しようとしていた。
最近胸を押さえたり、言動が荒くなったり、食事をしなくなって急激に痩せていく里梨を見て、後輩の小川がストレス発散になればと思い飲みに誘った次第だ。
「取引先と行ったんですけど、すげー楽しかったんですよ! 余計な気使わないし、安いし!」
まぁ、自分が楽しむのが主かもしれないが。
「やっぱり男の気持ち分かってるし、キャバクラみたいに気取ってないし、ゲームとかミニ四駆とか趣味の話も合いますよ! 行きましょうよ、ニューハーフバー!」
しかしそれでも、その心の中には里梨を思う気持ちがあるのは間違いない。女性不信の気持ちも有って正直女性と仲良く飲むという気分になれそうになかった里梨だが、相手が女性ではなく、しかも比較的リーズナブルに飲めるとあれば、まぁ一度くらい良いかという気持ちへ傾くというものだった。
だが……。
「行っても良いけどゲイバーだろ? 一気飲みしたり下劣なショーを見せられたり、そういうのは別に好みじゃないんだけど。」
里梨の中でゲイバーとは、小太りで毛むくじゃらの女装したおじさんが、自分の羞恥心やプライドを切り売りし、ただひたすらに道化を演じることで客を楽しませる店だ。自分の性自認に悩むとか、同性を恋愛対象にしてしまい自問自答するとか、そのような背景が存在するかもしれないなと頭の片隅には浮かぶものの、結局のところ社会不適合の烙印を押されたものが傷の舐めあいをしている場所、そう認識していた。
社会の流れ的に昔よりは寛容になったのかもしれないし、別に積極的に否定するつもりもないが、どこまで突き詰めても自分の居場所とは違う世界であり、それはモニター越しに見る世界であり、そして自分が足を踏み入れることのない世界のはずだった。
「だからニューハーフバーですって! そりゃ盛り上がれば踊りの一つくらいあるかもしれないけど、別に積極的にショーをしてるわけじゃないですよ、ただキャストと飲んで話すだけです!」
だがそんな里梨の考えを小川は切って捨てる。その真面目なまなざしと熱量に、お前仕事より真剣だな、そんなセリフが喉の奥まで沸き上がる。もともとキャバクラへ行って楽しいと思ったこともないが、実際ストレスが溜まっているのは紛れもない事実であり、自分の異変を察知して飲みに誘ってくれているわけであり、酒を飲めば多少はストレス解消につながるわけであり、別に何度もゲイバーに行くわけでもない。そのような理由により、里梨は喉元の言葉を飲み込んで、一緒に飲みに行くのを了承したのだった。
「まぁ、後輩の相手をするのも先輩の務めだしなぁ。」
そんなちょっとした強がりを言いながらだが。
ただただ一度酒を飲みに行くだけ、それが終わったら、またクソみたいな日常が待っている。未だに無い事無い事を言いふらしている元彼女が心を入れ替えることなど隕石が頭上に落ちてくるより低い確率であると思っている以上、結局のところ自分のストレスを癒してくれるのは時間だけ。
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