花束のアスター

たーりー

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月桂樹の花を抜く

出会い

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「いらっしゃいませー。あ、小川ちゃん! また来てくれたんだ!」

 結局のところ、里梨は全く乗り気ではなかったため仕事も捗らなかった。そんな金曜日の定時間際、微妙に仕事が残っている里梨のところへ来た小川は、残業の危機を察すると全力で手伝いだす。果たしてこの行動は里梨のストレス解消の為なのか、ただ単純に飲みたいからなのかは定かではないが、少なくとも里梨と共にゲイバーへ行きたいからなのは間違いない。ありがたいような、いっそ仕事が終わらないからまた今度でも良いような、そんな複雑な気持ちを抱えながら自らも少し急いで仕事を終わらせた里梨であった。
 無事に定時で終わった二人はその後の計画を軽く立てる。いきなりゲイバーへ行っても良いのかもしれないが、一応お酒を楽しむところではあるし、すきっ腹にアルコールは受け付けない里梨の意見を通し、まずは牛丼チェーン店で軽くお腹を満たしてから向かうことにした。まぁ、そもそもが会社の機密情報を持ったまま飲食店や飲み屋街へ行くわけもなく、まずはお互い自宅に帰った後20時に政令指定都市の名を冠した駅に集合という流れではあったのだが。
 
「今日は会社の先輩連れて来たよー! なつめちゃん来てる?」
「なつめちゃんは今日生理休みでーす」
「生理でどこから何を出そうとしてるのか詳しくききてーわ!」

 そしてお店のドアをあけた瞬間からこの風速である。里梨は既に軽く後悔していた。

「小川ちゃんの先輩さん? 背たかいねー! あざみちゃんと同じくらいかな?」

 しかも細くてスラっとしてるねー! そう体型を形容されながら、テーブル席へと案内される。里梨の体型は182センチ69キロと、確かにスラっとしている。ひとえにストレスダイエットの賜物だ。ちなみに小川の体型は170センチ66キロと、本人がいまいち自らの体型に納得がいっていないことを里梨は知っている。だからと言って別にどうという事もないが。
 里梨はテーブル席について即出て来たおしぼりで手を拭き、水を飲んで一息つく。どうやら先ほどのキャストはひとまず最初の案内だけらしく、水を出した後はカウンターの奥へと下がっていった。
 彼、あるいは彼女は確かに里梨の思い浮かべるゲイバーのキャストとは似ても似つかぬ容姿をしていて、一目では男とも女とも判断出来なかった。手足は華奢で無駄毛も無く、肌のシミも無い。流石に肩幅が広いのは感じるものの、水泳をしていたと言われれば生まれつき女性と言っても信じるだろう。
 もしかして本当の女性のキャストも居るのか? キャバクラのボーイみたいに。でも声は中性的だったし、背も小川と同じくらいだ、やっぱ男かな。そんなとりとめもない事を考えながら店内を見回す。
 薄暗い店内には里梨と小川以外だと、見える範囲にはカウンターを挟んで飲んでる一組と、別のテーブル席で飲んでる一組、あとは手持無沙汰にしているキャストが一人といった感じだ。カウンターの方は見た目で言えば男女の二人組、カウンターを挟んでいることからも男性客とキャストだろう。テーブルの方は女性四人組なので、女性客二人とキャスト二人だろうか? いちおうテーブルを挟んでいる。女性客が来ている事に少し意外性を感じるも、しかし気に留めるほどでもない。結局は楽しくお酒が飲めれば良いわけで。

「里梨さん、ここタコ焼きとか焼きそばとかも美味しいですよ。別にブランデーとチョコとかオシャレに飲んでもいいけど、ビールと焼きそばのほうがお勧め!」
「外寒かったでしょー! 冷たいもの飲む前に暖かいもの食べたほうがいいよ。あ、こんばんは、はじめまして! たんぽぽでーす。」

 そんなことを考えているうちに最初に案内してくれたキャストが二人のテーブルへ戻ってくる。その手にはメニュー表があった。席代2時間3000円、ドリンク600円~、フード500円~。もちろん10万を超える高いボトルも有るは有るが、近辺の飲み屋と比べたら割安といっていい料金だった。
 あとは付いたキャストがどのくらい飲むかだが、変なものを頼まなければ良いだけである。
 確かに安いな、そう思ってメニューを見ていると、横から見た小川は少し驚いたように声を発した。

「あれ、ここって2時間制だったんだ?」

 しらんかったんかい。そう思わず突っ込みそうになる里梨だが、それよりも早く反応したのはキャストのたんぽぽだ。

「前回は斎藤さんが払ってたものねー、小川ちゃんメニューまともに見てないでしょ」
「わー! それいっちゃだめー! 晩御飯の手当つけてもらってるんだから!!」

 斎藤とは取引相手の名前である。本来、出張したときに食事した場合は、自分で払った場合のみ出張申請で食事代を付けていいことになっている。普段、小川の出張精算を承認している里梨は、小川の出張精算で食事代がついていないことは無いなと思い出した。完全にブラックな行為である。ちなみに取引先に食事を奢ってもらうこと自体は日々の取引の中にその分のお金も上乗せされているため、そこまで問題はない。
 ただ、里梨はそんなことよりも違うことが気になった。

「小川はこの店の常連じゃないのか?」

 さも何度も来ているような口ぶりだったけど。そう続けて小川を見るも、素早く反応したのはまたもたんぽぽ。

「小川ちゃんは2回目ですよー。前回来たのはこんなに寒くなる前だよね、1か月前くらい?」
「あー、それくらいだねー。」
 
 その言葉に、里梨は素直に感心する。それはたんぽぽに対してだ。人の顔と名前を覚える事が大の苦手な里梨にとって、1ヶ月前に一度来ただけの客の名前を咄嗟に答えることなど絶対に無理だ、3日前でも無理だ。1日前でも探りを入れてからじゃないと答えられない自信がある。その事だけでも、たんぽぽが真剣に客商売と、延いては客と向き合っている事が感じられる。

「1ヶ月経つのにすぐ名前出てくるって凄いですね」
「まあ人の名前覚えるのが仕事みたいな所あるしね。ニッチな店に来てくれてるんだから、気持ち良く帰って貰わなきゃ!」

 それでまた来てくれるなら安い物だよ! そう言って笑うたんぽぽは、里梨の知る女性よりも余程可愛く見えた。

「たんぽぽさんは今は女性?」

 たんぽぽの服装はいわゆるガーリー系のスカートファッションで、近くで見た今も、男とも女ともつかない不思議な魅力があった。里梨の思うニューハーフ像とは似ても似つかない。もっとも、里梨が思うニューハーフ像が偏見に塗れた物であることは自覚しているため、では標準的なニューハーフ像とは何か? と問われると、もしかしたら目の前のたんぽぽになるのかもしれないが。少なくとも里梨の経験値で導き出せるものではない。

「おっと、それは企業秘密! 心は女性とだけ言っておくけど、その先は立ち入り禁止で、私の心の氷を溶かした人だけに知る権利を与えます。」

 その方がまた来てくれるし? そう言って自らの体を抱きしめ戯けるたんぽぽ。確かにいきなり踏み込みすぎか、と里梨は乾いた笑いをこぼすに留めた。

「今まで何人が溶かしたの?」
「んー、2人!」

 すくな!! と、横から問いかけた小川はショックを受ける。この業界で何年働いてるかは知らないが、1、2年ということは無いだろうことを考えると、体の性別を教えるだけと思えば確かに少ない。だが、生まれてこのかた抱え続けた悩みを打ち明けた人数、と考えればむしろ多いほうなのかもしれない。里梨にも誰にも言っていない悩みはある。というか、その悩みのお陰でいまこの店に来ているわけで。
 元彼女のことを誰彼構わず教えるかと考えれば、確かに教えないよなぁ、と納得する。

「まあまあ、また来てくれたら小川ちゃんにも教えるかもね! 前と同じで焼きそばとシソ焼酎でいい?」
「はーい、よく覚えてるね!」
「たんたかは余り出ないからねー、先輩さんは?」
「じゃあビールとポテトフライで。」

 はいはーい、たんぽぽはそう返事をすると再びカウンターの奥へと入って行った。たんぽぽが料理するのだろうかと思い目で追うも、奥はしっかり死角になっているため様子をうかがい知ることはできない。まぁこういう店は調理スタッフが別にいるだろうし、飲み物の準備をしたら戻ってくるだろう、そんなことを考える。
 今まで里梨はキャバクラに行って席を外したキャストの戻りを気にしたことなんて無いが、そのことに気づくことは無い。

「いい感じの店だな。」
「そうですよねー、居心地良いですよ。」

 どうやら居心地の悪い思いをすることは無さそうだ。そう思いながら、特に目的は無いがスマホを取り出す。すでに手癖のようなものだ、もしくは現代病と名付けても良い。

「こんばんはー、ここ良いですか?」

 里梨がいざスマホを見ようとすると、テーブルの向こうから別のキャストが一人声をかけてくる。里梨が条件反射でどうぞと答えれば、そのキャストは嬉しそうにテーブルを挟んだ丸椅子へと腰を下ろす。
 不意に良いかと聞かれれば、その言葉を脳で処理し内容を吟味し、というステップを一切合切無視して、即座に良いと口が動く。で、答えた後で何だったかな? と脳が働きだす。これが里梨の処世術だ。もちろん時と場合による。

「かずみです、よろしくおねがいしまーす。」

 目の前のキャスト、かずみはそういって自らの名刺を差し出した。名刺が切れたとき、もしくは鞄を持っていないとき用にスマホケースには常に3枚の名刺を忍ばせているため、これまた条件反射でスマホの裏から名刺を取り出す里梨。完全に名刺を取り出した時点で一瞬動きが止まり、なにやってんだ自分、と思うものの、かずみに名刺の存在を認識された後ではすでに遅く、里梨は諦めてかずみと名刺の交換をした。

「ありがとうございまーす! すごい、大きな会社に勤めてるんですねー!」
「俺も名刺もってくればよかったー!」

 残念そうに頭を抱える小川の向かいで、かずみは物珍しそうに名刺を返す返す確認する。里梨の会社は確かに有名であり、聞きなれた言葉でもあるので特に感動は無い。まぁそういう反応だよな、そう思いつつ自分もかずみの名刺に目を落とす。
 かわいらしい丸文字で手書きの名刺だ。店名と、店の電話番号と、中央にキャストの名前。これだけのシンプルなものだった。手書きで住所など他の情報を載せるのは確かに面倒だろう。

「かずみちゃん、ちょっといいー?」
「あ、はーい!」

 奥から誰かの声がして、かずみは席を立って行った。名刺をテーブルの上に直置きして。

「……ま、そんなもんか。」

 別に殊更ビジネスマナーを求める気も無いし、何なら世の中のエセマナー講師など滅んでしまえばいいとまで考える里梨だが、しかし放置された自らの名刺を見つめるのは意外とダメージを負うものである。初めての経験だ。大企業という性質上、お伺いをたてるような立場に立ったことがないからかな。そう自己診断し、今後は名刺の扱いに今まで以上に注意しようと思いなおす。人の振り見て我が振り直せとはこのことだ。

「あの、すみません。ビールとシソ焼酎をお持ちしました。」

 慌ただしく立ち去って行ったかずみと入れ替わるように、また違うキャストがやってきた。今度はお盆に乗ったビールと焼酎を持って。
 肩甲骨まで伸ばして黄色いシュシュで纏めたポニーテールと、灰色のワイドパンツに黒いハイネックのニットというコンサバ系の装いをした彼、あるいは彼女は、テーブルの上を見つめると軽く眉をひそめ、右手一本でお盆を持ち直し左手で里梨の名刺を手に取った。

「お盆持つよ。」
「すみません、ありがとうございます。」

 両手がふさがってしまったキャストを見かねて里梨は声をかける。こんな時は驚かないように声をかけたあと、ゆっくりお盆ごと貰うのが正解だ。上に乗ったビールだけ取ったりすると下手をしたらバランスを崩しかねない。
 里梨はお盆を両手で支えると、それをみたキャストはゆっくり右手を下げて里梨にお盆を預ける。そして空になった右手で自らの名刺を取り出すと、床に膝をつき、里梨がテーブルへお盆を置くのを待って両手で差し出した。

「あざみです、よろしくお願いします。」

 これが、里梨とあざみの出会い。
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