『鬼姫』

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次の授業は剣の実技だった。

AクラスBクラス合同の体育。女は簡単なストレッチ、男は剣技をするのだ。

しかし俺は軍事力最大国家の第1王子だ。小さな頃からの厳しい剣技の英才教育を受けている。周りの貴族王族のぺーぺー男どもが叶うはずもなく、あっという間にバカスカと勝っていく。唯一真っ当に試合ができたのはロディだけだったがそれすらも勝つ。

体育教師もタジタジだった。次第に俺は飽きてきた。

そんな時、体育館の隣のエリアで女共がストレッチをしている中に、1人目立つ醜い赤い顔を見つける。 

2人ペアを作ってストレッチをする授業のようだが彼女はぽつんと1人だ。大勢の中の1組、3人でストレッチを始めている女子がいるからだ。

俺はニヤリとして女子の授業のエリアへと向かう。

「おやプリンセス・アンジー。受ける授業をお間違えですよ。猛獣は剣を避けて剣士を食いちぎる練習がお似合いだ。どうぞ、あちらの剣技の授業へ。」

わざとたらしく丁寧な口調で俺は顔を覗き込む。アンジーの表情は変わらなかった。黒い瞳も俺をじっと見つめたまま動かない。周囲の女子からクスクスと笑う声が聞こえる。

「これ、ルカ・ナタリー。あちら側に戻らないか。」

教師の窘める声に俺は「はあい」と気だるげに返事をした。楽しくなりそうだったのにな。

踵を返して戻ろうとした途端、何者かに俺の持っていた剣を取られる。

驚いて振り向くと、アンジーが俺の練習用の剣を持って立ち上がっていた。

唖然とする俺を他所にアンジーは剣技の授業をしている男性陣の中へ向かってスタスタ歩いて行く。

振り返り、立ちすくむ俺に対して顎をしゃくって合図するアンジーに俺は口から笑いが漏れた。

「……ははっ」

男性陣の中に堂々と入ってきたアンジーに対して、剣技の教師はアンジーを2度見した。

女子生徒用の体育着と体型を見てやっと女子だと分かったのか顔をしかめる。

「女性はあちらの授業だぞ。」

「まあまあいいじゃないですか。やる気のある者を無下にすることもないでしょう。」

アンジーを元の場所に帰そうとする教師を妨害する。ハラハラした顔のロディから剣を拝借し、アンジーに向けた。

剣を向けられたアンジーはくるりと慣れた手つきで剣を回す。柄を持って、構える。

ほう、プリンセスの癖に剣の扱いを知っているようだ。

騒然とした男どもが俺らの周りから離れて行く。人混みがなくなり試合がしやすくなった。女子の方からも首を伸ばしてこちらを見る令嬢が多数いた。

「プリンセス、ただ試合をするだけではつまりません。何か『賭け事』をしませんか?」

「賭け事?」

「ええ。私が勝ったら……そうですね、中庭の湖の中に飛び込んでもらいましょうか、裸で。」

周りがザワっとする。中庭は全ての教室から見ることが出来るのだ。少し情報を広めれば、あっという間に全ての生徒が中庭を覗き、公開処刑にすることができる。

「ルカ・ナタリーいい加減にしないか!」

と教師が俺の肩を掴むが、俺はその手を捻って教師を転ばした。

「おや何です?俺のお父様も俺も、優しい先生の授業に期待していらっしゃるのですよ。もしそうじゃなかったとお父様と話し合ったら……この学校、どうなるでしょうねえ?」

その言葉を聞いて教師は口を噤む。教師も職を失いたくはない。その上この国で戦争も起こしたくはない。

「良いでしょう。その賭け事に乗ります。」

アンジーの言葉に周囲はまたざわめく。女性陣は遂にこちら側の観客の中へとやってきた。


「ただし私が勝ったら、なんでも私の言うことを聞いて下さります?」

「ええ勿論。何を聞いて差し上げましょうか?」

「試合が終わってから……考えます。」


その言葉と共にアンジーは脚を開いて深く構えた。そこにプリンセスらしさは一切ない。


どんなに剣を知ろうが所詮は女、力の差も経験の差も歴然だろう。俺とアンジーは互いに睨み合い、相手の出方を待つ。

先に痺れを切らしたのはアンジーだった。

女子とは思えない俊敏な1突きをいなす。周囲のどよっとしたざわめきが増す。左から切りかかると見せかけて剣を回して下から突き上げようとする。

が、かわされてしまった。

ここまでの動きで俺はそれはそれは驚いたのである。嘘だろ。ここにいる男子よりも反応速いぞ。

驚いたのもつかの間、再び切りかかられて剣で受け止める。一つの切りがずっしりと重い。本気か?とても女性の出す力ではない。

軽くチョロっと相手するつもりだったが気が変わった。本気でやらないと負けそうだったからだ。

右から左から突きや振りが飛んでくる。鋭い。一瞬でも気を抜いたら身体に剣が触れそうだ。だがそれぐらいなんの事。こちらは伊達に修羅場をくぐって来てはいないのだ。

幼い頃から剣技を叩き込まれ、齢15にして戦争に駆り出された俺が負ける訳がない。

防戦一方だった俺は一気に前に出た。俺は腕が長い。突きをされれば相手は避けるのに必死になる。

案の定アンジーは反り返って突きを避ける。その隙をついて俺はアンジーの足をはらった。

「貰った」

と俺は完全に勝利を確信して、この下に倒れ込むであろうアンジーの身体に剣を突き付けようと下へと振りかぶった。

途端。アンジーは空中で体勢を変え払われた足を上に持っていき、地に手を着いて後ろへと回転したのだ。

アンジーは倒れなかった。重心が前に出てた俺はアンジーに向かった剣をいなされる。背中を肘でドスリと殴られ思わず膝をつく。

立ち上がろうとするが。遅かった。

俺の首元にはアンジーの持っていた剣。

周囲の目が点になる。

アンジーは至近距離で、白い部分のない大きく艶やかな黒い瞳で俺を見つめてこう囁く。

「鬼になってからの私は力が強いのよ。そしてやれる事も増えている」

息ひとつ乱してない。

「私の勝ちよ」

「嘘だろ」「あのルカ王子を」「やはり化け物だ」などと喧しいガヤの声などどうでも良かった。

俺の顔には何故か笑みが浮かび上がっていた。

この女、強い。

見たか今のを。足を払われて咄嗟にバク転するなんて相当鍛えこまれた兵士ぐらいしかやらない技だ。それを一国の姫が。なんて面白い事だろう。

完全に舐めていた。

「ははは、ふふ、ふふふっ……っ」

遂に声を出して笑い出す俺にクラスメイトは哀れみの目を向ける。

「失礼したよプリンセス・アンジー。君は僕が思っているよりずっと強かったようだ。数々の無礼を許してはくれないか。」

手の平を返したかのような謝罪をする。目の端で顔を見合せて困惑する者が見えた。

アンジーの傍へと寄り、手の甲にキスをする。

アンジーはそっと振り払った。

「気にしてませんわ」

「それで?何をお聞きしようか?なんでも言うことを聞く、だったよな。プリンセス・アンジー。」

空気が不安に満ちてきた。

なんでも、だぞ。どうするよ、土地でも要求されたら。学校でのルカ王子の奴隷扱いか?いやこれだけコケにされたんだ、もっと酷いかもしれない。そういった雰囲気だ。


「そうですね」

しかしアンジーは目の端をキリリと上げる。恐ろしい顔がより恐ろしくなる。怒っているのか。


アンジーが牙むき出しの口を開く。


「プリンセスって呼ばないで頂けますでしょうか?」


「え?」

それだけ?周囲も教師も俺もぽかんとした。もっとあるだろ、俺への復讐とか。

「不快ですの、プリンセスプリンセスって。」

だが鬼の顔を更に嫌そうに歪めた彼女はそれがどうしても不服だったようだ。

「プ……アンジー・メルガリアン、そんなことよりあの男に『こういう事は二度とするな』と要求すべきだ。」

ロディが声を上げる。見てられなかったのだろう。

「まあご心配頂きありがとう。でも平気ですわ。」


アンジーのギョロりとした目が俺を捉える。

「ふざけた真似をされてもこのように対処できますもの。

いつでも喧嘩をふっかけて来るがいいわよ。ねえ?野蛮族国家の第1王子様?」

ではごきげんようとその場を去るアンジー。キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。ああ授業にならなかったと嘆く教師。ハラハラしたと囁き合うクラスメイト。

俺は動かなかった。ただ立ちすくむ。声も言葉も出ない。

あの鬼の顔の女の後ろ姿から目を離せない。

心臓の太鼓が煩い。鳴り止まない。

受け入れたのだ。俺の行為を。言及は敢えてせず、そしてこれからも受け入れると。

なんだか大きくて柔らかい物に包まれた、ような、気分。


「おい各国の貴族王族の集まるこの学校で醜態を晒したんだ、これからは大人しく……おい、ルカどうした……?」

ぼうっとする俺を心配するロディ。

そんな彼を他所に俺はアンジーの姿が見えなくなるまで眺めた。




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